やっぱり皮がスキ 11

M④

 そうか。泊まるところがないのか。
 ハヤトくんを助けてくれたんだし、悪い人じゃないのは間違いない。おじいちゃん家なら部屋も余ってるし、大丈夫だよね。お腹も空いてそうだけど、うちに来れば食料だけは沢山あるし。
 それに、イケメンだし歯並びもキレイだし。
「じゃあ、今夜はうちに泊まりますか? ちょっと遠いですけど」
 あれ? 喜んでくれるかと思ったのに、なんだか困った顔してる。人の家に泊まるのとか苦手なのかな。まぁ判らないではないけど、お金ないんだったらしょうがないじゃない。
「あなたのお住いのというのは、ううん、あなた様はお一人ですか?」
 えっと、要するに、わたしが一人暮らしかどうかを聞いているのかしら。
「違います。家族と同居です。両親と、隣の家にはおじいちゃんも住んでます」
「それは良かった。そして、どうぞ、本日夜お願いします」
 男はホッとした顔をした。わたしと二人っきりになるのは困るってことかしら。それはわたしだって困るけど、ちょっと腹立つ。
「じゃあ、お兄さんと一緒に帰れるの?」
 わたしの複雑な心境を余所に、ハヤトくんは嬉しそうだ。助けてもらったからか、この人のことよっぽど気に入ったのね。
「そうよ。じゃあ、行きましょう。小さいクルマだから、ちょっと窮屈かもしれませんけど」
「ノープロブレム」と彼は答えた。多分。

 助手席を一番後ろまで下げても尚、足を曲げ少し屈んだ姿勢を取らなければならなかった。190cmくらいあるのかな。やっぱり窮屈そうだ。
「ごめんなさい。しばらくの間、我慢してください」
「大丈夫、大丈夫・・・」
 あんまり大丈夫じゃ無さそうな体勢だけど、翻訳間違ってないわよね?
 松山自動車道に向かって市街地を南に走る。やっぱり県庁所在地だな。走っても走っても建物が途絶えない。
 助手席のアメリカ人は景色を眺めているようでいて、眼の焦点は定まってはいないように見えた。考え事をしているのかもしれない。そりゃそうよね。異国の地で突然無一文になるなんて、わたしだったらパニクっちゃって、こんな風に落ち着いて考え事さえ出来ないわ。物思いに耽る横顔もカッコいい。
 ハヤトくんも後部座席で大人しくなっているから寝ているのかと思ったら、バックミラーに時折映る顔はパッチリと目を開いている。
「ハヤトくん、おうちに着くの4時頃になるけど大丈夫?」
「うん」
「でも、よく一人で松山まで行けたねぇ? 大丈夫だったの?」
「うん」
「凄いなぁ。わたしなんか、高校生になっても一人じゃ行けなかったわよ」
「そう」
 なんだよ。こっちは気ぃ使って沈黙破ってんのに、全部二文字で返しやがって。ったく、子供だからしょうがないけど。
 そういえば、大事なことを忘れていた。隣の外国人に話しかける。
「ねえ」
 彼はピクっと反応し、慌てて翻訳機を取り出した。
「名前は何て云うの? わたしはマドカで、後ろの子はハヤト。あなたは?」
「それで終了です。まだ自己紹介をしておりません。わたくしは、ジェファーソン・ジェンキンス・ジュニアです」
 なげぇ!
「ジェ、ジェファーソン、ジェンキン・・・?」
「わたしをジェフと呼んでください」
「オッケー、ジェフね?」
「はい。マドカさんとハヤトさん」
『イエス、マドカ アンド ハヤト』くらいはさすがに判るっつうの。でもやっぱ、この翻訳機はちょっと変だわ。
 決して英語は得意ではないけれど、義務教育は受けている。今度は英語で聞いてみる。
「ハウ オールド アー ユー」
「How old are you?」
 完全な日本語英語を、翻訳機がきれいな発音に翻訳しやがった。渾身の英会話だったのに。
「わたしは、31歳です」
 うわっ、ドンピシャ!
 これで独身だったらなぁ。でも、さすがにそこまで聞くのはちょっとなぁ。気があるかと思われちゃうかもだし。
 すると、ジェフが続けてごにょごにょと喋った後に、翻訳機が聞いてきた。
「あなた様は何歳ですか?」
「わ、わたしは、27です」
 慌てて答えると、ジェフは後部座席を向いていた。
 顔が熱くなる。子供に向かって『あなた様は』とか云わないでよ!このバカ翻訳機!
 驚いた顔でわたしの方を見たジェフの横顔に、遅れてハヤトくんが暢気な声で答えた。
「僕は10歳」
「大丈夫です。マドカさんは27歳、ハヤトさんが10歳ですね」
 笑いを噛み殺しながらジェフが続けた。
「マドカは若く見えます。わたしはティーンエイジャーだと思いました」
 笑いを堪えながら云われても、嬉しくないわよ。
 でも、この会話を切欠に、ジェフも積極的に話してくれるようになった。彼はアメリカのアトランタという街の近くから来たのだという。なにか特殊な機械の開発をしていて、その部品を探しに日本に来たのだけれど、なにを探しているのかは詳しく云えないそうだ。企業秘密というヤツだろう。聞いたところでわたしに判るハズもないけど。
 ガンガルのイベントに来ていたくらいだから、ジェフもガンガルファンかと思ったら、ハヤトくんがアレコレと話すガンガル・ネタについては、あまり知らないようだった。何にも知らないアメリカ人に向かって、あんなにガンガル・ネタをぶつけるハヤトくんもどうかと思うけど、まぁ子供だから仕方がないか。
 窮屈なクルマは順調に松山自動車道を東に進み、あっという間に土居インターまで辿り着くかと思ったところで俄かに尿意を催してきた。そういえば、家を出る前に行ってから、トイレに行っていなかった。
「ハヤトくん、トイレ大丈夫?」
 子供の所為にしてトイレ休憩を取ろうと目論んだが、「大丈夫」と呆気なく拒否される。まぁ、我慢できないことは無いんだけど、土居インター降りてからハヤトくん家を廻ってウチまでと考えると、ちょっと心許ない。石鎚山SAまで2㎞の看板が見えた。仕方ない、強引に止まろうと思ったそのとき、ジェフが救いの声を上げた。
「わたしは、トイレに行きたい」
「オッケー。じゃあ、次のサービスエリアで休憩するね」
 ナイス、ジェフ!
 もしかして、わたしたち相性いいんじゃない?

 トイレを済ませると、ハヤトくんが一人で自販機を見上げていた。
「喉渇いたよね。どれがいい?」
 一瞬、驚いた顔でわたしを見上げると、左右に首を振った。あら、遠慮してるのかしら。
「買ってあげるから、どれがいい?」
「いいの?」
「いいよ。遠慮しないで」
「じゃあ、これ」
 ハヤトくんは、ウィルキンソンの炭酸水を指さした。
「これがいいの? これ、甘くないヤツだよ」
「知ってるけど、これがいい」
「ホントにいいの? これ飲んだことある?」
「ある。コレがいい!」
「そこまで云うなら良いけど・・・」
 130円を投入すると、ハヤトくんは自分でウィルキンソンのボタンを押した。小学生が無糖の炭酸水を飲む時代がやってきたか。時代の流れにすっかり置いていかれてるわ。
 わたしは甘―いカフェオレを買って、尋ねる。
「ジェフはどこ行ったの?」
「あそこ」
 ハヤトくんは自販機の脇から植え込みを指差した。植え込みの向こうのベンチに腰を掛けたジェフがスマホで話している。
「上司の人と連絡取れたのかな?」
「わかんないけど、『テイヒア』って云ってあっちに行った」
「テイヒア?」
「多分、軍の秘密コードかなにかだ」
「軍の秘密コードって、ガンガルの話?」
 するとハヤトくんは明らかに狼狽した。
「いや、うそ。なんでもない」
 何か隠し事をしている感じだ。そういえば、ジェフから「約束だぞ」とか云われていたな。いつもは人の噂話とか、どちらかと云えば興味ない方なのだけど、何故だか無性に知りたい。ちょっと揺さぶってみるか。
「なに? ジェフのこと? ジェフって軍人なの?」
「いや。ガンガルの話」
 反応がおかしい。やっぱり何か隠そうとしている。
「さっき、ジェフと何か約束してたよね? 何を約束したの?」
「いや、別になにも・・・」
 あくまでもシラを切るつもりだな。子供のくせに猪口才な。
「そう。教えてくれないんだ。ふーん。ハヤトくん、今日、お母さんに内緒で来たでしょ?」
「・・・・」
 ビンゴ。明らかに動揺している。
「小学生が一人で松山なんていけないなぁ。お母さんに知れたら怒られるだろうなぁ」
「・・・・」
 まだ我慢するか。もう一押しだな。
「ジェフと何を約束したのか、教えてくれたらお母さんには黙っててあげる」
 我ながら子供相手に悪どいなぁ。お母さんの連絡先なんてそもそも知らないし。でも、ついにハヤトくんの陥落に成功する。
「ジェフのこと話したら、お母さんには内緒にしてくれる?」
「もちろん」
「内緒だよ。誰にも云っちゃダメだよ」
「わかってるって」
 ハヤトくんは大きく息を吐いてから、真剣な表情でジェフの秘密を明かしてくれた。
「ジェフはアメリカ軍の研究者で、本物のガンガルを開発しているんだ。そのために必要なパーツを探しに日本にやって来たんだ」
 えーっと、本気で信じてるっぽいな。
 やっぱ子供だな。

『やっぱり皮がスキ 12』につづく

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