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谷口ジロー『歩くひと 完全版』

読後の余韻のなかで、これを書いている。

2018年に『犬を飼う』の完全版『犬を飼う そして…猫を飼う』もすばらしかったが、『歩くひと』もほぼ同時期の作品で、「日常とそのなかで取るに足らない、でもかけがえのないもの」をテーマとしていることや清瀬を舞台としていること等、重なっているところも多い。

全然知らなかったけど、NHK BSで本書を原作としたドラマが放送中とのこと(主演が井浦新ってずるくないですか笑)。

台詞がほとんどなく、コマを贅沢に使った余白の多い表現が、歩行速度や歩幅、テンポなど、そのまま「歩く」という行為の描写になっている。

レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』に取り上げられてもおかしくないし、ジム・ジャームッシュの映画『パターソン』と並べられてもよいだろう。

中学高校の同級生が清瀬に住んでいて、中学のとき清瀬に遊びに行ったとき、「東京にこんな森深いところがあるのか」という印象だった。
彼は「清瀬も東京だから」というのが口癖だった。

あと、第7話「台風のあと」のなかで冠水のシーン。
まだ勤務弁護士だったときだったので、弁護士になって3年経過していない頃だったはずだが、本書の舞台である清瀬の冠水訴訟の原告側の代理人をやったことがあった。
「清瀬は冠水が多いんだよなあ」と、現地調査のために何度も足を運んだことをなつかしく思い出したりもした。


歩いていると、なんだか人間に戻れそうな気がするのは、僕だけだろうか。

これは雑誌連載時に、作中の縦柱に掲載されていた谷口ジローによる「近況報告」からの引用だが、本書の魅力を凝縮した言葉だと思う。

装丁・編集も丁寧ですばらしく、一息つきたいときなどに、たまたまた開いたページから読み始めたい一冊である。

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