【第31回新人シナリオコンクール最終選考通過作品】ウエストロード・ラブストーリー(改編稿)
はじめに。
【本稿は「第31回新人シナリオコンクール」において最終選考まで残った作品を、月刊『シナリオ』2022年5月号にて掲載されております、拙作についての審査員の方々からいただいた選評をもとに、改稿したものです。見出し画像は生成AI画像にて作成いたしました】
登場人物
高倉静真―焼鳥屋〈バラック〉店員
吉沢早智―アイドルグループ、エンジェルス
のメンバー
市川美子―右同
杉原香奈―右同
松園翠―スナック〈ディアナ〉のホステス
佐村次郎―〈バラック〉店主
佐村琴絵―次郎の妻
花村浄雲―僧侶
花村浄悠―僧侶、浄雲の子
岡崎―エンジェルスのマネージャー
西画像タクシー運転手
翔太―大学生
結衣―右同
その他
〇走る京福電車
鳴滝~宇多野間、線路両脇に樹つ櫻が満
開に咲き誇る中を走っていく京福電車。
〇メインタイトル
《ウエストロード・ラブストーリー》
〇京都市内・西大路通り
春。袈裟を着た若い僧侶が原付バイクを
西大路通りを南へ走らせている。東西に
走る三条通り、六角通りを過ぎて左に折
れるバイク。
〇焼き鳥屋〈バラック〉外景
古ぼけた看板の出ている焼鳥屋〈バラック〉。
その店先でバイクを停める僧侶。
〇前同・二階・六畳間
小さな座卓の前に袱紗に包まれた骨壺と、
その横にお守りが置いてある。
隣の小さな写真立て。微笑んで映る若い
男女の写真。
その前で読経をしている花村浄悠(28)。
後ろで正座している佐村次郎(69)と妻
の琴絵(67)。
× × ×
読経を終え、夫妻に向き直る浄悠。
次郎「すまんかったなボン、おおきに」
琴絵「どうぞ、お納めください」
お布施を差し出す琴絵。
浄悠「ありがとうございます」
お布施を懐にしまう浄悠。
次郎「浄雲は相変わらずの不養生か」
浄悠「はい。痛風治す気ぃなんか全然あり
ませんわ。足痛い、足痛い言いながら焼
肉やら唐揚げやら豚キムチやらワシワシ
食うてます。食べて免疫力つけて疫病撃
退じゃ、いうて」
次郎「アホもそこまでいったら立派なもん
やな。よう長年坊さんやっとる」
浄悠「ほんまに、わが親ながら」
笑う三人。
浄悠「まだ、納骨されしませんのですか」
次郎「ああ、うん」
浄悠「父からお聞き及びや思いますが、う
ちのお寺、二年前から無縁の仏様のお骨、
納めさせてもろてます。父の親友の佐村
さんにご縁のあった方です。静真さんの
お骨、そろそろお納めされてはいかがで
すか」
次郎「ボンが言い出して始めたそうやな、
それ」
浄悠「はい」
次郎「立派な心掛けや。浄雲の息子とは
思えんわ。おおきに。いずれそうさせ
てもらうつもりや。けどまだ、わしら
が元気でおるうちはな」
琴絵「うちの喘息、静真ちゃんがあっち
に持っていってくれた。おかげで二人
して働けてる。その時が来たらお願い
するわな」
浄悠「はい、いつでもおっしゃってくだ
さい――けど、静真さん二十七やなん
てねぇ」
次郎「ああ、ほんまになあ」
浄悠「今の僕より若かったんやなあ」
涙を拭う琴絵。
琴絵「ほんまに、ええ子やった。何年経っ
ても思いださへん日ぃなんかない」
浄悠、壁に貼られた三人組のアイド
ルグループ〈エンジェルス〉とその
メンバー吉沢早智のポスターを見る。
浄悠「親父から、静真さんと早智さんのこ
と、いろいろ聞いてます」
次郎「静真も早智ちゃんに会いに東京に行っ
てた」
浄悠「遠距離恋愛いうやつですね」
琴絵「パーっと花が咲いたみたいな顔で笑う
子やった。気さくなほんまにええ子やった」
次郎「静真に教えてもろて仕込みの串打ち
もしてたんやで。ええ筋してたわ」
浄悠「はぁ、エンジェルスのサチが」
次郎「早智ちゃんが斃れたって母親から連絡
があって、あいつすぐ東京に行った。手の
施しようがない状態やって、あいつから
電話があってなぁ。あいつ早智ちゃんか
ら離れたぁないって言うた」
浄悠「どない言わはったんですか?」
次郎「そこにおれって、言うたよ。それか
ら静真、早智ちゃんの実家に寝泊まりし
て毎日病院通ったんや」
すすり泣く琴絵。
次郎「二週間も経たんうちやった。早智ちゃ
ん、両親と、美子ちゃんと香奈ちゃんと、
静真に看取られて、なぁ……」
●インサート・△△病院・個室
酸素マスクをつけベッドに横になっ
ている早智。今わの際。強くその両
手を握っている静真。ベッドの周囲
にいる美子、香奈、早智の両親。早
智、静真を見る。一瞬笑ったよう。
事切れる早智。
早智の胸に顔をうずめる静真。早智の
名を呼びベッドに駆け寄る美子と香奈。
〇前同・二階・六畳間
浄悠「静真さんが亡くなられたのは?」
次郎「それから一年過ぎたころや。店閉めて、
暖簾持って入ったときに倒れたみたいや。
次の日の朝にわしが見つけた」
●インサート・〈バラック〉店内(夜)
暖簾を手に持ち、倒れている静真。
〇前同・二階・六畳間
次郎「わしが早う帰らんやったら、なん
とかなってたかも分からん――それを
思うといまだに悔しいてな」
浄悠「いや、それは」
泣き続けている琴絵。
琴絵「脳腫瘍の再発とくも膜下出血。同
じ頭の病気。ほんまに仲のええ二人や
わ」
しばしの沈黙。
浄悠「僕もね、はまってしもうたんです
よ、エンジェルス」
次郎「え?」
浄悠「ほら、今はパソコンやスマホでな
んぼでも昔の映像観れますから」
次郎「ああ、なるほどな」
浄悠「歌もダンスもすごい。ほんまに伝
説のアイドルグループや。ついこの前
五枚組のブルーレイボックス買うたん
ですわ」
次郎「ははは。ええお布施の使い方やな」
浄悠「おとつい嫁さんといっしょに観た
んです、横浜スタジアムのラストコン
サートのやつ。嫁さん感動してました
わ。『今のアイドルとレベルがちがう』
いうて」
次郎「かわいいやろ、早智ちゃん」
浄悠「はい。僕もサチちゃん推しですわ」
次郎「ええんか、そんなこと言うて。嫁
さんに怒られるぞ」
浄悠「それは別腹ですわ。けど二十五かぁ」
次郎「なあ。ほんまになあ」
浄悠「今でも、ご命日にはファンがお墓に
大勢集まるそうです」
琴絵「早智ちゃん死んでから、静真ちゃん
どんな気持ちで生きてたんやろうなあ」
骨壺と隣のお守り、写真の二人を見る三
人。
〇焼き鳥屋〈バラック〉・外景
テロップ〈1984年・春〉
【準備中】の札が出ている。
〇前同・店内・厨房
カウンター七席と二人掛けテーブ
ル席四つの小さな店。店主の次郎
(32)と二人で仕込みをしてい
る高倉静真(19)。
焼き鳥を串にさしている静真。右
手の小指、爪の下から指の下まで、
幅三ミリほどの朱色の痣が走って
いる。
黙々と仕込みを続ける二人。
× × ×
夕方からの開店。客が次々とやって
くる。焼鳥を焼いている次郎。それ
を客の前に出すのは静真。二人忙し
く働き続けている。
× × ×
閉店。帰宅しようとしている次郎。
二人向かい合って。
次郎「そしたら戸締り、火の元、頼んだで」
静真「はい」
次郎「静真」
静真「はい」
次郎「明日からおまえが焼きや」
静真「え」
次郎「串打ちの三年は済んだ。俺も四年目
から焼き任された」
ニヤッと笑って静真を見てから店を
出ていく次郎。
じっと立っている静真。やがて二階
への階段を上っていく。
〇前同・二階六畳間(夜)
殺風景な部屋。カンカンと響く踏切
の音。電気を点け、窓を開ける静真。
京福電鉄の一両電車が通っていくの
をじっと見る。
電車が行き過ぎてしまい、窓を閉め
る静真。服を脱ぎ、ランニングシャ
ツとブリーフ一枚になり、床に畳ん
でいた布団を敷く。電気を消し、寝
床に入る静真。
〇〈バラック〉店内
店内の掃除をしている静真。買い物
袋を提げて入ってくる次郎。
静真「おはようございます」
次郎「ああ、おはよう。静真よ」
静真「はい」
次郎「西院の駅前でこんなもん配ってたわ」
静真にチラシを手渡す次郎。ミニス
カートの女の子三人が横並びで立ち、
肩に手を置いて片足上げのポーズを
決め微笑んでいる写真のチラシ。
〈エンジェルス〉のロゴが大きく。
静真「なんですか、これ」
次郎「三時から三条会館の駐輪場で歌うん
やってよ。書いたぁるやろ」
またチラシに目を落とす静真。
〈本日京都キャンペーンツアー!〉
の文字が目に入る。
静真「駐輪場って、自転車が」
次郎「定休日や。有名なんか? そのエ
ンジェルス云う子ら」
静真「さあ。そういうの、詳しいないか
ら」
次郎「パチンコ屋の駐輪場で歌うくらい
や。たかがしれてるなあ」
静真「はぁ、そうですね」
次郎「行ってこいや」
静真「え」
次郎「かまへん」
静真「ええですよ。こんなん興味ないで
すし」
次郎「すぐそこやないか。暇つぶしに行っ
てこい。仕込みは俺一人でやっとく。
可愛いねーちゃんのアンヨ見てこいや。
パンツも見えるか分からんぞ」
屈託なく笑う次郎を複雑な顔で見
る静真。チラシを見る。微笑み浮
かべている左端の女の子をじっと見る。
〇三条会館・駐輪場
小さな演台が組まれている。その前
に集まって立っている三十人ほどの
観客。その中に静真もいる。
駆け足でステージに登場する〈エン
ジェルス〉の三人。フリフリ衣装に
ミニスカート姿。センターに市川美
子(19)向かって右に杉原香奈
(19)。左に吉沢早智(19)。
三人、観客に向かって。
美子・香奈・早智「みなさん、こんにち
はー!」
まばらな拍手。
美子「市川美子、ミコでーす!」
香奈「杉原香奈、カナでーす!」
早智「吉沢早智、サチでーす!」
美子「三人そろって――」
美子・香奈・早智「〈エンジェルス〉でー
す!」
美子「聴いてください! わたしたちの
デビュー曲、『ラッキーガールにご用心』!」
イントロに続き、唄い、踊りだす三
人。左端の早智から目を離せないで
いる静真。
× × ×
ステージが終わり、駐輪場を出ていく
観客たち。三人が、画板を肩掛けにし
て呼びかけている。
美子「ファンクラブ、入ってくださーい。千
円で入れまーす」
香奈「特典いっぱいありまーす」
早智「今日入会された方は、永年会員でーす」
呼びかけ続ける三人。立ち止まって早
智を見ている静真。早智、静真に気づ
く。静真を見て。
早智「ファンクラブ、入っていただけませんか
っ!」
静真「あ、はぁ……」
早智の前に立つ静真。
早智「ありがとうございます! うれしいです!」
静真「あ、はい……」
早智に千円を渡し、画板に置かれた紙に、
氏名、住所、年齢、電話番号を書いてい
く静真。それを早智、じっと見て。
早智「焼き鳥屋、バラック……そこがお家?」
顔を上げる静真。早智を見る。微笑ん
で静真を見ている早智。
静真「あ、いや。住み込みで。そこの二階に
住まわせてもらってて」
早智「じゃあわたしといっしょだ」
静真「え」
早智「わたしも、社長の家の二階に住まわ
せてもらってるの」
静真「そうなんや」
早智「そうなん」
早智、おかしな関西弁の発音で。
早智「十九歳か。私たちと同い年だね」
静真「そうなんや」
早智「そうなん」
笑う二人。
早智「これからもエンジェルスを応援し
てください! えっと……高倉静真さ
ん!」
両手を差し出す早智。おずおずと右
手を差し出す静真。
早智、その時に静真の右手指の痣に
気づく。それを察する静真。早智を見る。
早智「いっしょだ」
静真「え?」
早智「普段はファンデーションで隠してるんだ
けどさ」
ハンカチを取り出し、それで右手小指を
擦る早智。爪の下から二ミリほどの赤い
痣が、指の下まで走っている。
早智「生まれつきなの」
静真「ぼくも」
早智「わたしの方がちょっと赤いね」
静真「ぼくの方がちょっと長い」
二人、見つめあって。
早智、差し出された静真の右手を握
る。左手も重ねて両手で強く握る。
〇西大路通り・歩道
丸めたポスターを手に歩いていく
静真。
(体裁編集中)
〇〈バラック〉二階・六畳間
三人の直筆サインが書かれたエンジェ
ルスのポスターを壁にピン留めする静
真。それを見やる。微笑む早智をじっ
と見つめる。
〇〈バラック〉店内(夜)
営業中。テーブル席に二組の客。厨房
の中にいる静真と次郎。鶏を焼いてい
る静真。
次郎「かわいかったか」
静真「え」
次郎「そやからなんたらって云うアイドル
のグループよ」
静真「はぁ、まあ」
次郎「パンツ見えたか」
静真「見えませんよ、そんなん」
次郎「ははっ、そうか。どの子がいちば
んかわいかった?」
静真「どの子って」
次郎「帰ってきてからなんとのうポーっ
としとる、おまえ。どの子がよかった?」
静真「――早智って子がかわいかったです」
次郎「はははっ、そうか。早智ちゃんか。
なあ、見に行ってよかったやろ」
無言で鶏を焼き続ける静真。
扉が開く。
次郎「はい、いらっしゃい」
入ってきたのは常連客の松園翠(27)。
カウンター席に座る。
翠「うちはチーママ。静真ちゃんはチー大将。
なー」
次郎「なんや、それ」
翠「焼き任されたちっこい大将、チー大将や。
なー」
静真、焼き台の上に手羽先を四つ置い
て行く。
翠「チー大将の童貞、うちがいつでも貰たるで」
次郎「翠ちゃんのつけ入るスキはない。こいつ
はいま早智ちゃんとやらに夢中や」
翠「ええっ、誰それ! 静真ちゃん好きな女の
子できたん!?」
色めきたつ翠。
静真「そんなんやないですよ。やめてください、
ほんまに……」
次郎「すまんすまん、いちびりすぎた」
翠「えー、早智ちゃんてだれー。気になるわぁ。
教えてよ静真ちゃーん」
無言で手羽先を焼いていく静真。
〇西大路通り・歩道【日替わり】
買い物袋を籠に入れ、自転車をこい
でいる静真。
三条会館の前で立ち止まる。自転車
でいっぱいの駐輪場を見る。
●静真の回想
手を握り合っている静真と早智。
静真、歩き出す。
〇〈バラック〉裏
排水溝の清掃をしている静真。
溜まったヘドロを掬い取り、
ポリバケツのビニール袋に移
し替えている。
〇〈バラック〉店内(夜)
営業中の店内。カウンターに僧侶、
花村浄雲(32)。上下スウェッ
ト姿で飲んでいる。
焼き台の前で鳥を焼いているのは
静真。厨房の中、次郎がコップ酒
を傾けながら、浄雲と競馬談義を
している。
浄雲「あー、それにしても桜花賞のダイ
アナソロンにはやられたわ」
次郎「そやから言うたやろ。田原買わな
あかんって。今いちばん乗れてるんや
から」
浄雲「今週のダービーは? ジロちゃん」
次郎「皐月賞といっしょや。シンボリル
ドルフで鉄板。あれはモノが違うで」
浄雲「ミスターシービーと比べたらどう
や?」
次郎「ルドルフが上やろな」
浄雲「ほんまか? そしたら二年連続
三冠馬が出るって?」
次郎「やろうな」
浄雲「あるかぁ、それ」
次郎「ある。大ありや。あれは名を残
す馬や」
次郎、振り返って静真に。
次郎「一本出してみい」
静真「あ、はい」
静真が差し出したモモ串を手に
し、しばらく見ている次郎。口
に運んで。
次郎「ルドルフも四歳、おまえもここ
に来て四年目やな」
静真「はい」
次郎「ようここまで来た」
静真「ありがとうございます」
浄雲「ほな、バラックのシンボリルド
ルフやな、静真ちゃんは」
次郎「焼きは一生やぞ、静真。性根入
れろよ」
静真「はい」
浄雲「なあ、静真ちゃんがルドルフやっ
たらジロちゃんはなんや?」
次郎「俺か。俺はシンザンや」
浄雲「また古いなぁ、おい」
次郎「だまれ生臭坊主」
浄雲「祇園でお茶屋遊びもできん貧乏
寺の住職に、それは言うたらアカン
で、ジロちゃん」
笑う次郎と浄雲。静真も笑顔をみせる。
〇〈バラック〉表
おかもちを手にして出てくる静真。
〇路上
京福電鉄線路沿いの路を歩いて行
く静真。踏切までくる。遮断機が
下りている。通過する一両電車。
遮断機が開き、踏切を渡る静真。
六角通りをまっすぐ歩いて行く静真。
〇〈あかつきハイツ〉下
二階建てのアパート。外階段を上がっ
ていく静真。
〇前同・二〇三号室前
ブザーを押す静真。
少しの間の後、出てくるTシャツ、
ホットパンツ姿の翠。
翠「ごめんな、営業時間やないのに。入って」
中に入る静真。
〇前同・玄関
男物の靴が脱がれてあるのをチラッと
見る静真。奥から聞こえるテレビの
音。おかもちを置き、ラップをかけた
焼き鳥の乗った皿を取り出していく。
五つ並ぶ皿。
翠「モモやらツクネやらしょうもないやろ。
うちがしっかり舌の教育したらなあ
かん思ってるねん」
静真「はあ」
翠「静真ちゃんが焼いてくれたん?」
静真「あ、はい。師匠仕入れに行ってる
んで」
翠「そうかぁ。もう一人前やなあ」
静真「まだまだです――えっと、合計
で千五百六十円になります」
千円札二枚を差し出す翠。
翠「おつりはいらん、言うても受け
取らんのやろうなあ」
静真「師匠にしかられますから」
用意してた小銭を翠に渡す静真。
翠「固いこっちゃ。そしたら、これは
ようがんばってる静真ちゃんへのう
ちからのチップ」
五千円札を静真が着ている白衣
の胸ポケットにねじ込む翠。
静真「いや、こんなんダメです」
静真、五千円札を翠に返そうと
するが、翠、その手を押さえて。
翠「うちの気持ちや。ほんまに静真ちゃ
んよう頑張ってる。あんた見たらう
ちも頑張らなって素直に思えるんや。
女の気持ちムダにするような男はカ
スやで。よう覚えとき」
静真、翠をじっと見る。翠、目を
そらさない。
静真「――すみません」
翠「うん。大将には内緒やで。二人の
秘密や」
静真の唇に人差し指を当てる翠。
小さく頷く静真。
翠「ふふ。なあ、お酒飲めるようになっ
た?」
静真「いえ、ぜんぜん」
翠「ほんまに真面目っ子やなあ。店お
いでとも言われへんやん」
笑う翠。
静真「すみません」
翠「いや、謝らいでもええけどやな」
翠の笑顔を見ている静真。
〇〈バラック〉二階・静真の部屋(夜)
部屋の電気をつけたまま、布団
の上でボーッと天井を見ている
静真。床に置いた小さなラジオ
から響くディスクジョッキーの声。
DJ「〈はい、じゃあ次のリクエストま
いりましょう。京都市は右京区のペン
ネーム、バラックさんからのリクエス
ト、エンジェルスでデビュー曲『ラッ
キーガールにご用心!』」
ガバッと起き上がる静真。イント
ロが流れ出す。首を振りリズムを
取りながら、曲を聴く。壁のポス
ターを見る。早智を見る。うれし
そうに笑う静真。
〇〈バラック〉店内【日替わり】
準備中。仕込みをしている次郎と
静真。
黒電話が鳴る。受話器を取る次郎。
次郎「はい、〈バラック〉です――え、
おりますが。あの、失礼ですがそちら
さまは――はい。じゃあ、換わります――
静真」
静真「はい」
次郎「おまえに電話や」
静真「ぼくに?」
次郎「吉沢早智さんって言うてはる」
静真「は? え? なんですて?」
次郎「そやから吉沢さんや。早よせえ」
静真、受話器を受け取り、耳に当てる。
静真「あの、もしもし」
早智(声)「〈高倉くん? あー、いたー、
よかったー。すっごいドキドキしちゃっ
た。エンジェルスのサチです〉」
静真「え、あ、あの」
早智(声)「〈ごめんね急に。びっくりし
たよね。わたし、ずっと控えて持ってた
の、高倉君の住所と電話番号〉」
静真「持ってたって――」
仕込みに戻る次郎だが、静真の電話
が気になって仕方がない。
〇京都・四条河原町阪急百貨店・世界地
図の前
立っている静真に、二人の電話の
声が重なって。
早智(声)「〈明日、会えないかな〉」
静真(声)「〈いや、会うって〉」
早智(声)「〈キャンペーンで大阪に来
てるの。明日オフなんだ。三人で関西
観光するつもりだったんだけど……〉」
静真(声)「〈あ、あの」
早智(声)「〈お仕事で、忙しいかな〉」
静真(声)「〈いや、明日は定休日……〉」
早智(声)「〈やった! じゃあ会おうよ!〉」
静真(声)「〈――はい〉」
地下からの階段を駆け上がってきた
早智が走ってくる。静真の前に立つ。
早智「待った、高倉君!?」
満面の笑みの早智を呆然と見ている静真。
〇四条河原町・交差点・横断歩道上
並んで歩いている静真と早智。
静真「あの、なんで」
早智「なんでって、なにが?」
静真「いや、だから……」
痣の右手をかざし静真に見せる早智。
早智「今日はわたしもこれ」
にっこり笑う早智。
〇四条河原町の純喫茶・店内
テーブル席に座り、向かいあって
座っている静真と早智。サンドイッ
チとミルクティーの早智。コーヒー
の静真。
早智「聴いてたんだよ、あのラジオ」
静真「え」
早智「京都市右京区、ペンネーム、バラック
さん」
静真「あ」
早智「キャンペーンのときはいつも三人
いっしょの部屋で寝てるの。だから、
みんなで聴いてた。すごく嬉しかった。
高倉君のこと、美子と香奈に話したの。
高倉のこと忘れられないって、言ったの」
静真「――」
早智「そしたら二人、絶対会ってこいって。
三人でどこか行くなんていつでもできる
からって言ってくれてさ。だから、電話
したの」
静真を見る早智。
早智「高倉君は、わたしに会いたくなかっ
た?」
微笑んでいる早智を見る静真。
静真「会えるやなんて、思ってへんかったし」
早智「でも、会えたやん」
早智、おかしなアクセントで。静真、
笑う。早智も笑う。
早智「ねえ、どこ連れてってくれる?」
静真「え、どこって」
早智「デートなんだからエスコートしてよ」
静真「デート……」
早智「初デートなんだからね、わたし」
早智を見る静真。
静真「――じゃあ、映画、とか」
早智「『じゃあ』ってなによぉ。なんかやっ
つけー。とりあえず映画って言ってりゃ
いいって思ってない?」
静真「そんなこと、ない」
早智「ほんとに?」
静真「うん。絶対、ない。ぼく、吉沢さん
と映画観たい」
早智、笑って。
早智「なに観よっか」
静真「いま、なにやってるんやろ」
早智「知らない。でも、ずっと覚えてる
の観たい」
静真「ずっと覚えてるの?」
早智「うん。これからも観たことずっと
ずっと覚えてるの、そんな映画」
微笑む早智をじっと見る静真。
静真「新京極に、むかしの外国の映画
やってる映画館、あったと思う」
早智「へえ! どんなのやってるの?」
静真「さあ。前、通りかかったことあ
るだけやから。映画とか詳しぃないし」
早智「そっか。じゃあ、とりあえずそこ
に行ってみようよ」
静真「うん」
コーヒーをすする静真。
早智「はい」
サンドイッチをひとつさしだす早
智。
静真「え」
早智「高倉くんもひとつ食べなよ」
静真「――うん」
サンドイッチを手に取り、口に運ぶ
静真。
早智「おいしい?」
静真「うん」
早智「ふふふ」
笑う早智。
〇新京極通り
並んで歩いて行く二人。
〇前同・名画座の前
名画座の入り口に立つ二人。
早智「ここか。なんか普通の映画館と違ってて、
レトロないい感じだね」
受け付け横のショーケースに『冒険者た
ち』のポスターが貼られている。
早智「『冒険者たち』十時半からだって。
これ、観ようよ」
静真「うん」
受付前に立つ二人。
〇名画座・劇場内
空席の目立つ劇場内で『冒険者たち』
を観ている静真と早智。亡くなった
ジョアンナ・シムカス演じるレティ
シアが海中へ沈んでいく場面をじっ
と見つめる二人。
涙を零す 早智。そっと静真の手を
握る。驚き早智を見る静真。スクリ
ーンを見つめたままでいる早智。静
真、その手を握り返す。
〇名画座・外
出てくる二人。新京極通りを歩いていく。
静真、早智の手を握る。静真を見る早智、
その手を握り返す。二人、手を固くつない
で新京極通りを歩いて行く。
静真「アラン・ドロン、やっぱり男前やなあ。女
優はなんて名前やったっけ。さっきモギリの
オバちゃんに訊いてたやろ」
早智「ジョアンナ・シムカス。すごい美人だっ
たね」
静真「一生忘れへん映画になった?」
早智「――うん」
静真「ぼくもや――もう、十二時過ぎたわ。
なにか食べよか。食べたいもんある?」
早智「んー、そうだな――一生覚えてるやつ」
静真「そればっかりやん」
早智「あかんのん」
静真「関西弁下手くそすぎて気持ち悪いわ」
早智「あー、『気持ち悪い』とか言う!?」
二人、じゃれあうように歩いて行く。
〇寺町通り・とんかつ屋〈なぎさ〉前
店前に立つ二人。
静真「とんかつとか、おかしいかな」
早智「ううん。べつにいいけど。高倉君、
ここに来たことあるの?」
静真「何回も」
早智「そうなんだ。おいしいんだね」
静真「めっちゃくちゃ。ここのとんかつ
食べたら、よそのとんかつ食べられへ
ん」
早智「ほんとに! じゃあここにしよう!」
店に入る二人。
〇前同・店内
時分時を少し過ぎ、店にいるのは数
名の客。向かい合ってテーブル席に
座っている静真と早智。
とんかつ定食が運ばれてきて、二人
の前に置かれる。
早智「ほんとにおいしそう。いただきまーす」
食べ始める二人。
静真「どう?」
早智「……うん」
静真「『うん』って」
早智「ちょっと言葉が出ない」
静真「やろ」
早智「なんかね、カリってなってジュワーッ
ってなる」
静真「うん、カリってなってジュワーッってな
るやろ」
笑う二人。
早智「お家の人といっしょにきてたんだね」
首を横に振る静真。
静真「ぼく、施設育ちやから。中学出てバラッ
クで住み込みで働き始めてすぐ、師匠が連
れてきてくれてん。『食い物扱う人生が始
まるんやから、ほんまに旨いもん知ってお
かなあかん』いうて」
えっ、とした顔で静真を見る早智。
静真「父親はぼくが二つのときに死んで、
母親はその後すぐに他の男の人とどこ
か行ったそうや」
早智「――あの、あの、ごめんなさい」
静真「ええねん、ええねん。こっちこそ
ごめん。なにを言うてんねや。食べよ。
なあ、一生忘れへんやろ、この味は」
早智「うん。この味は永遠に覚えてるよ」
二人、とんかつ定食を旨そうに食
べていく。
〇前同・店前
出てくる二人。
早智「あー、おいしかったー! ほん
とにおいしかったー!」
静真「やろぉ」
早智「もうどんなとんかつ食べてもお
いしいと思わないかもなあ――高倉
君のせいだ」
静真「ははは」
二人、手をつなぎ、歩いて行く。
〇錦市場商店街
商店街の中を歩く二人。様々な
店に目を奪われ、歓声をあげる
早智。
早智「すっごいね! ほんとすっごい
ねここ。わたしこういうところ大好
き!」
静真「変わってるなあ」
早智「そんなことないよぉ」
静真「そしたら、美子ちゃんや香奈ちゃ
んがここ来たらそんなに喜ぶか?」
早智「え――うーん、それはないかも」
静真「やろぉ」
早智「もう。わたしが楽しいんだから、
それでいいのっ!」
楽し気に歩いて行く二人。
〇錦湯の前
商店街を出、手を繋いで歩いて
行く二人。
銭湯、〈錦湯〉の前まで来る。
男湯、女湯の暖簾が出ている。
早智「お風呂屋さんだ」
静真「うん、ここはぼくも知らんかった」
早智「すっごい風情のある建物だよね」
静真「うん」
早智「ねえ、入ろっか」
静真「え、入るって……」
早智「だからここ。お風呂屋さん」
静真「いや、そやかてタオルもなにも持っ
てへんし」
早智「売ってるかもよ。ちょっと訊いて
くる!」
女湯の暖簾をくぐり中に入る早智。
しばらくしてから暖簾から顔を出し。
早智「タオルもシャンプーもリンスも売っ
てるって! ねえ、入ろっ!」
〇前同・男湯・浴場
椅子に座り、体を洗っている静真。
早智(声)「高倉くーん」
静真「なんやー」
早智(声)「貸し切りだよー」
静真「こっちもやー」
早智(声)「高倉くーん」
静真「なんやー」
早智(声)「わたし、楽しいー!」
静真「ぼくもやー」
早智(声)「あはははっ」
響く早智の笑い声を笑って聞いてい
る静真。
〇前同・前の路上
風呂から上がり、早智を待ってい
る静真。
暖簾を開け出てくる早智。
早智「お待たせ」
湯上りの早智に見惚れる静真。
早智「ん?」
静真「いや――」
静真、早智の手を取る。腕を
絡める。一瞬驚く早智だが、
身を寄せる。二人、身歩きだす。
早智「高倉くん」
静真「なに」
早智「ここまで、だからね」
静真「え」
早智、少し笑んで、まっすぐ前
を見ている。
静真「――分かってるよ、そんなん。
なに言うてんねんな」
早智「ありがとう。高倉君、優しいね。
すごい優しいね。やっぱり高倉君、
思ってたとおりの人だった――ねえ。
少しゆっくり話しがしたい」
静真「うん」
腕を組み歩いていく二人。
〇鴨川の河川敷
河川敷に座っている静真と早智。
早智「今日は本当にありがとう」
静真「いや、こっちこそ」
早智「急に電話かかってきてびっくり
したよね」
静真「え、そりゃまあ。芸能人から電
話かかってくるなんて思ってなかったし」
早智「芸能人かあ。まだまだヒヨっ子だ
けど。パチンコ屋さんとかレコード屋
さんの前とかで歌ってるレベルだし。
こうやって道歩いてても誰も気づかな
いし。でもね、高倉君。わたしたち、
絶対売れるの。売れなきゃならないの」
早智を見つめる静真。
早智「わたしの家、すごく貧乏なの。オ
ンボロのアパートに家族三人住んでて
さ。お父さん病気で体壊して内職しか
できなくて。だからお母さんの工場仕
事の収入でなんとかやりくりしてて。
そんなだから、わたしも中学出たら働
くんだろうなって思ってた。でも中学
の音楽の先生がね『おまえには歌の才
能がある。絶対音感も持ってる。生か
さなきゃもったいない』って言ってく
れてさ。放課後、個人的に歌のレッス
ンしてくれたんだ。でさ、わたしダメ
モトで今の事務所の養成所の試験受け
てみたの」
静真「そうなんや」
早智「そのときいっしょに受かったのが
美子と香奈。三十人くらい受かったん
だけどね、この三年間でほとんどの子
がやめた。わたしたち特待生だったん
だよ、すごいでしょ。」
静真「特待生」
早智「うん。レッスン料や通所の交通費
全額免除。そうじゃなきゃ三人とも養
成所に通えてない」
静真「三人とも?」
早智「うん。美子と香奈もわたしといっ
しょで、お金持ってる家の子じゃない
んだ。美子はお母さんしかいなくなっ
た家の六人きょうだいの長女。香奈の
家なんか、お父さんが賭け事ばっかり
やってて毎晩借金取りが来てたって言っ
てた。だから、わたしたち、絶対に売
れなきゃならないの。負けるわけにはいか
ないの」
静真「特待生やもんな」
早智「うん。でもさ、朝から晩までレッス
ン漬けだったわたしたちが、高校行き
ながら通ってた子たちに負けるわけな
かったんだよね。だからこれからも絶
対勝つんだよ、わたしたち」
静真「ご両親は芸能界に入るのに反対せ
えへんかったの?」
早智「最初はびっくりしたみたいだけど、
お父さんが『やらずに悔い残すくらい
ならやってみろ』って。お母さんも
『ダメだったら戻ってきて三人で貧乏
したらいい』っていってくれてさ」
静真「へえ」
早智「高倉君はどうして今のお店に?」
静真「ぼく? ぼくは施設の職員さんが
師匠の知り合いで。いつまでも施設
にいるのもなんか嫌やったし。早く
なにか手に職つけたかったし。店の
二階に住まわせてくれるっていう
から、それで」
早智「師匠って、おじいさん?」
静真「うぅん、まだ三十ちょっと」
早智「へえ、若いんだね。師匠とか言
うから、なんかヨボヨボのお年寄り
想像しちゃった」
笑う二人。
静真「『見て覚えろなんていうのはも
う古い。俺が一から丁寧に教えたる』
いうて仕込んでもろうた。若いけど
最高の師匠や」
早智「じゃあ、いつか師匠超えなきゃね」
静真「いやぁ、それは無理やなあ。何年
かかっても師匠の焼く串は超えられん
やろうなあ」
早智「無理なんて言っちゃだめだよ。
目指して頑張らなきゃ」
早智を見る静真。微笑んでいる早智。
静真「吉沢さん、やっぱりなんかすごいなあ」
早智「高倉君」
静真「なに」
早智「わたし小五のとき脳腫瘍の手術し
てるの」
静真「脳腫瘍――」
早智「うん。けっこうな大手術でさ。大学病
院でね、脳外科のすごい偉いお医者さんが
執刀したんだ」
静真「うん」
早智「でも、わたしの家、そんなのじゃない。
だからお母さん、仕事増やしてさ、新聞配達
とかもやって、夜はスナックでも働いてたの」
静真「――」
早智「お父さんも内職の仕事増やしてさ。
二人とも本当に寝る間もないくらい働
いた。お母さんもお父さんも言わない
けど、わたし、知ってるんだ、二人が
親戚中まわって頭下げてお金借りたの。
ぜんぶわたしのためよ――だから、だ
からね高倉君。わたし二人に恩返しす
るの。絶対いい暮らしさせてあげるの――
両親のこととか言って、ごめんね」
首を横に振る静真。
早智「デビューが決まった日に三人で誓っ
たんだ。青春の全てを賭けよう、捧げよ
う、そして絶対成功しようって。クサい?
笑う?」
静真「笑わへんよ。笑うわけないやん」
早智「ありがとう。あのね、わたしたち五年後
の解散を決めてるんだ」
静真「え」
早智「ねえ、高倉君。マラソンランナー
はなんで走れるんだと思う?」
静真「なんでって、そりゃ完走してゴー
ルするためやろ」
早智「でしょ。ゴールがあるから走れる。
わたしたちだってそうよ。ゴールに向
かって走り出したの。五年後って決め
たの。ひたすら走って、売れて、成功
して、五年後エンジェルスは横浜スタ
ジアムで燃え尽きるの」
静真「横浜スタジアム?」
早智「三人とも神奈川出身なの。わたし
は川崎、ミコは横須賀、カナは厚木。
だから」
静真「へえ」
早智「横浜以外の神奈川県民にとって、
横浜ってちょっと特別な街なんだ。
憧れと嫉妬が混じってるみたいなさ。
だから、最後に横浜スタジアム制圧
してやるんだ」
静真「かっこええやん」
早智「かっこええやろぉ」
笑う二人。
早智「わたし、エンジェルスのサチと
して生きるの、これから」
静真「――うん」
早智「だからわたしね、その前に吉沢
早智の最高の思い出を作りたかった。
だから、高倉君に電話したんだ――
この指さ」
右手小指を立てる早智静真「うん」
早智「学校行く前お母さんがファンデ塗っ
て痣隠してくれてたんだ。たまに『こん
な指に生んじゃってごめんね』なんて言っ
たりして。 わたしはそんなに気にしてな
かったんだけ ど。でもまあ気にしてなく
もなかった」
静真「うん。分かるわ、その気持ち」
早智「でも、でもね。高倉君に出会えて、
この指でよかったって、そう思えたの。
なんか、同じ指の、高倉君となら、最
高の思い出作れると思ったから――今ま
で生きてきて、いち ばん楽しい日になっ
たよ」
早智、静真の頬に口づける。
早智「ほんとのほんとに、ここまで」
静真「うん」
早智、静真を見て微笑む。
〇阪急百貨店・エスカレーター
並んで昇っていく静真と早智。
〇前同・化粧品店
陳列された化粧品を見て歩いている
早智。その後ろに静真。
静真「美子ちゃんと香奈ちゃんに口紅買
うてんやろ、もうええやん」
早智「うるっさいなあ。わたしのものま
だなにも買ってないのっ」
静真「化粧品なんか東京でもなんぼでも
買えるやろ」
早智「今日ここで買うことに意味がある
のっ! もう、高倉君女心を全然わかっ
てない!」
苦笑いをする静真。
香水のコーナーで立ち止まる早智。
早智「あ」
静真「ん?」
早智「〈アラン・ドロン〉だって」
静真「ほんまや。そんな香水あるんや」
陳列された香水〈アラン・ドロン〉
を見る二人。
静真「プレゼント、するわ」
早智「え」
静真「こっちのやったら、買える」
静真〈アラン・ドロン〉のミニ
ボトルを手にして早智に見せる。
静真「臨時収入あったんや。貰ってく
れる?」
早智「うん、ありがとう」
静真を見て微笑む早智。
〇地下鉄・阪急四条河原町駅構内
梅田行きの特急電車が止まっている。
静真と早智、向かい合って立っている。
早智「じゃあ」
静真「うん」
早智、後ろを向く。涙を拭う。前を向
く。満面の笑みを浮かべ静真を見る。
早智「今日のことぜんぶ、忘れない」
静真「うん、ぼくも」
早智「あのさ、高倉君」
静真「なに」
早智「五年後、また会いたい」
静真「五年後」
早智「うん、五年後。エンジェルスのサチ
じゃなくなったら――そのとき、また電
話する」
静真「うん」
早智「会ってくれる?」
静真「会うよ。絶対会う」
早智「ほんとに? 覚えててくれる?」
静真「ほんまや。絶対や」
強くうなずく早智。小指を立てた右
手を差し出す。
静真「え?」
早智「げんまん」
静真も右手を出し、小指を立てる。
二人小指を絡ませて。
早智「じゃあ」
静真「うん」
静真・早智「指切りげんまん、嘘ついた
ら針千本のーます。指切った!」
笑う二人。発車のベルが鳴る。
特急電車に乗り込む早智。
静真「ずっと応援する。エンジェルスの
サチを。これからずっと応援する」
微笑み、うなずく早智。
静真「また、リクエスト書く。給料ため
て、レコードプレーヤー買って、レコー
ドも買う」
うなずく早智。
静真「五年後、待ってる。ほんまに待って
る」
うなずく早智。
ドアが閉まる。発車。
窓越し、車両の中から小さく手を
振る早智。
頭の上で大きく両手を振り続ける静真。
遠ざかる梅田行き特急電車。やがて見
えなくなって。
静真、ずっとそのまま立っている。
〇〈あかつきハイツ〉外階段
おかもちを持って外階段を上がって
いく静真。
〇前同・二〇三号室前
部屋の外に置かれた皿を、おかも
ちの中に片していく静真。
戸が開く。若い男が飛び出すよう
に出てくる。驚く静真。
翠「出ていけっ! このボケっ!」
男「言われんでも出ていったらぁ!」
翠「これで終わりや! 二度と来るな!
あの女触った手でうちの体触ってみ
い! 殺したるからな!」
男「言われんでも分かってるわぁ!
二度とおまえのとこなんか来るか、
ボケ!」
階段を駆け下りていく男。
憤怒の表情で立っている翠。呆然
としている静真に気づく。
翠「ああ、静真ちゃん」
小さく会釈する静真。
翠「タイミング悪いなああんた。えらい
とこ見られてしもた」
静真、立ち去ろうとする。
翠「待って、静真ちゃん」
静真「はい?」
翠「部屋、入って」
静真「え」
翠「ええやん」
静真「いや、仕事があるんで」
翠「五分だけ、ちょっとだけ。な、お
願い」
翠をじっと見る静真。
〇前同・二〇三号室内
修羅場の後、散らかっている室内。
翠「えらいことなってもうた、ははは」
翠、部屋をかたづけかけるが、う
ずくまってしまう。そのまま嗚咽
する。
静真「あの――」
翠「ごめん、ごめんな静真ちゃん。仕事
あるのにな」
静真「いえ」
翠「なあ、ちょっとこっち来て静真ちゃん」
静真「え」
翠「こっち来てって言うてるん」
静真「あの――」
翠「来てぇや、早ぉ!」
翠の側に立つ静真。
翠「ごめんな大きな声だして。ほんまに
アホやなうち」
静真の手を取り、その手を自分
の肩に回させる翠。驚く静真。
翠「寒いんや。ほんまに寒いわ。うち
な、男と別れたらいっつも寒なんね
んよ。五分だけ、五分だけや。こな
いしてて。お願いや、ひとりにしや
んといて。五分だけこないしてて」
静真「――はい」
翠「こんなんばっかりや、なんでやろ。
うち、いっつもこんなんや――」
嗚咽する翠の肩を抱きしめる静真。
〇〈バラック〉店内(夜)
営業中。焼き台の前に立っている静真。
カウンターで飲んでいる翠。
翠「風邪なんか嘘や」
静真「え?」
翠「静真ちゃんに店任せられるように
なったから、大将、嫁さんと家で乳
くり合うてんねや」
静真「そんなことないです。ほんまに
昨日しんどそうやったから」
焼き台の上に手羽先を四つ並べ
ていく静真。
〇前同・静真の部屋(夜)
床にレコードプレーヤーが置か
れている。壁にはエンジェルス
のポスターと早智のポスターが
貼られている。
静真、壁に立てかけていたエン
ジェルスのEPレコード〈ラッ
キーガールにご用心!〉をプレー
ヤーの上に置く。流れて来る三
人の歌声。静真、リズムを取り
ながら聴き続ける。
〇テレビ放送画面 ①ベストテン番組
司会者(男)「今週の第八位。先週の
十四位から一気にランクイン! 初
登場、エンジェルス『天使の羽音』!」
司会者(女)「エンジェルスの皆さん、
どうぞ!」
元気よく登場する三人。画面向かっ
て右から香奈、美子、早智の順で
並び立つ。
司会者(男)「初めまして」
三人「初めましてっ!」
司会者(女)「うわー、元気がいいわねえ。
じゃあテレビの向こうの皆さんにそれぞ
れ自己紹介しましょうか」
美子「はい! 市川美子です。よろしくお
願いします! 初登場八位、本当にうれ
しいです! ありがとうございます!」
香奈「杉原香奈です! よろしくお願いし
ます! 今日、この場に立てて、本当
に夢みたいです!」
早智「吉沢早智です。よろしくお願いし
ます! 精一杯歌い続けるので、これ
からもエンジェルスを応援してくださ
い!」
美子「三人そろって――」
三人「エンジェルスです!」
司会者(男)「では早速歌っていただ
きましょう! 今週第八位、初登場エ
ンジェルスで『天使の羽音』!」
イントロが鳴り、セットへ駆け出
す三人。
〇〈バラック〉店内(夜)
カウンター席で砂肝とセセリを
アテに呑んでいる翠。焼き台の
前に立っている静真。店のテレ
ビが『天使の羽音』を歌うエン
ジェルスを映し出している。翠、
テレビを見上げ。
翠「どの子?」
静真「え?」
翠「静真ちゃんがデートしたん」
静真「――師匠、最近しゃべりでかな
わん」
翠「なあ。風邪治ったとたんに天橋立
に二泊とかなんやねん。いっぺんに
嫁さん孝行になってしもてからに。
チー大将の静真ちゃんに甘えすぎや」
静真「ぼくなんか、ほんまにまだまだ
です」
翠「なあ、どの子?」
静真「――左の子です」
翠「名前は?」
静真「サチです。吉沢早智」
翠「へーえ、かわいらしい子やん」
テレビに映る早智を見る静真と翠。
× × ×
精算を済ませ、店を出ようと戸を
開ける翠。
翠「いやぁ、いやらし。雨降ってるやん」
静真、翠の横に立ち。
静真「気ぃつかへんかった。あの、奥に
傘あるんで取ってきます」
行きかける静真の手を取る翠。驚い
て翠を見る静真。
翠「知ってる? こんなん遣らずの雨っ
て云うんよ、静真ちゃん」
微笑んでいる翠。その手を自身
の胸に当てがう。驚く静真。
翠「エンジェルスのサチは、おっぱい
触らせてくれたりせえへんかったや
ろ」
静真「……」
翠「うちなあ、あの日から夜が来ると
寒なんねん。寒いままやねん」
静真「翠さん」
翠「女の気持ちムダにする男はカスやっ
て、言うたことあるやろ、静真ちゃん」
〇テレビ放送画面② ホール公開の歌番組
バンドをバックに元気いっぱいに
歌っているエンジェルス。その映
像に静真と翠の声が重なる。
翠(声)「ありゃりゃ」
静真(声)「――ごめんなさい」
翠(声)「気にせんでええんよ。最初は
誰かてそんなもんや。なあ、拭いて――。
ちょっと、なに凹んでんのよ。ほんま
にかわいいなあ、あんた。あ、ちょっ
と心臓バクバク云うの小さなってきた。
今度は上手いこといくから、安心しぃな」
〇テレビ放送画面③ スタジオ生放送の
音楽番組
男女の司会者の横に立っているエ
ンジェルス。それぞれの手に〇と×
の札を持っている。
司会者(女)「ということで人気沸騰中
のエンジェルスの三人に視聴者の皆さ
んからたくさん質問が届いていますの
で、歌の前にいくつか答えてもらいま
しょう」
司会者(男)「いいですか、正直に答え
てよ。正直にね」
美子「あー、なんかドキドキする」
司会者(女)「よーし、これからいっちゃ
おう。男の子とデートしたことがある。
マルかバツか!?」
全員サッとバツを上げるエンジェ
ルス。
司会者(男)「えー、本当かなあ」
三人「本当です!」
司会者(男)「ムキになるところが怪し
いなあ」
香奈「本当ですよ。わたしたちレッスン
ばっかりでそんな余裕なかったです
もん」
美子「そりゃ憧れはありますけど」
司会者(女)「サチちゃんは?」
早智「そうですね。いつか、素敵な人
と素敵なデートをしてみたいって思
います。でも今は、ファンの皆さん
が恋人です。ねー」
美子・香奈「そうでーす」
司会者(男)「あーっと、残念ながら
ここで時間! 三人への他の質問は
次回登場したときにってことで。
それでは歌ってもらいましょう。
エンジェルスでチャート初登場三位
『ラブハートはクレッシェンド』!」
イントロが鳴り、セットへ駆け出
す三人。
〇〈あかつきハイツ〉二〇三号室(夜)
部屋にいるのは静真。テレビの前
に座り『ラブハートはクレッシェ
ンド』を歌うエンジェルスを見て
いる。アップになる笑顔の早智を
見ている。
× × ×
夜更け。炊事場、ガスコンロの上
にフライパンを乗せ、手羽先を焼
いている静真。
翠「たら~いま~~」
したたか酔った翠が帰って来る。
後ろから静真に抱き着く。
静真「おかえり」
翠「焼き上がり~。グッドタイミング
や~ん」
静真「だいたい、帰ってくる時間分かっ
てきたから。けど、ほんまに手羽先好
きやんね」
翠「そうやぁ。うちはほんまに手羽先好
きや。静真ちゃんとおんなじくらい好
きや」
翠、静真を向き直らせ顔を手挟み
キスをする。一瞬驚く静真だが、
すぐに応える。
唇を絡めあう濃厚な二人のキス。
× × ×
布団の上でセックスをしている二人。
仰向けになった静真に跨り、翠が激
しく腰を振っている。
翠「元気いっぱいや。中でビクビクしてる
わ、静真ちゃんのん」
喘ぐ翠。激しく腰を突きあげる静真。
翠「あぁんっ!」
のけ反る翠。二人同時に果てる。
× × ×
布団の上に横になっている二人。翠
に腕枕してやっている静真。
翠「お師匠さんになんか言われたやろ」
静真「え」
翠「うちのこと」
静真「――べつになんも」
翠、静真の頬をつねる。
静真「いつっ」
翠「隠さんでもええ。うちが言われてんから、
この前」
静真「あの、なんて」
翠「先のある身や、弄ぶんやったらやめたっ
てくれ、言うてなあ。静真ちゃんはなんて
言われたん?」
静真「……」
翠「正直に言うてみ」
静真「――深入りするな、言うて。水商売の
女に手を出すのは早すぎる、言うて」
翠「ははっ。自分かて水商売のくせして。職
業差別や、なあ」
じっと天井を見上げている静真。
翠「お師匠さんの言うことやから、聞かなあ
かんなあ」
翠、静真の右手を取り、見つめる。小
指を口に含む。
されるがままになりながら、首を横に
振る静真。
翠「深入りしたらあかんよなあ」
小指を嘗め続ける翠。首を横にふる
静真。
翠「そうや。弄んでんねや、うちはあんた
のことを」
静真「――それでも、かまへん」
ふいに静真の上に覆いかぶさる翠。
翠「なあ、四年後どないするん?」
静真「え?」
翠「エンジェルスのサチちゃんと会う
んか?」
静真「――そんなん、もう忘れてしも
てるわ」
翠「いっぺんに人気出たもんなあ。け
ど分からんでぇ。なんちゅうても初
めてのデートでした約束や。女はそ
ういうのちゃんと覚えてるもんなん
やから」
静真「芸能人の気まぐれや、あんなん」
翠「ほんまは会いたいんやろお。電話
あったら会いに行くんやろお。怒ら
へんから言うてみ」
静真「……行かへんよ、そんなん」
横を向く静真。その顔を手挟み、
前を向かせる翠。
翠「ほんまに行かへん?」
静真「行かへん」
うなずく翠。
翠「忘れさせてしもうたる、エンジェ
ルスのサチのことなんか」
静真を抱きしめる翠。強く抱き
しめ返す静真。
〇琵琶湖・近江舞子水泳場【日替わり】
砂浜を手を繋いで歩く水着姿の静
真と翠。
〇同・浅瀬
翠の手を曳いている静真。翠、バ
タ足で湖面をパチャパチャしなが
ら。
翠「琵琶湖はベタベタせんのがええなあ」
静真「うん」
翠「波も小さいし」
静真「うん」
砂浜のスピーカーからエンジェル
スの曲が流れてくる。
翠「エンジェルスや」
静真、無言。
翠「エンジェルスやで~」
静真「――うるさい」
翠「なんて曲?」
静真「知らん」
翠「嘘ばっかり。なんて曲?」
静真「知らんて」
翠「静真クン、なんて曲ですか~~っ」
静真「……『渚のサンシャイン・ボーイ』」
翠「知ってるやんっ!」
手を離し、静真に抱きつく翠。
静真「うわっ!」
そのまま強引にキスをする翠。湖に
沈む二人。
〇嵐山・渡月橋【日替わり】
肩を並べて橋を渡っている静真と
翠。翠、紅葉している山を見やって。
翠「きれいやなあ、ほんま」
静真「うん、きれいや」
翠「知ってる? 渡月橋渡ったカップル
は別れるんやで」
静真「――嘘や、そんなん」
翠「ははっ、嘘か」
静真「嘘に決まってる」
翠「最初のデートもここやった」
静真「え」
翠「十六のとき。中学出て最初に働いた
靴下工場の工員さん。うちの初めての
人や。どうしてるんやろ。結婚して、
子供とかいてるんやろなあ」
静真「――」
翠「それから、えーっと何人や。八人か。
静真ちゃんが九人目やな」
翠の手を取る静真。
翠「ピンサロで働いてたこともあるんやで。
五人目のときか。他に女出来て出て行っ
たけどな。ヒモに愛想つかされてたら、
うちもどうにもならんなあ、って死に
たなったわ、あのときは」
繋いだ手を強く握る静真。
渡月橋を手を繋いで渡っていく
二人。
〇〈あかつきハイツ〉二〇三号室
(夜)
大晦日。十四インチのテレビ
に映し出されている紅白歌合
戦をこたつに入って見ている
翠。炊事場で調理していた静
真が、年越しそばの丼が二つ
乗った盆をこたつの上に置く。
翠と差し向いにこたつに入る。
丼を手に取る翠。静真も。
翠「いただきまーす」
静真「いただきます」
そばをすすり始める二人。
翠「やっぱり鶏で出汁とったらおいし
いな」
静真「うん。皮を一回炙るんがコツや」
翠「もう立派な料理人やな、静真ちゃ
んも」
静真「まだまだや――けど」
翠「けど?」
静真「いつか独り立ちしたい。そんで」
翠「そんで?」
静真「翠と結婚したい」
そばをすする静真。
翠「なあ、ポスターどないしたん?」
静真「え?」
翠「部屋に貼ってあったエンジェルスと
サチちゃんのポスター」
静真「……はがした」
翠「捨てたん?」
静真「……」
翠「なあ、捨てたん?」
静真「――押し入れに入れたぁる」
翠「それ、うちが捨てろって言うたら
どないする?」
静真「――捨てるよ」
翠「また嘘つく」
静真「嘘ちゃう。捨てる」
翠「ははっ。言わへん、そんなん」
静真「え」
翠「うち、そんな意地悪な女とちゃうで」
静真「――なんやねんな、ほんま」
翠「ふふっ」
そばをすする二人。
翠「あ、エンジェルスや」
テレビに目をやる二人。きらび
やかな衣装を身にまとい『ラブ
ハートはクレッシェンド』を歌
い始めるエンジェルス。
翠「たいしたもんやなあ。デビュー二
年目で紅白や」
テレビ画面、アップになる早智
を見つめる静真。
翠「『♪そうよ恋のココロはクレッシェ
ンド 日ごと強くなるわ あなたへ
の思い~」
エンジェルスの歌声に合わせて
口ずさむ翠。テレビから目を離
しそばをすする静真。
〇〈あかつきハイツ〉外階段(夜)
階段を上がっていく静真。
〇前同・二〇三号室前(夜)
ドアに《静真へ。友達と一泊
旅行に行ってきます》の張り紙。
しばらく見てからはがす静真。
折り畳み、ポケットへ入れる。
階段を降りていく静真。
六角通りを歩く静真の姿に、の
ちの翠との会話が重なる。
静真(声)「翠」
翠(声)「なに」
静真(声)「友達って誰や」
翠(声)「ん? 隣のスナックのアサ
ミちゃんや。息抜きしよういうて有
馬温泉行ってきた。気持ちよかった
わ」
静真(声)「そんなこと言うてへんかっ
たやないか」
翠(声)「急に決めたんやもん。なに、
いちいちあんたに断らな、うちは友
達と息抜きもできひんのん。あほく
さ」
静真(声)「翠」
翠(声)「そやからなにぃ! あんた
最近妙にしつこいで」
静真(声)「――先月から始まったあ
れ、絶対やらなあかんのか」
翠(声)「あれって?」
静真(声)「そやから、客と、喫茶店
とか他の店寄ってから店にいくやつ」
翠(声)「ああ、同伴。そうや、もっ
と早うやってたらよかったって、マ
マ言うてるわ。実際うちのギャラも
全然前と違うし。チップまでくれる
お客さんいてるしな――なに、気に
入らんのん」
静真(声)「気にいるわけないやろ、
そんなもん」
翠(声)「――あんた、やっぱり水
商売の女とつきあうの、早すぎた
のかもな」
ぶすっとした顔で六角通りを
歩いていく静真。
〇スナック〈ディアナ〉入口(夜)
〇前同・店内(夜)
ビールを飲んでいる静真。
カウンターを挟んで立って
いる翠。
翠「お店には来てほしないって、
言うてへんかった?」
静真「俺の勝手やろ、そんなん」
扉を開けて入ってくる背広
姿の客四人。
翠「あっ、城所さん。いらっしゃい」
城所「言うてたとおりのつれもて行
こら~、や。マリエちゃん」
翠「いやぁ、嬉しわぁ」
ボックス席に座る四人におし
ぼりを持って行こうとする翠。
すれ違いざま静真に。
翠「本名で呼んだりしなや」
ボックス席で愛想よく四人に
接客する翠を見る静真。
〇〈バラック〉店内(夜)
営業中。焼き台の前で鶏を焼
いている静真。浄雲と談笑し
ている次郎。
〇〈あかつきハイツ〉外階段(夜)
階段を上がっていく静真。
〇前同・二〇三号室前(夜)
ドアに《静真へ。アサミちゃ
んと有馬温泉に行ってきます》
の張り紙。
はがす静真。クシャクシャに丸
め、叩きつける。
〇〈バラック〉店内
開店前。仕込みをしている静真。
奥から現れた次郎が、静真の打っ
た串を手に取る。
次郎「話にならんな」
静真「え」
次郎「全部捨てえ。こないな串焼いて
客から金もらうわけにいかん」
静真「師匠……」
次郎「今日はもう上で寝とけ」
串を打ち始める次郎。棒立ちの
静真。
次郎「聞こえたやろ。二回言わすな」
静真「すみません」
厨房を出る静真。二回へと階
段を上がっていく。
× × ×
次郎が串を焼いている営業中
の店内。カウンター席に浄雲
が座っている。静真が降りて
くる。
浄雲「お、静真ちゃん、今日はどな
いしたんや」
静真「はぁ――あの、師匠」
次郎「どこへなと行け」
静真「すみません」
店を出る静真。
浄雲「どないしたんや、静真ちゃん」
次郎「アホが。そやから言うたんじゃ」
ため息をつく次郎。
〇路上(夜)
六角通りの踏切を超える静真。
〇〈あかつきハイツ〉二〇三号室前(夜)
ドアにもたれて立っている静真。
外階段から翠が上がってくる。
静真を見て立ち止まる翠。ま
た歩き出し部屋の前までやっ
てくる。鍵をノブに差し込み
回す。ドアを開ける。
翠、静真を見て。
翠「入りぃな」
室内をコナす翠。
〇前同・二〇三号室・室内
服を脱ぎ始める翠。その様子
をじっと見ている静真。
翠「またアサミちゃんと温泉入って
息抜きしたなってなあ――って言
うたらあんた信じるか?」
静真「翠――」
翠「そうや。男とや。あんたが前に
店来たときに後から来た城所さん
や。同伴しただけでチップぎょう
さんくれる太客や。彼、和歌山の
ごっつい資産家の三男坊でなあ。
北山でブティック三つも経営して
るねん。すごいやろ。実家には寄
らんかったけど、市内の旅館に泊
まって観光してきた。ええところ
やったで和歌山。まだなんか訊く
ことあるか」
静真「翠、おまえ――」
翠「気安ぅ名前呼ばんとってえや!
なにが『おまえ』や! ええわ、
教えたる。セックスしたわ城所さ
んと。最初はほんまに有馬温泉や。
そのとき初めてしたわ。あんたと
違うてコンドームなしや。羨まし
いやろ。プロポーズされてんよ、
うち。今度親に紹介するって言う
てくれてんよ城所さん。これで満
足か?」
静真「プロポーズって」
翠「受けたで、もちろん。なあ、あ
んたもしかして本気でうちと結婚
できるやなんて思ってたん? ア
ホちゃう。なんでうちがボロの焼
鳥屋の小僧さんと結婚せなあかん
のん。言うたやろ、弄んでただけ
やって。あんたもそれでええって
言うてたやん。それともなに、あ
んたうちのこと幸せにできる自信
あるん?」
静真「……」
翠「あるん!」
静真「翠」
翠「年上の女とええ思いできたんや。
ありがたいって思ってほしいわ――
な、きれいに終わりにしよ。もう
店にも行かんし、出前頼むことも
ない。あんたももうここには来ん
といて。店にも絶対来んといて。
道で会うても声かけんといて」
呆然と翠を見ている静真。
〇前同・通路(夜)
力なく歩く静真。階段を降り
ようとしたところで二〇三号
室のドアが開いて、翠が顔を出す。
翠「なあ、ほんまに来んといてや!
しつこうつきまとったりしたら警察
呼ぶからな! ほんまやで!」
ドアを激しく閉める翠。
力なく階段を降りていく静真。
〇前同・二〇三号室(夜)
部屋に戻り壁に背中を預ける翠。
そのままずるずると床に尻をつける。
翠「あっ、あっ、あっ……ごめん……
静真ちゃん、ごめん……」
泣き出す翠。
翠「……ごめん、静真ちゃん、大好きや。
いちばん好きや。好きや、好きや、あ
んたのこと……ごめんぅぅ…けど、う
ちかて、うちかてな……許して、許し
て静真ちゃん……寒い、寒いわ静真ちゃ
ん……抱きしめてぇや、なぁ、なぁ、
なぁ……」
我が身を抱きしめ、嗚咽する翠。
〇〈バラック〉店内(夜)
暖簾をしまっている次郎。そこ
に戻ってくる静真。軽く会釈を
して階段を上ろうとする静真。
次郎「静真」
静真「はい」
次郎「明日、今日といっしょの串打っ
たら、焼きは二度と任せん。ええな」
静真「――はい」
階段を上っていく静真。
〇前同・二階。静真の部屋(夜)
布団に入っている静真。何度も寝
返りをうつ。眠れない。不意に左
手の小指がビクビクと震える。小
指を見る静真。
手を伸ばし枕元に置いたラジオの
スイッチを入れる。
DJ(声)「〈はい、というわけで、本
日のゲストは今をときめくエンジェル
スのお三方です。こんばんはー〉」
驚く静真。ラジオを見る。
三人(声)「〈こんばんは!〉」
美子(声)「〈ミコです!〉」
香奈(声)「〈カナです!〉」
早智(声)「〈サチです!〉」
美子(声)「〈三人そろって〉」
三人(声)「〈エンジェルスです!〉」
DJ(声)「〈相変わらず元気がいいねぇ。
こっちまで元気になっちゃうよ〉」
美子(声)「〈元気がいいのだけが取り
柄の三人です!〉」
香奈(声)「〈たたのバカじゃん、それ
じゃ〉」
三人の笑い声が響く。
DJ(声)「〈カナちゃんが『ドリーム・
スコール』に続いてセンターで歌って
るんだよね新曲『なみだ色ソナティー
ネ』も〉」
香奈「〈はい。リードボーカルがんばっ
てま~す〉」
DJ(声)「〈で、なんとなんとこの曲
はサチちゃんが作詞に参加してるんだ
よね〉」
早智(声)「〈はい。作詞家の中川先生
といっしょに作らせていただきました〉」
DJ(声)「〈すごいなあ、作詞家デビュー
だ。けどこの曲、前の曲とずいぶん雰囲
気違って、切ないというか哀愁を帯びて
るというか、すごく大人っぽい感じだ
よね、カナちゃん〉」
香奈(声)「<はい。ちょっと背伸びして
歌ってます。でもこんな歌詞書いちゃう、
いつもセンチメンタル真っ最中なサチ
に影響受けてるから哀愁の方は大丈夫
で~す」
早智(声)「〈もう、ちょっと、やめてー〉」
DJ(声)「〈え、なにそれ、どういうこ
と?〉」
美子(声)「〈サチはねー、サチはねー。
アラン・ドロン様にとっても会いたいの。
でも会えないの。だから悲しい悲しい乙
女なんですよぉ〉」
早智(声)「〈だからもうやめてってばぁ〉」
DJ(声)「〈サチちゃんはアラン・ドロ
ンが好きなんだ。また渋いねえ。会いた
いくらい好きなのか。でもさ、全国のサ
チちゃんファンの男の子はそれ聞いて
ショック受けてるんじゃない?〉
早智(声)「わたしのファンは、わたしの
気持ちを大事にしてくれる人ばっかり
だから大丈夫です!」
香奈(声)「なんか上手いこと言ってるー」
早智(声)「うるさい、カナ」
DJ(声)「そうか。じゃあさ、サチちゃん、
アラン・ドロンに告白しちゃおうここで〉」
早智(声)「〈は? え?〉」
DJ(声)「〈フランスまで聞こえてるかも
よ、この放送〉」
美子(声)「〈聞こえてなーい〉」
DJ(声)「〈いーや、分からないよー。
恋する乙女の気持ちは海をも超える!
はい、じゃあサチちゃん、アラン・ド
ロンに今の素直な気持ちを、三、二、
一、キューっ!〉」
早智(声)「〈――アラン・ドロンさん。
ずっとずっと大好きなままです。いつ
かきっと会いたいです――ちょっとも
う、なにこれー〉」
美子(声)「〈ヒューヒュー。まいっちゃ
うなぁ〉」
香奈(声)「〈アラン・ドロン様に恋す
る乙女サチ!〉」
早智(声)「〈怒るよ、ほんともう!〉」
DJ(声)「〈ははは。ケンカしないの。
じゃあサチちゃんの熱い愛の告白の余
韻が残るままエンジェルスで――はい、
三人でタイトルどうぞ!〉」
三人(声)「〈『なみだ色ソナティーネ』!〉」
イントロが流れだし、エンジェルス
の歌声がラジオから響く。じっと天
井を見ている静真。
エンジェルス(歌)「〈ねえ 今どこにいて
なにをしてるのあなた――〉」
静真、起き上がる。押し入れの戸を開
ける。丸めて立てていたポスターの輪
ゴムを外し、その天地を持ち、広げる。
バストショットの早智がにっこりと微
笑んでいる。曲が早智のソロパートになる。
早智(歌)「〈こんなに逢いたいのに いつも独
りぼっち 冷たい雨に 夜ごとうたれてるのよ
わたし――〉」
静真、泣く。涙がポスターの早智の顔
にこぼれ落ちていく。
〇次郎の家・居間(夜)
差し向ってこたつに入り、すきや
きをつつきながら紅白歌合戦を観
ている静真と次郎。
次郎「去年の紅白はどこで観たんや。お
まえうちに誘っても断ったやろ」
静真「え? はぁ……」
次郎「翠ちゃんとか」
静真「――はい」
次郎「先月結婚したんやて。店もやめ
たそうや」
静真「そうですか」
次郎「苦労してきた子やからな。上が
りがブティックの奥様で万々歳や」
静真「ええ、そうですね」
瓶ビールを差し出す次郎。軽く
頭を下げ受ける静真。
次郎「恨んでへんのか」
静真「そんなのは、はい」
次郎「男にしてもろうたし、酒も覚え
させてもろうた。おかげでこないし
て差し向かいで飲める」
グラスのビールを呷る静真。
次郎「ほら、肉食え静真。近江牛や
ぞ、どんどん行け」
静真「はい、いただいてます」
次郎「おっ、出てきた出てきた。エ
ンジェルスや」
テレビに目をやる二人。画面
の中、エンジェルスが『なみ
だ色ソナティーネ』を歌っている。
次郎「レコード買うたりしてるんか?」
静真「――はい、一応」
次郎「そら買わななあ。なんせ天下のエ
ンジェルスのサチとデートしたこと
ある男やもんなあ、おまえは」
静真「それ、もうええですよ」
次郎「なんでや、ほんまなんやからか
まわんやないか。コンサートとかに
は行ったことあるんか?」
静真「いえ」
次郎「なんでやぁ、行ったらんかい、
行ったらんかい。来年は行け。仕
事休んでもかまへん、行け」
静真「そんなん、ええですよ」
台所から次郎の妻、琴絵(33)
がそばの丼が二つ乗った盆を持っ
て来る。
琴絵「ちょっとあんた、はや絡み酒?
静真ちゃん困ってるやないの。ご
めんねぇ、この人静真ちゃんとお
酒飲めるのが嬉しいてしかたない
んよ」
次郎「なんやおまえ、もうそば持っ
て来たんか。まだわしらすき焼き
食べてるやないか」
琴絵「いっしょに食べたらええやな
いの」
次郎「せわしないなあ。静真、そば
も食え、そばも。肉乗せて食え」
静真「はい」
そばをすすり始める二人。
琴絵「静真ちゃんはほんまにええ子
やねえ」
次郎「もてるなあ静真。もてもてや。
さすが女殺しの静真やな」
静真「――やめてください」
次郎「はははっ。照れとる。旨いか
静真」
静真「はい。旨いです」
そばを食べる静真を微笑んで
見ている次郎と琴絵。
〇青空
夏。太陽がギラついている。
〇〈バラック〉入口
打ち水をしている静真。空を
見上げ汗を拭く。打ち水を終
え、店に入る。
〇前同・店内
カウンターの椅子に座り、ア
イスキャンデーを食べながら
スポーツ新聞を読んでいる次
郎。
次郎「しかしビックリしたよなあ」
静真「はい?」
次郎「エンジェルスや、エンジェ
ルス。解散発表って、なにがあっ
たんや」
スポーツ紙の裏一面を静真に
見せる次郎。〈エンジェルス
来年三月で解散!〉の文字が
大きく載っている。
静真「ああ」
厨房に入り、仕込みを始める静
真。
次郎「なんや。薄い反応やな、おまえ」
静真「そら、いつかは解散しますよ」
次郎「いや、そうやけどやな。テレ
ビ点けたら見やへん日ぃないよう
な人気バリバリの最中に解散せん
でもええやないか。ケンカでもし
たんかいな、これ」
静真「それはないと思いますよ」
次郎「――ふーん。コンサートいつやった?」
静真「来月、円山公園の音楽堂です」
次郎「そうか。楽しみやなあ。久々、愛す
るサチちゃんに――あっ!」
静真「はい?」
次郎「そうか、そうかぁ。分かったぞぉ。
会うな、おまえ。コンサート終わって
から会う約束してるなサチちゃんと。
どないして連絡とったんや、え、言
うてみい」
静真「なにを言うてはるんですか。そ
んなわけないでしょう。相手芸能人
ですよ」
次郎「いーや図星や。そやからエンジェ
ルス解散でも余裕のよっちゃんか。
かーっ、たまらんなあ。続きがあっ
たわけや。アイドルいてこますかあ」
静真「勝手に妄想しとってください」
次郎「やるなあ、さすが女殺しの静真
やなあ」
ひとりで盛り上がる次郎をよそ
に、苦笑しながら串を打ち続け
る静真。
〇円山公園音楽堂(夕方)
二五二八人収容の円山公園音楽
堂。野外の客席はベンチタイプ
の椅子が扇形に広がっている。
前列五席目までは、ハチマキを
してハッピを着た親衛隊が陣取っ
ている。中央あたりのベンチ、
端に腰掛ける静真。徐々に客席
が埋まっていく。
× × ×
薄暗くなり、バックバンドのメ
ンバーが登場。指笛、拍手。ド
ラマーのカウント。
演奏が始まり、客席にいた誰も
が立ち上がる。『ラッキーガー
ルにご用心!』のイントロが最
高潮になり、エンジェルスの三
人が舞台左袖から駆け足で登場
する。大歓声の客席。全員が立
ち上がる。早智をじっと見つめ
る静真。唄い出す三人。
× × ×
唄い終え、並び立つ三人。
美子「みなさーん、こんばんはー!」
観客「〈こんばんはー!〉」
香奈「あれー、声が小さいぞー! こ
んばんは!―!」
観客「〈こんばんはー!!〉」
早智「もっともっと! こんばんはー!」
観客「〈こんばんはー!!!〉」
美子「ありがとうございます。エンジェ
ルスです」
三人、深く頭を下げ礼をする。
万雷の拍手。
美子「えー、突然の解散発表、驚かれ
たことと思います。応援してくださっ
ているファンの皆様にはたいへん
申し訳なく思っています」
香奈「わたしたち、結成したときか
ら決めてたんです。いちばんいい
時に解散しようって。その日まで
わき目もふらず頑張ろうって」
早智「青春の全てをエンジェルス
に賭けてきました。そんなわた
したちのわがままを、どうか許
してください――全国ツアー最
終日、横浜スタジアムが終わる
まで、コンサート、テレビ、ラ
ジオ、精一杯、心をこめて歌い
ます!」
深く頭を下げる三人。大き
な拍手がわきおこる。頭を
上げる三人。
美子「ありがとうございます――
わたしたちデビューしてすぐ、
キャンペーンでここ、京都にやっ
てきました。東京以外での最初
のキャンペーンの地が、京都で
した」
香奈「パチンコ屋さんの前とか、
スーパーの駐車場とか、レコー
ド屋さんの店先で歌いました。
そんなわたしたちが今、伝統
のある円山公園音楽堂のステー
ジに立っています」
早智「あの日を忘れたことはあ
りません。思い出の街、大好
きな街、ここ京都が最後のツ
アー出発の地です! 思い切
り歌います! 今日は最後ま
で楽しんでいってください!」
美子「いくよ! 『渚のサンシャ
イン・ボーイ』!」
イントロが始まり大歓声
が沸き起こる。
× × ×
唄い、踊る三人の姿。ずっ
と早智を見ている静真。
× × ×
ステージは無人。アンコー
ルの声が客席から鳴り響い
ている。
まずバンドメンバーが現れ、
続いてエンジェルスの三人
が現れる。客席向かって右
から美子、早智、香奈の順
で立っている。大歓声。
美子「アンコールありがとうござ
います」
深く礼をする三人。拍手が
起きる。
美子「わたしたち、ステージから
見える景色が大好きなんです――
意外とはっきり見えちゃうんだ
よ。みんなの顔」
香奈「うん。京都親衛隊のみんなー、
最後までコールリードしっかり頼
むよー!」
沸き上がる親衛隊。
美子「わたしたちエンジェルス、こ
れから解散までに三枚のシングル
を発表する予定です。明日発売の
その第一弾は、この並びを見て
お分かりのとおり、初めてサチが
シングル曲でセンターをつとめます」
深く礼をする早智。声援が飛ぶ。
早智「ファンの皆様の前で歌うのは、
今日が初めてとなります。ひとりで
詞を書きました。聴いてください
『シークレット・デート』」
バックバンドがイントロを演奏
し始める。
客席の静真、ベンチとベンチ
の間の通路に立つ。
リズムを刻みながら客席を見
渡していく早智。
静真に気づく早智。驚く。ス
テージの早智、客席通路の静
真、見つめあう。静真、微笑
んで右手を振る。動かなくな
る早智。観客に背を向ける。
涙を拭う。
早智の異変に気付いた美子と
香奈。バンドに演奏をやめる
よう指示する美子。
騒めく客席。
ステージ上で三人が寄り添っ
て話しをする。客席に目を向
ける美子と香奈。静真を認め
る。早智の頭を撫でる美子。
両手を握り振る香奈。涙を拭
いながら二人に何度も頷く早
智。
三人、ステージに向き直って。
美子「ごめんなさい。あのですね、サ
チが感極まっちゃったみたいです」
香奈「なんせセンチメンタル乙女サチ
なもんで、許してやって」
笑いと拍手がおきる。うつむい
ている早智。早智に声援が飛ぶ。
早智、顔を上げて。
早智「ありがとう。ごめんなさい。今
度はしっかり唄います。じゃあ改め
て『シークレット・デート』
拍手と歓声。バンドがイントロを
奏で始める。
唄い出すエンジェルス。
エンジェルス「♪ラブ・アット・ファー
ストサイト ふたりいっしょに
ハブ・ア・クラッシュ・オン 恋
に落ちたの 昼下がりの街中
深呼吸 ダイヤル回すの
震える指先 呼吸がはやくなる
初めてよ こんな気持ち
わたし 人見知りなのに
さあ あなたの街へ 行くのよ
ドアが開くの 待ちきれなくて
いま はだしの心で 駆けてく
弾けてしまいそう この胸
誰にも知られたくない
そうよ 二人のデートはシークレット
ときめきの街 秘密の 秘密の時間
モン・ボー・シュヴァリエ ナイトはあなた
ディ・モア・チュメーム? 手つなぎ歩くの
朝陽さす街中
肩並べ シネマを観るの
こぼれる涙 あなたに見られてる
初めてよ こんな気持ち
永遠(とわ)に忘れないこの瞬間(とき)
さあ もっと歩こうこの街
行きかう人の 流れにまかせて
ほら 小指の糸が 見えるわ
ずっとつながったまま これから
誰にも知られたくない
そうよ 二人のデートはシークレット
きらめきの街 秘密の 秘密の時間
ねえ ゆびきりしよう 約束の
発車のベル 二人を急かせてる
ねえ 出会えた場所で待ってて
強く抱きしめてね 今度は
誰にも知られたくない
そうよ 二人のデートはシークレット
たそがれの街 秘密の 秘密の時間
マイ・スウィーテスト・オンリー・ユー」
生き生きと唄う早智。間奏で静
真を見て、笑顔を見せる。静真、
微笑んで早智を見ている。
曲が終わる。後奏が鳴る中、いっ
たん客席に背を向ける三人。振
り返って最後のポーズ。早智、
マイクを口元に。通路の静真を
見て。
早智「出会えた場所で、待ってて」
微笑み頷く静真。
早智も微笑んで頷く。
曲が終わる。大歓声と拍手。
アップテンポのイントロが鳴
り始め、再び早智は客席向かっ
て左側へ。
美子「わたしたちを翔びたたせた歌!
『天使の羽音』!」
飛び跳ねる三人。熱狂する客席。
静真に大きく手を振る早智。
早智に大きく手を振る静真。
唄い始めるエンジェルス。
〇京都ホテルオークラ・全景(夜)
〇前同・宴会場(夜)
立ち飲み形式で、エンジェル
スのコンサートの打ち上げが
行われている。楽し気に飲み
食いしているバックバンドの
メンバーやスタッフ、その他
関係者たち。
マネージャーである岡崎(39)
の前に立つエンジェルスの三人。
美子「岡崎さん」
岡崎「んぅ、なんだ」
美子「ちょっと夜風に当たってきたい
んです。小一時間ほど鴨川べり、散
歩してき ていいですか」
岡崎「あぁ、散歩ぉ? なんだそれ」
香奈「三人で今日の反省会したいん
ですよ」
岡崎「んなもの部屋でできるだろう
よ」
美子「せっかく京都来たんだから、
夜の鴨川歩
いたっていいじゃないですか」
岡崎「ファンに見つかったらややこ
しいことに
なるだろうがよ」
香奈「夜だし、川っぺりだし、そ
んなに人歩いてないから大丈夫
ですよ。だいたいわたした
ちが普通に歩いてるなんて、だれ
も思いませんって」
岡崎「――しかたねぇなあ。早く帰っ
てこいよ」
美子「ありがとうございます。じゃ
あ、行こうか」
岡崎に背を向ける三人。
岡崎「ああ、早智」
早智振り返って。
早智「はい」
岡崎「今日の『シークレット・デー
ト』よかったぞ。ラストのアド
リブすっげえ決まってたわ。
あれ定番にしようや」
早智「ありがとうございます。で
も、あれは今日だけなんです」
岡崎「なんでだよ。あれよかった
ぞぉ、ほんとに」
美子「じゃ、ちょっと行ってき
まーす」
岡崎に背を向ける三人。
岡崎「なあ早智。定番にしようや、
あれ」
振り向かず宴会場を出ていく三人。
〇前同・宴会場を出たところの廊下
かたまっている三人。
早智「やっぱり、ついてくるの」
美子「――うん、残念ながら」
頷く香奈。
香奈「今日の早智、一人にしたら最後
まで突っ走る」
早智「そんな、会うだけだよ」
美子「ここの門限は十二時。それま
でに戻ってこれる自信ある?」
早智「あるよ、そんなの」
香奈「もしも高倉君が『部屋に来て
ほしい』って言ったら?」
ハッとなり、うつむく早智。
美子「そんなことになったら大騒
ぎになる。マスコミだってかぎ
つける。でしょ?」
美子、早智の頬に手をやる。
美子「解散まで待てなんて言って
ない。ただあんまり急だって言っ
てるだけ」
香奈「うん。もうちょっとだけが
まんしよ、早智。けど、ほんと
にいるかな彼?」
早智「いる。絶対いる」
強く頷く早智。
〇御池通り(夜)
歩道に立っている三人。香奈
が手を大きく振っている。タ
クシーが停車する。
〇タクシー車内(夜)
美子、早智、香奈の順で後部
座席に乗り込む三人。
早智、運転手の西島(27)
に告げる。
早智「西大路三条の三条会館まで
お願いします」
西島「三条会館って、パチンコ屋の?」
早智「そうです」
西島「――はあ」
発車させる西島。
早智の手を握る美子と香奈。二
人の手を握り返す早智。
× × ×
御池通りを走り続けるタクシー。
西島、バックミラーを直すふ
りをして三人をちらちらと見る。
西島「あの~」
香奈「はい?」
西島「そんなことないって、思うんや
けど。もしかして、もしかしてエ
ンジェルスの三人とかっていうこ
と、ないですよね?」
三人、顔を見かわして。クス
クス笑い。
美子「ミコでーす」
香奈「カナでーす」
早智「サチでーす」
美子「三人そろって」
三人「エンジェルスでーす」
西島「えぇぇ~~っ、なんで~~っ!?
うっそぉ~~っ!?」
三人、笑う。
西島「俺、俺、ファンなんっすよぉ!
レコード全部持ってます! 今日、
円山公園でコンサートやったんっ
すよね!? めっちゃ行きたかっ
たんやけど、出番やし……てか、
なんでぇ!? えぇっ、信じら
れへん!」
美子、運転手席後部に下げ
られた名札を見て。
美子「西島正幸さん。あなたは今夜
カボチャの 馬車の御者です。
光栄に思ってくださいね」
西島「えっ、えっ、なんすかそれ!?」
香奈「ねえ西島さん。今日わたし
たちがあなたのタクシーに乗った
こと、誰にも言わないって約束で
きる?」
西島「しますっ! 絶対約束しま
すっ!」
香奈「えー、ほんとかなあ。西島
さんなんか口軽そう」
西島「俺、ほんまに誰にも言いま
せん! 言い
ませんよ!――あの、カナさん、
俺、口軽そうに見えるっすか……」
香奈「ふふっ。ごめんね西島さん。
信じるよあなたのこと。あとで
住所教えて。もしずっと黙って
てくれたらね、スタッフに頼ん
で解散コンサートのチケット贈っ
てあげる。アリーナ最前列のやつ」
西島「まっ、まま、マジっすかぁぁっ!?」
香奈「届くのは来年になるかな。お仕
事忙しそうだけど、大丈夫?」
西島「先だから大丈夫です! 会社に頼
んで、その日は絶対休みにします!」
香奈「横浜まで絶対来てよぉ、西島さん」
西島「はいっ! 絶対行きます! 俺、
ホントに誰にも言いませんから!――
ふぉぉっ、俺いま、エンジェルス乗せ
てるぅ~~っ!」
御池通りを疾走していくタクシー。
〇西大路三条・〈三条会館〉駐車場(夜)
駐車場に立っている静真。
西大路通りを南からタクシーが
やってくる。駐輪場の前で止まる。
後部ドアが開き、降り立つ香奈、
早智、美子。美子精算時西島に。
美子「じゃあ西島さん、一時間後に、
またここにお願いしますね」
西島「はいっ!」
西大路通りを北上して去って
いく西島のタクシー。
静真と早智、向かい合う。
早智「分かってくれたんだ、本気で
言ってるって」
静真「そりゃ、分かるよ」
香奈「いたんだねえ、ほんとに」
美子「お邪魔虫ごめんね、高倉さん。
ほんとは早智ひとりでここに来さ
せてあげたかったんだけどね」
香奈「ま、お目付け役ってことで。
あー、覚えてる覚えてる、ここ。
懐かしいー」
早智と静真、見つめあい続ける。
〇三条坊町児童公園・入口(夜)
公園の銘板が映る。
〇前同・内(夜)
三条会館から歩いてすぐの児
童公園。ベンチに座っている
静真と早智。少し離れた場所
にあるブランコに乗っている
美子と香奈。
静真「この匂いがアラン・ドロン?」
早智「え? あ、うん。ホテル戻っ
てシャワー浴びてからまたつけて
きた。いつもずっとつけてる。高
倉君からもらったのはなくなっちゃっ
たけど、ボトルは大事に残してる
んだ」
静真「そうなんだ」
早智「あのさ、ごめんね高倉君」
静真「え、なにが」
早智「前に歌番組でさ、男の人とデー
トしたことないなんて、言っちゃっ
たことあるんだ」
静真「ああ、それ見てた」
早智「やっぱり見てたんだ。あんな
のって、台本があってね、受け答
え最初から決まってるの。でもわ
たしすごく嫌で――高倉君テレビ
見てたら絶対怒ってるって。ずっ
と気になってて」
早智の横顔をじっと見る静真。
うつむく。
早智「高倉君?」
静真、うつむいたまま。
静真「そんなん、ずっと、気にして
たんか?」
早智「そうだよ、ずっと気になって
た。怒ってる? 高倉くん」
静真「――なに言うてんのや。そん
なん言うたら、俺、俺なんて……
俺、年上の、女の人とな……」
早智「年上の女のひとと?」
うなずく静真。
静真「……あんなん、あんなんただ
のアイドルの気まぐれやなんて途
中から思ってて……」
早智「気まぐれだったら、わたし今
ここにいないよ」
何度もうなずく静真。
静真「ラジオも聴いたんや。あの、
アラン・ドロンさんへ、ってやつ」
早智「あれかぁ。へへへ、あれもホ
ントは台本。美子と香奈が作って
くれて持っていったんだ。DJの
人はホントのアラン・ドロンに言っ
てるって思ってたけどね。オンエ
ア前にさ、こっちの小指がピクピ
クしたの。だから、なんか絶対、
高倉君、聴いてくれてるって思っ
てた」
静真の目から涙が落ちる。
静真「聴いてたよ、聴いてた」
早智「――その女の人とは今でも?」
首を横に振る静真。
早智「よかった。でも高倉君、自分
のこと、『俺』って言うようになっ
たんだね。なんかかっこいい」
顔を上げ早智を見る静真。微
笑んでいる早智。
早智「男の子だもんね。そういうこ
ともあるって、思ってたよ」
静真「吉沢さん――」
早智「今、高倉君わたしの目の前に
いる。それが、あの日から今日ま
での答え。それでいいんだよ――
でも、会うのちょっとフライング
だね。エンジェルスのサチじゃな
くなる前に会っちゃった」
静真「うん」
早智「ずっと会いたかった。ずっと、
ずっと」
静真「うん」
早智、ブランコの美子と香奈
を見て。
早智「ねぇー、ちょっとだけ向こう
向いててー」
美子「えー、見てない間に二人でど
こか行こうとかしてない?」
香奈「ダメ。見てる」
早智「行かない。どこにも行かない。
二人の事裏切ったり絶対しない!
だからお願い、ちょっとだけ」
美子「あーあ、仕方ないなあ」
香奈「まあ、こうなることは分かっ
てましたけどね」
反対側を向いてブランコに乗
る二人。
早智「なによ、バージンなのわたし
だけなんだから、ちょっとくらい
いいじゃない」
静真「そうなんか」
早智「ふふふ。美子は社長の長男で
販促係長の友行さんと、香奈はバッ
クバンドのベースのテッちゃんと
つきあってる。――絶対誰にもしゃ
べっちゃだめだよ、これ」
静真「分かってるよ、そんなん」
早智「美子と香奈だったから続けら
れた。解散してもずっと連絡取り
合おう、いっしょに旅行とか行こ
うって言ってるんだ」
静真「仲ええんやな、ほんまに」
早智「うん。三人そろってエンジェ
ルスだもん。それは永遠」
静真「どうするん、横浜スタジア
ム終わったら?」
早智「うん。とりあえず半年ほど
休む。それからは三十歳くらい
までは芸能界にいて歌のお仕事
してもいいかなって思ってるん
だけど、でも――」
静真「でも?」
早智「両親にもだいぶお金遺せた
からさ。焼き鳥屋の奥さんにな
るのも悪くないかなって思った
りもしてる」
静真「え――」
早智「解散したら何回も京都来る。
マスコミに見つかったっていい。
そのときはエンジェルスのサチ
じゃないんだもん」
静真「うん」
早智「ずっとがまんしてきたんだ
よ、わたし」
静真「うん」
早智「年上の女の人に取られるの
なんていやだ」
静真「うん、ごめん」
早智「そうだよ。わたしはずっと
高倉君一筋だったのに。会えな
くても一筋だったのに。ひどい
よ高倉君」
静真「うん、ほんまにごめん」
早智「ねえ、名前で呼んで」
静真「――早智」
早智「静真」
二人、顔を寄せキスをする。
唇を離し。
早智「あの日はほっぺただったね」
静真「うん」
早智「ほんとに、ほんとにわたし
今のがファーストキスなんだよ」
静真「うん」
早智「言ってくれないの?」
静真「え?」
早智「『俺の部屋に来い』って」
静真「――それは、今は言えない」
早智、静真をじっと見つめ
て。微笑み頷く。
早智「高倉君、全然変わってない
ね。あのね、十二月にもう一回
京都での公演があるの。場所は
京都府立体育館」
静真「府立体育館か、すごいなあ」
早智「ねえ、連絡するから、その
日の夜は同じホテルにお部屋取って」
静真「――うん、分かった」
早智「絶対だよ。がまんできない夜は、
じぶんで慰めてきたんだよ。静真
のこと思って」
静真「うん」
早智「分かってんの、ほんとに」
静真「うん」
早智「『うん』ばっかり」
静真「うん」
早智「あははっ」
二人、また唇を合わせる。
激しく口づけ合う。
美子「おーい、まだかぁ、長いぞぉ」
香奈「いいならいいって言ってくれー」
二人の声が聞こえないかのように、
静真と早智、抱き合い、むさぼる
ように互いの唇を求めあい続ける。
〇物語冒頭に戻って・〈バラック〉二階、
静真の住んでいた部屋
次郎「早智ちゃん来たときはこの部屋
に泊まってたんやで」
浄悠「この部屋に」
次郎「うん。最初のとき静真、そら照れ
くさそうに言うてきてなあ。あの顔忘
れへんなあ」
浄悠、二人の写真を見て。
浄悠「このお写真はそのときに?」
次郎「ああ、わしが撮ったもんや」
浄悠「そうですか」
浄悠、壁のポスターを見やって。
浄悠「けど、ほんまに色あせてないん
やなあ」
次郎「浄雲から聞いたか」
浄悠「はい。一回も貼り替えてない
んでしょ、これ」
次郎「ああ、静真が当時に貼ったまま
や。昨日貼ったみたいやろ――――
何回くらい来たかなあ早智ちゃん。
いっつもおんなじ運転手のタクシー、
店の前 に横付けさせてな。あの若
い運転手は二人の事知ってた」
●インサート
〈バラック〉の前に立っている
静真。その前にタクシーが停ま
る。降車し、後部座席のドア
を開ける西島。早智が降りる。
見つめあう静真と早智を微笑
んで見ている西島。
浄悠「盛大なご葬儀やったようですね。
それもこの前動画で観ました」
何度もうなずく次郎。
次郎「なあボン。静真の骨、世話に
なるときな、隣のお守りも静真の
骨壺に入れてええか。中はおんな
じ、人の骨やよって」
浄悠「骨――あの、それって」
次郎「うん。早智ちゃんのお骨や。
葬式の時、ご両親に頼んで一カ
ケ貰うたそうや。それからそな
いしてお守り袋に入れて、斃れ
る日まで首から提げてたんや」
浄悠「そうですか。はい、分かり
ました」
次郎「うん、おおきに。けどそれ
ももうちょっと先の話や。まだ
しばらくはこの二人、このまま
にしといてやりたいんや」
浄悠「そしたら佐村さんも元気
でおられませんとね」
次郎「うん。二人のところに行
くのはまだまだ早いわい」
浄悠「僕、今晩もエンジェルス観
ますわ。円山公園音楽堂のコン
サートも収録されてますねん。
まだ観てへんから、今日はあ
れ観よ」
次郎「そうか。それ、静真が観
に行ったやつや。ボンみたい
な若い子に観てもろうて早智
ちゃんも喜んでるやろ」
琴絵「静真ちゃんは妬いてるか
もね」
笑う三人。次郎の骨壺と
早智のお守り袋、〈アラ
ン・ドロン〉の香水に目をやる。
浄悠「親父から聞きました。減って
いくんでしょ、この香水も」
次郎「うん、そうなんや」
浄悠「揮発してるっていうわけでは?」
次郎「にしては勢いが速すぎる。あ
いつが死んでから、何本買うたか
分からん」
琴絵「なくなりかけたら、うちが買
いにいくんよ」
浄悠「そうですか」
微笑む写真の静真と早智を見
つめる次郎、琴絵、浄悠。
〇京福電鉄・四条大宮駅前
スマホを弄って人待ちしている
マスクをした大学生の結衣(19)。
同じく大学生翔太(19)がやって
くる。
結衣「翔太おっそーい。待たせるとか信じ
られないんですけどー」
翔太「うっせーつの」
二人、手をつないで駅構内に入る。
〇京福電鉄・車両の中
走っている京福電車。手を繋いで
席に座っている結衣と翔太。乗車
しているのは老婆がひとり。
結衣「かわいいよねこの電車。通称嵐電っ
て言うんだよ。名前はけっこういかつい
けど、でもめっちゃかわいい」 」
翔太「なんでもかわいいって言うよな結
衣は」
結衣「そんなことないよ。わたしかわい
いものしか、かわいいって言わないか
らさ。あー、人生初の嵐山だー。楽し
みー」
× × ×
〇西大路通り・歩道
手を繋いで歩く静真と早智の後ろ姿。
〇京福電鉄・西大路三条駅
停車する車両。ドアが開く。乗客は
いない。発車する電車。
〇前同・車両内
結衣「あれ?」
翔太「なに、どした?」
結衣「いい匂いする」
翔太「え?」
結衣、マスクを少しはずして。
結衣「うん、やっぱりする」
翔太もマスクを少し外して。
翔太「あ、ほんとだ。鼻いいな結衣。」
結衣「これってさ、アラン・ドロンっ
て香水の匂いだよ」
翔太「は? なにそれ」
結衣「一番上のお姉ちゃんがつけてた
香水なの。だから知ってる」
翔太「ふーん。アラ――なんつった」
結衣「アラン・ドロン。むかしの外国
の俳優の名前なんだって」
翔太「へーえ」
結衣「でも、急になんでだろ。不思議
だよね」
翔太「あのおばあさんがつけてると
か?」
老婆を見る翔太。
結衣「ありえないでしょ、それ」
笑う二人。その向かいの席に
手を繋いで十九歳の静真と早
智が座っている。
車両が三条坊町児童公園の前
にさしかかる。指をさす早智。
笑う静真。
身を寄せ楽しそうに話を続け
ている翔太と結衣。
身を寄せ楽しそうに話を続け
る静真と早智。
嵐山行きの京福電鉄の一両電車が路面を走り続けていく。
(了)
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