004 羊に囲まれて

我が家の近所はほとんどが牧場である。牧場と言っても牛とか馬ではなく、ほとんどが羊だ。我が家の庭の先の小川の反対側にも羊の牧場がある。農家は囲いのある牧場をたくさん持っており、羊が一つの牧場の草を食べ終わると、別の牧場へと移す。そして草が生えそろった頃にまた羊を戻す。こういったローテーションを繰り返すため、牧場が数か所必要となる。よく空き地の様になった牧草地を見かけるが、これは草が生えるのを待っているのであって、決して空き地という訳ではない。
 
 ダートムア丘陵地帯を背景にどこまでの繋がる緑の牧草地、机の上で線引きをした直線ではなく、あくまでも自然体で曲がりくねった石垣の黒い囲い線が、緑の牧草地をオーガニックに切り取っている。これは中世の囲い込みの影響だという人もいる。白い羊が綿雲の様にあちこちに散らばっている光景は、何とのどかな風景だと思えるが、農家にとっては羊は大切な商品であり、貴重な財源となるのである。デボンの羊は冬でも外で過ごす。雨が多く1年中牧草が生えているので餌には事欠かない。たまに大雪になり、草が食べられなくなった場合には屋根付きの大きな小屋に入れて干し草を食べさせている。
 
 春先には仔羊(ラム)が生まれる。最近は羊の品種改良で、1匹の母親から大体2匹の仔羊が生まれる。農家にとっては羊の数を増やすことは収入が増えることである。ビジネスなのである。羊は羊毛を取るためにも重要だが、増やして市場で売ることも大事だ。毎年初夏には各地で羊のセリが行われる。我々が牧場で目にする羊はほとんどが雌だ。時々大きな牧場に4,5匹しかいないのを見かけるが、これが雄の羊だ。一緒にいないのである。雄の羊は秋の交配時の際に雌と一緒になって雄の役割を果たす。それ以外は孤独な生活を送っている。
 

我が家の庭の先も牧場

 そして早ければ2月始めから2月いっぱいにかけてラムが生まれる。時々難産をする羊がいる。そんな時には農家の人が小屋に入れて出産を助ける。この作業をラミング(Lambing)という。
1匹でも多く生まれるように農家ではこのラミングの季節は大忙しとなる。出産は夜中になることも多いので、徹夜の作業が繰り返される。こうして生まれたラムは母親と一緒に牧草地を飛び回る。母親を呼ぶ仔羊の声と自分の子供を呼ぶ親の声が交錯し、牧草地が華やかになる季節である。我々の耳では差別が出来ないが、鳴き声はそれぞれに違い、親子はお互いに識別できるそうである。元気な仔羊同士が保育園よろしくたくさん集まり、追いかけっこをしたり、喧嘩したり、遊びまわる姿を見るのは楽しい。
 
 

一匹の母親から大体2匹の仔羊が生まれる
仔羊保育園

この季節に我が家を訪れた日本人の友人はたいてい「可愛いーい!」を連発するが、中には「おいしそう!」という感想を述べた人もいた。確かにラムは食べごろはおいしい。昔ロンドンの有名なレストランのシェフにインタビューしたときに「生後60日のラムが一番おいしい」と教えられた。そのレストランでは桜前線よろしくラム前線を求めて、チャネル諸島から徐々に北上してスコットランドに至るまで、生後60日のラムを求めて仕入れるそうである。そして、もう一つ驚くことは、レストランで食べるラムはほとんどが雄だそうである。雌のラムは子供を産むので大事だが、雄は繁殖用に丈夫なのを数匹残せば後は不要となる。そういった役立たずの雄ラムがレストランへ売られていくそうである。別居生活を強いられ、種羊のみ生き残るという何となく哀れな人生(羊生)だなと同情せざるを得ない。

オークションを待つ羊



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