桃太郎のなる樹

桃から生まれた桃太郎、ではその桃はどこから来ているのかと疑問に思った事は無いと思いますが、「そう言われれば」と、今思いましたね？

あるところに、桃太郎のなる樹がありました。
驚いたでしょう。そうです。あったのです。あったので、桃太郎のなる樹の生活環を説明しましょう。

ここで、生活環という言葉がピンとこなかった殿方はぜひ、「シダ植物 生活環」でおググり頂きますようお願い申し上げます。
桃太郎のなる樹は、シダ植物と同じように世代交代をします。シダ植物は胞子体と配偶体という二つの姿を１世代ごとに交互に繰り返します。簡単に言うと、胞子体の子は配偶体、配偶体の子は胞子体です。人間の子は普通人間なので、人間は世代交代はしません。
しかし、桃太郎のなる樹は別です。桃と人間という二つの姿で交代します。樹に桃がなって人間が生まれ、人間が桃の種を妊娠して産みます。

桃太郎の妹、桃花は川に流されることなく樹の根元で生まれました。親が樹なので、人間である祖父母に育てられました。桃太郎とは実質生き別れの状態でしたが、そもそも無事に生まれたのかどうか誰も知らなかったので、桃花は心配しながらも他の兄弟達と仲良く過ごしていました――――――

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　久しぶりに実家に帰ったらシャンプーがピーチの香りで、どうして、と胸がざらざらした。誰が選んだのだろう、おばあちゃん？シャンプーといえばいまどきホワイトフローラルや柑橘系なんかが定番なのに、あえてなのかなんなのか、心に憤慨の泡が立つ。帰ってくると意識が過去に向かうのはどうしてだろう。戻ってやり直したいような、絶対に二度と戻りたくなんてないような。

　桃一家のこと（桃から生まれたということ）は誰にも秘密だから、実家は本当に山奥にひっそりと建っていて、私は小学校にあがるまで家族以外の誰とも、本当に誰とも、接したことがなかった。友達が少ないのも、いまだに彼氏ができないのも、こんな風に育てられたせい。大人の初対面定番の出身地トークの時点で既にカードがジョーカーしかないせい。

　甘ったるく香りづいた髪の毛をドライヤーで半乾きにしたら、tiktokを開いて布団に寝転ぶ。誰もフォローしていないものの、桃花の趣味嗜好を熟知してくれている完璧なアルゴリズムのおかげで、「おすすめ」だけでぬるま湯のような淡白な享楽に長時間浸れる。好きな俳優のインタビュー動画に、ドラマの切り抜きに、アイスの天ぷら大食いのASMRに、と順繰りに見て、カップルのダンス動画をスワイプした次の動画は、安っぽいネットニュース番組のショートだった。普段あまり流れてこないテイストだが、たった５時間前の投稿に47.7Kのいいねと1502のコメントがついている。

　それは、「日本初、鬼退治から栄光の帰還か」という文言が左下についていて、宝石や金貨を山盛り積んだ台車の隣で25歳くらいの満身創痍の男が周りの人々や猿と抱き合っている映像だった。その後、その男の生い立ち紹介として保護者へのインタビュー映像が流れた。
「いやあ本当に成し遂げてくれるとはねえ。誇りに思いますよ、そりゃあ。町の人々の役に立ってくれて、嬉しい限りです。彼はねえ、桃から生まれたもんで血の繋がりのない息子でして、色々と苦労をかけましたが立派に育ってくれて本当に……」と言って涙ぐんだ。

　パン生地をこねるみたいに心臓がのし台の上で押しつぶされているようで痛くて、のどがぐっと閉ざされて痛くて、私は震える指でコメント欄を開く。
「桃太郎とは小学校一緒だったけどまじで何でもできてかっこよかった」
「桃から生まれたってどういうこと？」
　　「信じてるの草」
　　「年寄りの発言だから察しよ」　
「すごすぎ」
「えまじで鬼退治できたんやばない？うちのいとここの町住んでんだけど金分けてくれんかな」

　検索エンジンにかけてもその男性は休養中ということでまだ取材されてはいないようだったけれど、まちがいないと私は思った。私よりずっと顔立ちは整っているけれど、あの、桃太郎と言われていた人が、お兄ちゃんだ。

　もし川に流されていたのが私だったら、英雄は私だった？桃太郎と結婚したいという人も見つけたけど、わかっていないと思う。彼と結婚できるのは桃から生まれた人だけだ。そして桃から生まれた人はその事実を明かせない。だから、ワードウルフをするように、私たちは相手を探さなければならない。知られていないということは存在していないのと同じで、マイノリティもいいところだ。

　ニュースに出てきた町を地図で探すと、ここから45㎞離れていた。1日歩きとおせば着くと踏んでコートを羽織り、リュックにお金とスマホとモバ充、水筒、そして宝物の携帯ラジオを放り込んだ。