見出し画像

金融危機的イベントがもたらしもの─RAF的視点に基づく世の中観察日記

本年3月は、久方ぶりにしびれるような緊張感が市場を包んだ。「金融危機的イベント」が米欧で相次いだからだ。まずは米国で、仮想通貨取引に強いシルバーゲート銀行からの預金流出が止まらず事業停止を決定。その後、預金流出の波は、スタートアップ支援に強いシリコンバレー銀行(SVB)やシグネチャー銀行に及び、この2行は破綻の憂き目に遭う(但し預金は全額保護)。これ以外にも、ファースト・リパブリック銀行といった、ここ最近預金を急増させてきた複数の地銀が預金取り付け騒ぎを意味する「ラン」に直面したものの、当局や大手銀の流動性支援もあり、何とか今に至るまで持ち堪えている。

SVBの資産規模は2090億ドルであり、米銀の破綻としてはGFC(グローバル金融危機)以降最大、トータルでみてもGFC中に破綻したワシントン・ミューチュアルに次ぐ至上2番目の規模となった(小立(2023))。また、連邦政府が地銀破綻に対し「システミック・リスク・エクセプション」を発動し預金を全額保護したほか、FRB等が地銀に対し緊急の流動性支援を提供するなど、バーゼルIIIの大成功(?)によって過去のものとなりつつあった「金融危機」の再来感が否応なく高まるイベントであった。

極めつけは、米国での地銀危機が、何と欧州のG-SIBs(全世界に30行ほどある、システミックに重要な銀行<要はその存在が経済的に重要過ぎて、無秩序な破綻が許されない銀行>)の1行に飛び火したことである。真っ赤に燃え上がったのはスイスに本拠を構えるクレディスイス銀行。スイスの名門銀行ではあるが、最近は収益不振に加えて、アルケゴス事件等に絡むなどミスコンダクト・イベントが絶えない銀行でもあった。そういう意味では、米地銀危機前から預金流出が始まっていたともいわれるが、米地銀危機とは直接関係していないにも関わらず、銀行に対する不安感が高まったというだけで預金流出が加速した。さらにはスイス当局が同行に対し流動性支援を行ったという事実だけで、当局は同行経営が非常事態に直面したと判断し、同行が完全に経営破綻する前に同業のUBSへの身売りを決断させた。そしてこの際に起こり物議を醸したのが、株式が全損する前のAT1債(もっともシニアな債券ではある一方、本来であれば損失吸収の順番は株式の次と想定されていた負債)の全損という捻じれ現象である。

米当局の地銀に対する全額預金保護の判断、及びスイス当局の非常に早い段階でのクレディスイス経営陣への見切りや、想定される返済順位を逆転させた同行破綻回避措置に関しては、政策の適切性の視点から様々な批判が寄せられている。しかしながら、「危機の野放図な拡大」を食い止めたという点では、今回の対応はまずは高く評価されるべきではないだろうか。2008年発生のGFCの起点となったリーマンの経営危機に対し、政治家等からの非難を恐れて米当局が示した冷たい対応(これが結果的に一大グローバル金融危機を招くこととなる)とは好対照だったといえる。事前にどういった議論がなされ、どういった対応が用意されていようとも、戦闘現場の状況は常に変わるわけであり、これに対し臨機応変に対応し、結果として危機の拡大を回避した当局の判断は称賛に値するものである。

今回の金融危機の原因分析

もっともその上で、今回の危機の原因を解析し、これに合わせて監督や規制の内容を見直すことも欠かせない。今回の危機の原因を米国、スイスに分けてみると次のような整理が可能となる。

(米国)
① 直接的原因(第1次):SNS等での不安伝播を背景とした異常なスピードでの預金流出。当局による流動性支援の準備も「物理的に」間に合わなかった模様。
② 直接的要因(第2次):ここ数年における金余り下での預金の急速な積み上がりやこれが招いた預証率の高まりと、昨年来の急速な利上げに伴う保有有価証券の評価損の高まりとMMFへの預金流出。
③ 間接的要因:資産規模で1000憶ドル~2500憶ドル程度の中堅銀行に対するトランプ政権下での規制緩和、バーゼルIII実施の遅れ、米監督当局(例えばSF連銀)の監督の甘さ(?)。

(スイス)
① 直接的原因(第1次):米地銀危機に伴う銀行に対する不安拡大を契機とした預金流出の加速(筆頭株主による追加資本拠出拒否発言が火に油を注ぐ結果に)。これをみたスイス当局が流動性支援を行いつつも、経営破綻という最悪の事態を回避するため、(自己資本比率やLCR等流動性指標は主要最低水準を大きく上回っていたにも関わらず)同行経営陣による経営に対し早々に白旗を挙げたこと。
② 直接的要因(第2次):ここ数年における経営不振や相次ぐミスコンダクト事象、さらには今回の金融危機の数日前に公表された「財務報告の内部管理に係る重大な弱点」等がもたらしたbad reputationにより、危機に弱い「体質」が形成されたこと。
③ 間接的要因:資産規模でGDPに近い規模の銀行をいざというときに救う能力がスイスの監督当局に欠如しているという事実。

原因分析に基づく対応に関する考察

次に上記の原因分析を踏まえた上で、今後検討すべき対応を考えてみよう。

まずは、米国とスイス双方で直接的原因(第1次)として挙げられた、急速なスピードでの預金流出への対応である。バーゼルIIIでも流動性リスクに焦点が当てられ、この結果LCRやNSFRが導入されたわけであるが、これらは果たして今回、機能しなかったのであろうか。実は米国の中堅地銀に対しては、LCRやNSFRはまだ導入されていなかった。もっとも今回のようなスピード(SVBの場合、わずか2日間で全預金の8割に達する規模が引き出されようとしていたと推測する記事も出ている(日本経済新聞(2023))の預金流出に対しては、仮にLCR等が導入されていても無力であったとも言われている。またクレディスイスにはLCR、NSFR共に適用されており、危機直前までは最低所要水準を大きく上回っていたことからも、現状の規制では、いざというときの(現代風)流動性危機に対応できない可能性が大きい。

これに対しLCR等を微修正するとの考えもある。例えば、今回素早く抜けていった預金の大半は非付保の法人預金(特に最近増えたもの)と言われているが、LCR算出に際し、こうした預金の粘着性をより低く見積もる方法もある。但しこの粘着性の程度は、直面するビジネスや国毎で大きく異なる可能性があり、全世界に共通の基準を導入するバーゼルIIIのPillarI対応では難しいであろう。むしろPillarIIの世界である、ストレステスト強化で対応した方が望ましいのかもしれない。

このほかBOEでは、ヘイリー総裁が付保預金額の上限を引き上げる可能性も仄めかしている(Bailey(2023))。但しこれも、預金者のモラルハザードを招く話でもあり、最適解の導出が難しい。

こうした中で個人的に注目しているのは、NY連銀のスタッフ等が打ち出してきたMBR(minimum balance at risk)の考え方である(Cipriani et al(2023))。これは非付保預金に関し、預金引き下ろしのスピードに一定の罰則付き制限を設けることで、「ラン」のモチベーションを下げると同時に、危機時における当局側の「時間稼ぎ」を可能とするものである。例えば、ある預金者が非付保預金全額を引き出そうとした場合、(過去一定期間の残高平均に対し)95%まではすぐに引き出すことができる一方、残り5%は一定期間後でないと引き出せないようにする。その上で同5%の預金には色がつけられ、(仮に一定期間前にこの銀行が破綻した場合)他の通常の非付保預金に対し破綻時の返済で劣後するようにするのである。こうした考えは既に、米国やFSBを中心に進められたMMFの流動性危機対応にも取り入れられている。

それこそ近い将来には、AIがSNS上の噂を聞きつけて、半自動的に預金の引き出しを実行に移すような時代も来るかもしれない。そのような時代が来ても耐えられるような、「誘因合理的」なシステムを今から築いておく必要がある。

預証率の高まりに伴う銀行勘定の金利リスクの高まり(米国の直接的要因<第2次>)に対しては、本来、バーゼルIIIのIRRBBやストレステストが対応しているはずである。米中堅地銀にはIRRBBが適用されておらず、ストレステストは規制緩和の結果2年に一度の実施となっているが、こうした環境下であっても監督当局がリスクの過大さにしっかりと目を光らせていれば、何らかの事前の対応が出来たようにも思える。regulatory captureのリスク(米国の間接的要因)が懸念される所以である。

次にスイスの直接的要因(第2次)をみてみよう。これは基本的にクレディスイスのガバナンスの問題であり、これほど長期間に亘りこうした問題が続いてしまった背景にはやはり、米国同様のregulatory capture、或いは当局自体の能力の限界の問題(スイスの間接的要因)があるのかもしれない。G-SIBsに対し当局が”too small to manage/save”である場合には、当該行の母国を変更することで監督権限を他国に委ねるか、或いは当該行の分割を試みるといった措置が本来必要ではないだろうか。残念ながら今回とられたUBSとクレディスイスの合併は、短期的な危機乗り切りには役立っても、中長期的に目指すべきサステイナブルなG-SIBs管理にはむしろマイナスであると考える(合併行の資産規模はスイスのGDPの2倍超となる模様)。

(参考文献)

小立敬 「米国SVBの破綻と銀行システムの不安定化-背景の分析と暫定的論点整理ー」野村資本市場研究所 2023年3月24日
日本経済新聞 「デジタル版「取り付け騒ぎ」 預金2日で8割流出の衝撃」日本経済新聞2023年4月17日付
Bailey, Andrew “Monetary and Financial Stability: Lessons from Recent Times – speech by Andrew Baily” Bank of England, 12 April 2023
Cipriani, Holscher, McCabe, Martin and Berner,“Mitigating the Risk of Runs on Uninsured Deposits: the Minimum Balance at Risk” Federal Reserve Bank of New York,14 April 2023

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?