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【短編小説】ファム・ファタール
この小説は3,269字です。
ファムファタールという言葉を知っているだろうか?ファムファタールとは男を破滅させる魔性の女のことだ。彼女こそファムファタールだと思う。
僕が彼女と出会ったのは高校1年生の春。校門近く、桜の花びらがひらひらと彼女のまわりを舞っていたのと、彼女の艶やかすぎる綺麗な腰まである黒髪とマッチしていてとても綺麗だった。その視線に気づいたのか振り向いた彼女は顔立ちまで美しかった。小さな卵型の輪郭に大きな目、高くはないが小さく鼻筋の通った鼻、口角の上がった薄めの唇。真顔でも一目惚れしてしまうのには十分だったのだが、あろうことか彼女は僕に微笑みかけたのだ。僕はつい話しかけてしまった。
「とても綺麗ですね。」
彼女は少し困った顔で一瞬黙り、その後口を開いた。
「桜、綺麗ですよね。私桜って好きなんです。あなたも好きなのですか?」
僕は、彼女自身のことを綺麗だと言ったのか、桜を綺麗だと言ったのかまだ分からないでいたが、そんなことを考えている暇はなかった。朝礼のチャイムが鳴ったのだ。彼女はいつの間にか居なくなっていた。
授業中、彼女のことをずっと考えてしまっていた。名前はなんだろうとか、何年生なのだろうかとか。考えても答えが出ないことばかりだった。
その日、学校の中で彼女とすれ違うことは残念ながらなかった。
帰る時、靴箱近くの花壇に水をやっている彼女が居た。僕が近づくと、水をやる手を止めないで僕に話しかけてくれた。
「このピンクの花はスイートピーなんだよ、花言葉は恋の愉しみなんだって。」
僕は今でもピンク色のスイートピーを見る度この言葉を思い出してしまう。そう仕向けられていたのかもしれないが、今となっては分からないことだ。だが、その時僕は彼女が話しかけてくれたことがとても嬉しかったのは紛れもない事実だった。
そのまま何も言わずに彼女に見とれていると彼女はまたいなくなってしまった。
翌朝、僕は今日こそは彼女の名前を聞くぞと意気込んでいた。だが、彼女には会えなかった。その日は金曜日だった。つまり、明日も明後日も会えないということた。こんなに月曜日が待ち遠しいのは初めてだった。
そして月曜日、僕は彼女と初めてであった場所で彼女と会うことが出来た。そして、聞いた。
「お名前教えてください!」
すると彼女はにこやかな顔で言った。
「椿です。あなたの名前は?」
意外な気もしたが、彼女の長い黒髪に椿はとても似合いそうだ。そう思いながら答えた。
「僕の名前はしおんです。」
彼女、すなわち椿が言った。
「しおんくん、仲良くしてね。同じ学年だよね?」
勝手に年上だと思っていたから驚いた。
「椿さん1年生ですか?」
そうだよとにこやかな顔で言っていた君を忘れない。
その後、仲が深まるのに時間はかからなかった。学校で会えば休み時間中ずっと話したし、色んなことを知っているつもりだ。
僕の椿への好きは恋愛感情、それは確かだ。しかし、椿の僕への好意は恋愛感情では無さそうだった。なぜなら椿はモテるのだ。いわゆる高嶺の花で、恋愛的に好きになられなくても美人だと多くの人は思っている。椿はもう慣れきっているのかそれを無視して生活しているようだった。そんなモテる人がわざわざ僕を選ぶわけないと僕は思う。
どんどん椿とは仲が深くなっていった。それに比例して僕のこの恋は報われないという思いが強くなっていった。この恋に終止符を打たないと。いつか。
そのいつかは、すぐにやってきた。その日は文化祭で、文化祭マジックにかかってしまったみたいだ。文化祭の終わり際椿と文化祭を回って、いつも通り話した。そして、告白した。緊張すらしずに、当たり前のことのように口から言葉が出てきた。彼女はにこやかな顔で、
「よろしくお願いします!」
と言ってくれた。
初めてのデートは動物園だった。涼しくなってきたのでちょうどいいのではないかと椿が提案してくれた。
椿の言っていた通りその日は1日を通して過ごしやすい気温で、野外でも汗ばんだりしなかった。
椿が1番楽しみにしていたのはうさぎとのふれあい体験で、30分はふれあっていた。正直僕にはうさぎよりも椿の方がうんと可愛く見えていた。
帰り道、バスに乗るためバス停に行った。動物園には車で来る人が多いからか、バス停には僕と椿の2人しか居なかった。僕はチャンスだと思った。
-椿にキスをした。
そっと椿の唇から僕の唇を離そうとすると、椿が僕の顔を引き寄せてきたから、もう1度キスをした。
2人で笑いあった。
次のデートの場所は、僕の家だった。
僕と椿でシチューを作った。
そして、ベッドへ行った。
椿は拒まなかった。
だからやった。
椿から血が出なくて、初めてじゃないのだと知ったが、そんなこと椿に確認できなかった。
椿はこんなことを僕に聞いてきた。
「ねぇ、私の事愛してる?」
僕は答えた。
「何それ(笑)付き合ってるんだから当たり前じゃんか」
次の日から椿と会えなくなった。連絡も取れなくなった。その日は、僕と椿の付き合って半年記念日だった。
僕は悲しめないほど悲しかった。
担任の先生に聞くと、転校したそうだ。場所を聞いたが個人情報だから教えられないと言われた。
どうして居なくなってしまったのか分からないまま、月日は過ぎた。僕にはそれがとても残酷なことに思えて仕方がなかった。
-大学1年生の春
僕は、東京の大学に進学することになった。
ひとり暮らしをすることになったので、入学式よりはやめに上京して、入居予定のマンションに荷解きをしているところだ。隣の人への挨拶にはまだ行っていない。夕方頃行く予定だ。
やっと荷解きが終わった。10時から始めて休憩を挟みながら17時に終わった。1人だったにしてもそんなに荷物が多くないので手際が悪かったのがわかる。
そして、少しドキドキしながらも人生で初めての隣の人へ引越しの挨拶に向かう。
出てきた人を見て驚いた。椿だったのだ。髪の毛を短くしていて肩にかからないくらいのボブにしていたから気づかなかった。
「隣に引っ越してきた相澤しおんです。」
椿はにこやかな顔で言った。
「久しぶり、しおんくん。」
覚えてくれていた。なんであの時突然音信不通になったのか、僕がどれだけ寂しかったか、今椿と再会できてとても嬉しいとか、色々な思いが込み上げて泣いてしまった。すると、椿は椿の部屋に入れてくれた。そして、あの時の事を話し始めた。椿はあまり自分の話をしないタイプだと思っていたので少し驚いた。
「突然いなくなってごめんなさい。でも、しおんくんのことを嫌いになったとかじゃないの。それだけは信じてほしい。あまり詳しいことは言えないけど、私結婚してたの。でも、離婚した。」
僕は頭が真っ白になった。あの当時16歳だった椿は確かに結婚出来たはずだが、当時の彼氏は僕のはずだ。僕が黙っていると椿が言った。
「こんなこと言われても困るよね。お見合いをさせられて、結婚したの。でも、それは政略結婚。結婚相手の会社が倒産したから離婚した。それだけなの。」
僕はうんとしか言えなかった。
「ねぇ、しおんくんはどうしたい?」
「何を?」
「私の事まだ好き?」
「好きだよ」
椿のことをずっとずっと考えていたんだ。好きじゃないはずがない。
また涙がこぼれそうになって、必死にこらえる。涙が引っ込んだところで、椿を見ると泣いていた。こんな椿は初めて見る。椿は泣きながらも口を開く。
「私は結婚してた時もしおんくんのことが好きだった。別れたと思ってなかった。」
「僕だって椿が好きだった。別れたくなんかない。椿、僕ともう一度付き合ってくれませんか?」
「私でいいの?」
「椿がいいんだよ。」
それから 、椿との半同棲生活が始まった。
そのまま順調に交際は進み、大学を卒業。
お互い無事就職できた。
就職して6年が経ち収入も安定したところで、椿にプロポーズをした。
「僕には椿以外考えられない。僕と一生を共にしてほしい。結婚してください。」
椿は、泣きながらもにこやかな顔で言った。
「ごめんなさい。」
僕、しおんと言う男を破滅させた魔性の女の名は椿。
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