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ぼおるぺん古事記二次創作小説二

こうの史代先生の「ぼおるぺん古事記」二次創作小説です。オリジナルキャラクター(神)や独自解釈及び妄想を多分に含みますので、ご容赦ください。


おとないおとない


 懐妊がわかってから、早二ヶ月が経った。

 葉月。アマテラスが最も張り切る月。
 宮近くの川辺の木陰の下でスセリビメがおくるみを縫っていると、
「ただいま、スセリ」
 汗だくで荷物の袋を抱えた夫が隣に来て、顔を洗う。
 そのまた隣に、夫の忠実な随身たるイノシシ神──イノシシくんがやってきて水を飲み始める。その背中にはお土産の袋がたくさん乗せられていた。
「ナムヂ、イノシシくん、お帰りなさい」
 スセリビメは道具を片付けると、ナムヂとイノシシくんに笑いかけた。
 安定期に入ってからここ何日か、ナムヂはイノシシくんの背にまたがり、民や他の御子神達を初めとした国津神達へ、スセリビメの懐妊の報告に駆け回っていた。
 そして帰ってくる度に、皆からのたくさんのお土産を、イノシシくんと共に持って帰って来るのだった。
「イノシシくんごめんね。毎日ナムヂに付き合ってもらって」
(なんの。スセリビメ様ほどではございません)
 ナムヂに手を貸してもらいながら立ち上がり労うと、イノシシくんは元気に鼻を鳴らした。
 それに返事をしたつもりらしい。お腹の中でも赤ん坊が動いたのを感じる。
 そこから二柱と一頭で社に帰り、お土産の片付けを終わらせた時だった。
 ととととととととんっ、と戸を叩く音がした。やたらと早刻みな音。
 そして二柱が戸を開ける間もなく、
「御免」
 一言だけ告げられ、戸が開く。
 客神は顎先の尖った細面の男神だった。天津神の一柱で、軍神たるタケミカヅチだ。
「タケミカヅチどの」
 ナムヂが目を丸くする。
「しばらく」
 タケミカヅチはひょいと片手を上げ、スセリビメが何か言う前に話し出した。
「ああスセリビメどのお構い無く。用があるのはそこのタラシの大神なのでな。すぐに済む」
「いかがされた? 急に我が宮に足をお運びになるとは」
 率直かつ的確な別の表現で呼ばれたナムヂが怪訝な表情を向ける。
 タケミカヅチはふんす、と胸を張り、ナムヂを見下ろすように、
「久方ぶりに貴殿の御子神が生まれると聞いて冷やかしに来たのだ。アマテラス様に命じられ、この私が天津神の代表として!」
 そしてナムヂの肩に腕を回し、
「で? 今度の相手は誰だ?」
「スセリだが?」
 動じることなくナムヂが素直に答える。
「そうかそうかスセリビメどのか……、え?」
 さっきまでの余裕はどこへやら、タケミカヅチは驚いたように目をしばたたく。
「我が正妻スセリビメだが……何か問題でも?」
 ナムヂが聞き返す。
 ややあって、タケミカヅチはナムヂから離れ、頭を下げた。
「……いや、すまん。貴殿のことだから神代でもないのにまた新しい妻を見つけてきたのかと思ってしまったのだ。スセリビメどのに悪いことをした」
 それを見たスセリビメは笑い、
「あら、気を遣わなくていいんですよ? そうお思いになっても仕方ありませんもの」
「そうか、いや実にすまない」
 タケミカヅチはふたたび頭を下げる。
 そして今度は明るい顔で、
「しかしながら、スセリビメどのには長い間御子神がいなかったのだ。実にめでたい」
「ふふ、ありがとうございます」
 にっこり笑いながら、ナムヂをちらりと見ると、ナムヂは少しだけ口をとがらせていた。
「最後に一つだけ。御父上のスサノオ様には知らせているのか?」
「ええ。父と、あと母のクシナダには、伝令のコウモリくん達を送っています」
 改まったタケミカヅチに、スセリビメはうなずいた。
「父からは今朝返事が来たのですけれど、禍の処理が大変だから贈り物を届けるのはまだ少しかかると嘆いていたそうです」
「そうか」
 タケミカヅチはうなずき返し、
「では、私はとっとと帰ってアマテラス様に報告させていただくとしよう。身重のスセリビメどのと、あと女タラシの癖に嫉妬の目線を送ってくるアシハラシコオどののためにもな」
 振り返ると、ナムヂは腕を組んで半目気味──人間でいうところのジト目でタケミカヅチを見ていた。
 呆れ半分、嬉しさ半分感じつつ、スセリビメは、
「ええ。アマテラス様のご多幸をお祈り申し上げますとお伝えくださいな」
「うむ。ではさらば」
 と挨拶するなり、タケミカヅチはさっ、と出て行った。
 出て行くなり、ぎゅ、とナムヂが後ろから抱き締めてくる。
「……どっちが嫉妬深いのか、わからないわね」
「……すまない」
 振り向いて、どちらからともなく、口を吸い合う。
 と同時に、父様母様ばかりずるい! といわんばかりに、お腹の子が動いた。
 ああ、なんて幸せな板挟み。スセリビメはしみじみ笑った。

 この翌日から、スサノオとアマテラスが熾烈かつ平和な夫婦への贈り物合戦を繰り広げるのだが、それはまた別の話。

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