やっぱり皮がスキ 37

J⑬

 フォートスチュワート陸軍駐屯地の70周年記念パレードは無事に終了した。
 我らが第88機甲部隊擁するボーディングロイド2基は、パレードの最後尾を約8ノットの速さで、隊列から少し離れて堂々と行進した。
 マッシュが乗る1号機には、両腰に20ミリ対空機関砲を装着し、通称『スタッグ』と名付けられた。オルテガの2号機には、股間にM61A2ガトリング砲を備えていて、こちらはずばり『ペニス』だ。どちらの武装も装弾されていない完全なイミテーション。なにしろ、コックピットに攻撃用のボタン類は何一つ付いていない。前進、後退、左右への旋回、それ以外の操作はいまのところできない。
 この奇妙な兵器にメディアが喰い付くかと思ったが、一部の軍事専用ネットメディアから「満を持して最後に登場した詳細不明の『ボーディングロイド』なる珍兵器は、よちよちと歩くばかりでむしろ『トドラー』と改名すべきだ」と酷評されたくらいで、世間的には全く話題にもならなかった。
 そもそも片田舎の駐屯地の軍事パレード自体が、誰にも知られることもなく、身内だけでヒッソリと執り行われているようなものだ。
 サミーとオレは、ジープで並走しながら記録用映像を撮影した。この映像と、格納庫内で撮影したテスト時の映像を編集して、ケイイチとハヤトに送ってやろう。
 パレードが終了し第108格納庫へと戻る途中、助手席のサミーがしみじみと呟いた。
「なんとかなったな」
 平静を装ってはいたが、その横顔には微かな達成感が滲んでいる。前方にはピカピカの兵器研究所が聳え、その裏でヒッソリと第108格納庫が佇んでいる。
「そういえば、初めてここに来た時、オレが招集された理由は強烈で、軍法会議モノだとか云ってたけど、アレって何だったの?」
 サミーはゆっくりオレの顔を見て真顔で答えた。
「あぁ、あれはブラフだ。ヤツらの招集理由は云った通りだが、オマエの理由は教えてくれなかった。嘘じゃねえぞ」
 本当っぽい表情だ。今さらウソを吐く意味もないか。だけど、約150人もの戦車乗りの中からオレが選ばれたのは何故だったのだろう?

 パレードの翌日、オレたちは再び旅団長室へ呼び出された。
「諸君、よくやってくれた。ボーディングロイドの雄姿は我がフォートスチュワート駐屯地の威容を全米に示してくれた」
 ガチョウの声がするホプキンス旅団長が満足げに語る。
 マニアックなサイトにしか取り上げてもらえてないのに、どこの全米に威容を示したというのか。
 胡乱げなオレらの視線を気にも留めず、アンダーソン副指令官が言葉を継ぐ。
「キミたちの成果には敬意を表するが、本日付で第88機甲部隊は解隊、第108格納庫は封鎖する。明日からは元の部隊へ復隊し、引き続き隊務に励むように。なにか質問は?」
 アンダーソンがオレたちを一瞥する。
 こうなることは大方予想していたが、誰も口を開こうとしないので一応聞いてみる。
「はい。ボーディングロイドをパレードに参加させたことに、どのような意味があったのでしょうか?」
 ガチョウの声が不機嫌そうに答える。
「さっきも云ったとおりだ。フォートスチュワート駐屯地の存在感を示せた。それ以上でも以下でもない」
 けっ、それで押し切るつもりか。
「では質問を変えます。わたしが第88機甲部隊に招集された理由は何でしょうか?」
 この問いには副司令官が答えた。
「部隊長からの推薦だ」
 そんな訳ねぇだろ! と思ったが、これ以上抵抗しても無駄のようだ。結局のところ真相は闇の中か。
「他にないか? なければ、直ちに第108格納庫の封鎖作業に入れ。以上だ」
 アンダーソンの言葉に追い出されるように旅団長室を後にした。部屋を出るなりオルテガが云う。
「おまえバカか。奴さんたち真相を吐くワケが無ぇっつうの」
 マッシュも続く。
「しかし癪だなぁ。見たか、あの旅団長の顔を。まんまと誤魔化せたって顔だぜありゃ」
「誤魔化せたって、使い込みの話か?」
 サミーの電話以外に詳しい話は聞けていなかった。
「それ以外に無ぇよ」
「じゃあ、その秘書官を吊るしあげて、事実を公表するってのは?」
「バカか。そんなことしたって、新しい旅団長と副司令官に入れ替わるだけで、オレらに何のメリットがある?」
「まぁ、それもそうか」
「あーぁ、かったるいな。ちゃっちゃと終わらせて、飲みにでも行かねぇか?」
「そうだな。第88機甲部隊の解散会でもやるか?」
 ということで、格納庫に戻ると両腰と股間の武装を解除し、兵器庫へ返却しただけで作業は終了した。3時間も掛からなかった。
 丸腰になった巨大な下半身を見上げ、感慨に浸る。
 こんなモノのために酷い目に会った。同時に、たくさんの素晴らしい体験もできた。
 またいつか、日本に旅をしよう。
 その頃には、翻訳機の性能ももっと良くなっているだろう。ハヤトは翻訳機なしでも会話できるようになっているかもしれないな。
 いつになるか判らないけど、愉しみだ。

 まだ日の高いうちから4人でダウンタウンへ向かった。大箱のバーに入り、ビールとソーセージ&チップスを注文する。
 乾杯するや否や、マッシュが下品な話題を振る。
「ジェフ、日本はどうだった? ジャパニーズガールたちと愉しんできたんだろ?」
 瞬間、マドカのことが脳裏に浮かぶ。
「無ぇよ。こっちは人探しで必死だったんだ。嘘っぱちの名前と、下手クソな似顔絵だけで探せってんだぜ」
 それでもヤツらは引き下がらない。
「正直に云えよ、この色男が。毎晩ヒィヒィ云わせてたんじゃねえのか?」
「無ぇっつうの」
 下らない話題ばかりで時間を費やす。平日の午後、店内は閑散としていた。
 3杯目か4敗目のビールを煽っていると、オルテガがオレの背後に視線を向けた。
「おい、あの女じゃねぇか?」
 視線の先では大胆な胸元のタンクトップにスキニーデニムのスタイル抜群なブロンド美女が一人、カウンター席に腰掛けている。
 確かな見覚えがあった。ローズだ。
「間違い無ぇ。秘書官から金をもらってた女だ」
 マッシュが追随する。
 やっぱりそうか。
「ちょっと行ってくる」
 そう云い捨ててオレは席を立った。
「おい、やめとけ。アイツは上のスパイだぞ」
 オルテガの忠告を無視してカウンターへと向かい、ローズの背後から声を掛けた。
「ハイ、一人?」
 彼女が振り向き、オレの顔に気付く。
「あら、あなた、どこかで会ったかしら?」
 えっ、その感じなの? あんなに熱い夜を過ごしておいて、挙句にミュージカルの約束をすっぽかしておいてその反応とは。ていうか、オレの名前すら覚えてないのか?
「ジェフだよ。何度もベッドを共にしただろ?」
「そうそう、ジェフ。久しぶりね」
 だから、なんでそう堂々としていられるんだ。罪悪感とか無いのか、この女には?
 隣の席に腰を下ろし話を続ける。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、前にオレが話したコリアンドラマオタクの調達部隊長の話、誰かに喋ったか?」
 ローズは少し考える素振りを見せ、自分の正体がバレていることを悟ったかのような笑みを浮かべた。
「そんなつまんない話、しないわよ」
 彼女の前には、いつかと同じイエロースコーピオンのグラスがあった。それを一口含むと、思わせぶりな視線を寄越しながら続けた。
「そういえば、ガチョウの声がする旅団長がいるって話はしたかも。だって、こっちの方が面白いもの」
 オレがトドラー部隊に配属されたのは、そんな理由だったのか・・・。

『やっぱり皮がスキ 38』につづく

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