やっぱり皮がスキ 8

M③

 男は目をキラキラさせて、ディスプレイされた玩具のクルマを見詰めている。でも、その視線の先にあるモノは、わたしが知ってるガンガルとなんか違うなぁ。
「ねぇ、ガンガルってこんなのだっけ?」
 男はクルマを見詰める視線を外すことなく答えた。
「これはスピードスターと云って、ガンガルに登場するモビルフォースをレーシングカーにリモデルしたモノなんだよ。白いのが新型ガンガルで、左の青いのがジョア専用ズク。カッコイイなぁ」
「そ、そうなんだ・・・」
 モビルフォース? リモデル? ズク? もはや何語を喋っているのか判らない。
 秒で飽きたわたしは、周囲を見廻してみる。全体的に中学生くらいの子供が多い。2、30代の男もいるけど、それ以上のおじ様方は、子供を連れて来た保護者っぽい。チラホラ見える女の人もお母さんかお祖母ちゃんって感じだ。
 わたしくらいの女性は一人もいない。なんとなく浮いてる気がするなぁ、と思ったところでようやく男が移動を始めた。
 移動した先にはプラレールみたいなコースがある。プラレールにしては相当巨大だけど。
 もしかして、さっきのクルマがここを走るの?
 と思った矢先、近くにいた子供たちが玩具のクルマをコースに持ってきて走らせ始めた。
「うわっ、早い!」
 思わず口を吐いた言葉に、隣の男が反応する。
「な、凄いだろ!」
 まるで自分の手柄のようだ。ま、気持ちは判らなくはない。自分の好きなモノを褒めてもらうと嬉しくなっちゃうもんね。
 しばらく子供たちのレースを見物してから、また別のコーナーへ向かった。
 最初に見たようなクルマが描かれた箱が山積みになっていて、子供たちが手に取り吟味している。プラモデルみたいなものだろうか。
 隣の男はそこを素通りして、その先にあるコーナーを物色し始めた。塗料や工具、あとは何だかよく判らないチマチマしたパーツのようなものが、カジュアルなピアス売場のように鈴生りになっている。
 これって、さっきのクルマの部品なのかしら。ホイールのような形や、ボディのような形のモノもある。それ以外は、何が何やら判らないけれど。
 他の場所に比べて、このコーナーは人口密度が圧倒的に高い。うじゃうじゃしている小中学生を掻き分けるようにして、男はパーツを物色しながら奥へ奥へと潜り込んでいった。
 さすがに付いていけないわと、男が戻ってくるのを通路で待つことにした。
 どうなんだろうなぁ。いくら好きなことでも、初対面の女子を放っぽいて一人で没頭しちゃうって。男の性格に難アリなのか、それとも、わたしの魅力がガンガルに負けているってことなのか。
 そのとき、人混みの中から騒がしい声が聞えた。
「離せ、これはオレのだ!」
「嫌だ、僕が先に見付けたんだ!」
 一人は子供の声だけど、もう一人は聞き覚えのある大人の声。嫌な予感がして、うじゃうじゃ蠢く子供たちを掻き分けた。
「いいから、よこせ。子供にはまだ早い!」
「嫌だ、これは僕のだ!」
 掻き分けていった先では、大人と子供が小さな袋を取り合っていた。
 あちゃ~。やっぱりだ。
「ちょっと、やめたら。子供相手にみっともないよ」
「ダメだ。オレはこれを探しに来たんだから」
 男の袖を引っ張って静止を試みたが、全く聞く耳を持たない。
 やっぱりハズレだ。好きな事に没頭するのは悪い事じゃないけど、子供相手にこんなにムキになっちゃうとは、事あるごとに周りが見えなくなっちゃうタイプだ。こんなヤツとは絶対に付き合えない。
 一瞬アタリかなと思ってしまった自分を呪う。わたしって、どうしてこうも男運が無いのだろう? やっぱりご先祖様の祟りかしら。そうだわ、そうに違いないわ。
 気が付くとわたしたちの周りには、騒ぎを遠巻きにした子供たちの人垣ができていた。いやだ、わたしまで騒ぎの一員になっちゃってるじゃない。
 逃げ出そうと思ったその時、子供たちの人垣を掻き分けて、背の高い男の人がこっちにやってきた。
 外人だ。しかもイケメン!
 と思った矢先、パーツを取り合っている男の腕を捻り上げ、英語で何か云った。多分、英語だと思う。根拠は無いけど。
「イテテテ・・・」
 腕を捩じられた男がパーツから手を放した。
「何すんだよ、これはオレが先に・・・」
 男は外人に文句を云いかけたが、逆に凄まれてビビったようだ。
 やっぱ、しょうもないヤツだった。早く分かって良かったと云えば良かったけど、これでまた、夏休みのヒマ潰し相手探しは振り出しに戻ったか。
 取り合いをしていた小学生は、外国人を見上げてキョトンとしている。何が起こったのか分かっていない様子。
 あれ? あの子、どこかで見たことがあるような・・・。
「ハヤトくん?」
 安田歯医医院に通ってる子だ。多分。
 わたしの呼び掛けに反応してこっちを見た。やっぱりそうだ。
「ハヤトくんだよね? どうしたの、こんなところで?」
 屈み込んで視線を合わせても、ハヤトくんはポカンとしたままだ。
 あれ、わたしのこと判らない? そうか、いつもマスクしてるからか。
「わたし、ほら、安田歯科の」
 といって、眼から下を手で隠してみせた。
「あっ、歯医者のおねえさん」
「そう。歯医者のおねえさん。どうしたの? お父さんかお母さんは?」
「いない」
 そう答えたハヤトくんは、心なしか気まずそうに見えた。
「いないって、迷子?」
「ううん。今日は、一人で来た」
「えぇっ、一人って、土居から?」
「うん」
「どうやって?」
「・・・電車」
 答え難そうにボソリと云う。
「一人で電車に乗ってきたの? 松山まで?」
「うん」
 普通、小学生が一人で松山まで来ないだろ。わたしなんて高校生になってからだったもんな。それも友達と一緒だったし。
「もしかして、このイベントのために来たの?」
「そう。ここでしか買えないパーツがあるから」
 手にはしっかりとパーツの入った袋が握られている。土居の小学生を一人で松山まで来させるとは、やっぱガンガル凄ぇな。
 そのとき、わたしの隣に外国人が屈み込んで、ハヤトくんになにか話しかけた。
「**********************・・・」
 なんて云っているか全く判らない。ハヤトくんもポカンとしている。外国人は何かを思い出したように、胸ポケットから携帯ゲーム機のようなモノを取り出してもう一度喋った。
 多分英語で何か云った後に、ゲーム機が喋った。
「すみません、装置を少し見せていただけませんか?」
 少年とわたしは顔を見合わせた。彼の云いたいことはわかったけれど、見た目の雰囲気と低姿勢な話し言葉のギャップに虚を突かれた。
 でもそれは一瞬のことで、ハヤトくんは持っていたパーツを外国人に差し出した。
 なんてことは無いギアのようにしか見えない。こんなものに、大の大人と子供が大騒ぎして取り合うほどの価値があるの?
 外国人はそれを手に取ると、食い入るように観察していたが、落胆したような表情を浮かべた。パーツをハヤトくんに返しながらまた何か喋った。
「ありがとうございました。残念ながら、わたしが探している装置とは異なっているようです」
 またゲーム機が喋った。あれって翻訳機なんだ。実物初めて見た。
「お兄さんも、スピードスターやってるの?」
 ハヤトくんが尋ねると、それも英語に翻訳された。多分、英語だと思う。
「わたしに兄弟はいませんが、わたしが担当しているのは、早い星ではなく、真のマシーンです」
 翻訳機の精度がイマイチなんだろうな。テレビで見た翻訳機はもっとちゃんとした日本語喋ってたけどな。でも大体の意味は分かる。玩具じゃなくって、本物のレーシングカーを扱っているってことか。
 そのとき、一緒に映画を観るハズだった男が割り込んできた。まだいたのかコイツ。
「ねえ、そろそろ映画行かないと、始まっちゃうから」
 わたしはジロリと睨みつけた。
「悪いけど、あなたとは行けないわ。子供相手にあんなにムキになるなんて」
「いや、でも、せっかくこうして会えたワケだし・・・」
「ごめんなさい。一人で観に行って。この子、わたしの知り合いなの。家も近所だし、連れて帰ってあげなくちゃいけないから」
 歪んだ顔を見せてはいたが、男はそれ以上食い下がってはこなかった。しょんぼりとした背中が、子供たちの群れの中に紛れていった。

『やっぱり皮がスキ 9』へつづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?