やっぱり皮がスキ 31

J⑪

 ハヤトの伯父さんは、サトウ・ケイイチと名乗った。瘦せていてメガネを掛けて色白で40歳くらいだろうか。風刺画から飛び出して来たかのような、典型的なザ・ジャパニーズという出で立ちだが、イングリッシュが話せるというのでネガティブな印象は一気に吹き飛んだ。日本に来てからイングリッシュが話せる人に出会ったのは、空港のインフォメーションと、ガンガルピットのパートタイマー以来だ。
「実はロボット工学の研究者で、ドクター・ミラーという方を探しているのです。15年ほど前に合衆国で自立二足歩行式兵器の開発に携わった日本人ということしか判らないのですが」
「自立二足歩行式兵器の開発? ドクター・ミラー?」
 イントネーションは独特だが、充分に会話が成り立つ。ありがたい。
「はい。当初の計画では全長50フィートの人型兵器になる予定でしたが、様々な問題からプロジェクトが瓦解していくなか、最後の1人となってプロジェクトをやり遂げたと聞いています」
 ケイイチは何かに気付いた、あるいは、想い出したかのように答えた。
「もしかして、結果的に下半身だけの二足歩行ロボットになったのでは?」
 えっ、知ってるの? 軍事機密の筈だけど。
「その通りですが、どうしてそのことを?」
「その人なら、恐らくわたしのよく知っている人です。というか、わたしの先生です。間違いないでしょう」
 マジかっ! そんな偶然ある⁉
「本当ですか? その人は、いまどこに?」
「いまはサンフランシスコのIT企業で、電動車椅子の開発をやっているはずです」
「えっ、合衆国にいるの⁉」
 わざわざ日本くんだりまでやって来たというのに、何やってんだオレは?
「はい。2、3日前にもメールのやりとりをしましたから、間違いないですね。でも、なぜ今頃になって15年も前の関係者を探しているのですか?」
 そう来るよな。でも、核心に限りなく近づいている。下手な小細工をしてこの糸口を失う訳にはいかない。
「わたしが所属するフォートステュワート陸軍駐屯地の周年行事として兵器パレードが行われるのですが、そこにそいつを参加させろという上からの指示がありまして、格納庫に眠っていたのを引っ張り出してきました。動かそうとしたのですが、メインジャイロが壊れていて動かせないのです。そのジャイロというのがかなり特殊なモノのようでして、米国内では調達できないのです」
「それで、開発した当人を探し出して修理させようと?」
「はい」
 どうやら理解はしてくれたようだが、やや難しい表情をしながら続けた。
「どうかなぁ。詳しいことは聞いていませんが、あのプロジェクトについては鏡さんも懲り懲りだと云っていたから素直に協力してくれるかどうか・・・。あ、鏡さんというのがその人の名前です。日本語で鏡はミラーを意味しますから、ミラーと名乗ったのでしょうね。ちなみにアメリカに行く前はうちの大学で準教授をしていました」
 そうかぁ、印象良くないのかぁ。でも、居場所が判ったなら探し出して説得するしかない。
「そうですか。でも、お願いするしかありません。どうしてもやり遂げなければいけませんから」
「それはそれは・・・。ちなみにですが、わたしが所属するシキシマ研究室もロボットの研究をしていまして、ジャイロセンサーもかなりいろいろなモノを扱っているのですが、どんなジャイロが必要なんですか?」
「一応、仕様書も持って来てはいますけど、ちょっとここで開くワケには・・・」
「機密情報ですね。判りました。じゃあ、後でわたしの研究室に行きましょうか。もしかしたら必要なジャイロを用意できるかもしれません」
 マジか! これまでの絶望的な状況からウソみたいなトントン拍子だ。
「本当ですか⁉ 是非、お願いします」

 彼の所属するユニバーシティは、サマーバケイション中だというのにかなり多くの学生が敷地内で蠢いている。日本人は勤勉だというから、学生も旅行にも行かず勉強ばかりしているのかもしれない。そんな国に生まれなくて良かった。
 広い敷地に真新しい校舎が点在している中、案内された建物はひときわ古ぼけていた。築50年くらい経っているのではないだろうか。中に入ると階段で3階まで上がり、廊下ですれ違った若い男にケイイチは何か話しかけた。高性能翻訳機はディパックにしまってあるので何を話しているかは判らない。少しのやりとりの後、若い男は何か云いながらオレに小さくお辞儀をして、廊下の両側に並ぶ部屋の一つに入っていった。
「彼はうちの学生で、数日前に機械音声で『博士の鏡』とか話す変な電話を受けたと云っていたから、この人が犯人だと伝えたのです」
 あのときの彼か。彼には申し訳ないことをした。
「さあ、こちらへどうぞ」
 案内された部屋は、様々な機械や部品があちこちに雑然と置かれている散らかった部屋だった。その一画にあるテーブルに招かれた。
 すぐ傍の壁には、パールレッドの自転車のフレームを折りたたんだようなモノが寄りかかっている。
「これはアルケルといって、事故や病気による障害で歩けなくなった人の自立二足歩行をサポートする補助器具です。福祉機器メーカーと共同開発して、もう2万台くらいは売れているんですよ」
 ケイイチはフレームのようなモノを自分の足腰に当てがいながら説明した。
「というと、車椅子だった人がこれを着けると自力で歩けると?」
「はい。でもまだ国の認可が下りていなくて一般道では使えないんです。いまはリハビリ用として病院や介護施設内での利用が中心ですが、認可が下りて介護保険の対象に加えられれば、一般にも普及していくと思うのですけど」
「へぇ、凄いですね。ロボットの研究というから、もっと武骨なモノをイメージしていました」
「よく云われます。でも、いまジェフさんが関わっている下半身ロボットの重心を保持する技術には、このアルケルの技術が応用されているんですよ」
 それは心強い。しかし、こんなフレームみたいなモノからあの巨大な下半身が出来上がるとは、ちょっと想像できない。
「じゃあ、コレを見てもらえますか?」
 デイパックからボーディング・ロイドの仕様書を取り出し、差し出す前に念を押した。
「一応、軍事機密ですので本来は米陸軍との機密保持契約を結んでいただかなければなりません。しかし時間がありませんので、他言は厳禁でお願いします。こちらからの頼みなのに、こんなことを云うのはたいへん申し訳ないのですが」
 図々しい申し出にも関わらず、ケイイチは涼しい顔で了承した。
「判っています。わたしも鏡さんが作り上げた自立二足歩行ロボットを、一度見てみたいと思っていましたから、このことはわたしの胸の内に留め置きます」
『SECRET』と赤印された冊子をケイイチに差し出した。彼は丹念にページを捲りながら、なにやら日本語で呟いている。しばらくすると視線を上げて英語で話した。
「たしかにガンガルっぽいシェイプの下半身ですね。で、問題のジャイロはどのパーツですか?」
 仕様書を受け取ってメインジャイロのページを開き「これです」と指さした。再び仕様書を受け取ったケイイチはその部分を凝視して呟いた。
「リングレーザーですか。リングレーザーをこの大きさに作るのは簡単ではないですね」
 続けて、意外なことを云った。
「ちなみにですけど、これってどのくらいの速さで走るのですか?」
「走る? 走るなんてとんでもない、時速十二~十三マイルで歩ければ充分です」
「13マイルというと、時速20キロか。それならリングレーザーは過剰ですね。普通の振動式で十分ですよ。カガミさんはこれを100マイル以上のスピードで走らせるつもりだったのかなぁ」
「100マイルなんてとんでもない! そんなモノ恐ろしすぎて乗りたくありません。でも、ということは、代わりのジャイロを入手することが・・・?」
「可能です。使っていないジャイロは沢山ありますから、出力信号をこの仕様に合わせるだけなので、すぐに用意できますよ」
「本当ですか!」
 興奮するオレに対して、ケイイチは至って冷静に答えた。
「本当です。すぐに作業しますから、二時間ほど待っていてもらえますか?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 マジか? そんな簡単なことなのか、それともケイイチだから簡単なのか。あのマシンを創り上げたドクター・カガミの後継者だというのだから、相当な技術者であることは間違いないのだろうが。
 ともかく、良かった。これでアメリカに帰れるかもしれない。

 1時間45分後にケイイチは3個のジャイロセンサーを仕上げてみせた。1インチ四方の小さなプリント基板のようなモノだった。
「お待たせしました。予備も含めて3つ用意しました」
 待っている間、アルケルとかいう歩行補助装置のテストをさせてもらっていたオレは、ケイイチの声に慌てて装置を取り外した。ケイイチは仕様書を指さしながら説明する。
「このギア型のケースの中身をこれと入れ替えて、配線をここに接続すれば重心維持ができるハズです」
 おぉ、簡単だ。これで懲罰部隊行きが免れる。
「ありがとうございます。それで、お支払いはどうすれば? 振込先を教えていただければ、すぐに振り込みますが」
 オレの申し出にもケイイチは手を振って断った。
「いいですよ。ハヤトがお世話になったお礼です。それに本当にこれで動くかどうかは、実際に装着してみないと判りませんから。多分大丈夫だと思いますけど」
「いや、でも、それでは申し訳ない・・・」
「なんだか日本人みたいなことを云いますね。でも、わたし自身も嬉しいんです。カガミさんが創り上げた実物大ガンガルの詳細を知ることが出来ましたから。確かにここには、アルケルで磨き上げた要素技術が活かされています。そのことをちょっと誇らしくも思います」
 そう云ったケイイチの表情から満足感が伺えた。
「本当にタダで貰ってもいいんですか?」
「はい、持って行ってください。ただ、可能であれば、歩いている映像だけでも見てみたいですけどね」
「それは大丈夫だと思います。メディアにも公開されるはずですから。もし公開されなくても、わたしがこっそり動画にとってお送りします」
「軍事機密漏洩とかで裁かれないようにしてくださいね」
 
 すぐにサミーに電話をかけ、センサーが入手できたことと、明日には日本を発って持ち帰ることを告げた。サミーは大いに喜んでくれるだろうと予想していたのだが、オレが興奮し過ぎたせいか、思いのほか冷静な反応に拍子抜けた。というか、ムカついた。ちょっとくらいオレの頑張りを褒めてくれても良いじゃないか!
 気を取り直してケイイチの家に帰る途中、思い付いてもう一つ頼みごとをした。
「デイリーランドのチケットって、どうすれば入手できるのでしょう?」

『やっぱり皮がスキ 32』につづく

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