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(コラム-2)レイプ、痴漢の他、DV(デートDV)、児童虐待、いじめ、ハラスメントにおける性暴力事件の被害者の方々に知って欲しいこと(1)。-「暴力行為に適用する法律」と「その暴力行為後にPTSD、その併発症としてのうつ病の発症などを発症したときに適用できる法律」で公訴時効は異なる。前者で公訴時効を経過していても、『傷害罪』で提訴できる可能性も-

 性暴力事件に関係あるのは、「強制性交等罪(刑法177条)」「強制性交等致傷罪(刑法181条2項)」「強制性交等致死罪(刑法181条2項)」、「強制わいせつ罪(刑法176条)」「強制わいせつ致傷罪(刑法181条1項)」、「強要罪(刑法223条)」、被害者が18歳以下の児童であるときは「児童福祉法違反(34条1項6号、60条1項)」に加え、「リベンジポルノ被害防止法(私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律)」、都道府県の「迷惑防止条例違反」などです。
 また、被害が勤務している企業と関係あるセクシャルハラスメント事件では、「同道契約法(5条;名誉、プライバシー、生命・身体の安全等の保護)」、「男女雇用機会均等法(11条;職場における性的な言動による不利益や就業環境の侵害がなされないような配慮)」、「民法(709条;働きやすい職場環境で働く権利の侵害)」に加え、雇用主(使用者)の責任として、「民法(715条;使用者責任/415条;職場環境調整義務違反)」が関係してきます。
 これらは、いうまでもなく、性暴力(行為)そのものに適用され、その性暴力(行為)で、裂傷や骨折、頚椎捻挫などの「加療を要する傷害を負った」ときには「傷害罪(刑法204条)」ではなく、「強制性交等致傷罪(刑法181条2項)」、「強制わいせつ致傷罪(刑法181条1項)」が適用されます。
 問題(重要なこと)は、事件となった性暴力(行為)後に発症した後遺症、つまり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、その併発症としてのうつ病を発症したときには、「傷害罪(刑法204条)」を適用できます。
 つまり、前者の性暴力(行為)に適用される「強制性交等罪(刑法177条)」「強制性交等致傷罪(刑法181条2項)」「強制性交等致死罪(刑法181条2項)」、「強制わいせつ罪(刑法176条)」「強制わいせつ致傷罪(刑法181条1項)」、「強要罪(刑法223条)」などとは別に、その性暴力(行為)後にPTSDなどを発症したときには、「傷害罪(刑法204条)」を適用することができます。
 このことは公訴時効の解釈に大きな意味を持ちます。
 なぜなら、前者で公訴時効を迎えてしまった性暴力事件であっても、事件後にPTSDなどを発症しているときには、主に、その発症の時期が公訴時効の“起算日”となるからです。
 特に、PTSDは名称のとおり、心的外傷を負ったあとに発症するストレス障害で、ASD(急性ストレス障害)と分けられ、ASD発症後、その症状が1-3ヶ月経過したとき「PTSD」と診断されます。
 また、公訴時効の判断にかかわる重要な視点として、PTSDには、2つの特徴があります。
 ひとつは、PTSDの“後発性”です。
 それは、PTSDを発症する原因(トラウマとなり得る体験)となるできごとから数ヶ月、あるいは、数年経ってから、その原因を想起する「なんらかのできごと」で突然、症状が顕著に表れることがあります。
 父親から性的虐待を受けていた女性が、結婚し、2人の子どもを出産し、30歳代の半ばで、夫との性行為で、夫のからだの重みを感じた“瞬間”にフラッシュバックが起こり、夫を蹴飛ばした日を境に、PTSDを発症し、しかも、その症状は重篤なものになり、うつ病を併発し、日常生活がままならなるなど、成育歴の中でトラウマとなり得る体験をしている人は、ある日突然、症状が表出することがあるのが、PTSDの特徴です。
 しかし、「DV事件に詳しい弁護士」とうたっている弁護士が、「カウンセリングに通うようになって、症状がひどくなったんですか?!」と嘲笑したことがあるなど、PTSDの症状だけでなく、併発症などを発症しやすいなどの特徴について、正確に理解することは重要です。
 もうひとつは、PTSDの早期に発見できず、治療が遅れるとトラウマが「固着」し、寛解は困難となり、症状が軽いときと症状が重いときが繰り返され、慢性的にパニックアタックを起こすようになり(パニック障害)、PTSDの症状が重篤化すると、うつ病など、他の疾患を併発しやすいことです。
 では、この公訴時効の判断にかかわるPTSDの2つの特徴を踏まえて、後者の「傷害罪(刑法204条)」の適用について説明していきます。
 第1のポイントは、「傷害罪」の適用は、「暴力行為などで、健康状態を損なった」と規定されていることです。
 「健康状態を損なう」とは、目に見える外傷に限定したものではありません。
 つまり、暴力行為により、PTSD、その併発症としてのうつ病、パニック傷害の発症、病気の罹患、疲労倦怠などの外傷を伴わないものでも、「傷害罪」を適用することができます。
 この解釈は、平成6年(1994年)1月18日、名古屋地方裁判所が下した判決にもとづいています。
 この判決では、「障害について、人の生理的機能を害することを含み、生理的機能とは精神的機能を含む身体の機能的すべてをいうとし、医学上承認された病名にあたる精神的症状を生じさせることは傷害に該当する。」としています。
 この判決以降、暴力被害でPTSDなどの精神疾患を発症し、加療を要するケースでは「傷害罪」が適用され、賠償、逸失利益を認め慰謝料の支払いを命じるようになっています。
 第2のポイントは、特に、発症に“後発性”という特徴のあるPTSD、その併発症としてのうつ病の発症は、「公訴時効の起算日に影響を及ぼす」ということです。
 先の法律の“公訴時効”は刑事事件として、「強制性交等罪(刑法177条)」は10年、「強制性交等致傷罪(刑法181条2項)」は15年、「強制性交等致死罪(刑法181条2項)」は30年、「強制わいせつ罪(刑法176条)」は7年、「強制わいせつ致傷罪(刑法181条)」は15年、「傷害罪(刑法204条)」は10年です。
 民事事件の公訴時効年数は、「強制性交等罪」「強制わいせつ罪」「傷害罪」のいずれも、被害者が事件とその加害者を知ってから3年、または、事件が起きたとき(行為が継続されていたときには、行為が終わったとき)から20年です。
 ただし、平成29年(2017年)の民法改正で、「生命・身体に対する不法行為」のときには、「3年」が「5年」になる規定が新設されました(民法724条の2)。
 つまり、強制性交(レイプ)の手段として暴行を加え、身体を害した場合の損害賠償の時効は5年になる可能性がでてきました。
 この「身体を害した」は、先の判例に準じるとPTSD、その併発症としてのうつ病も包含されると解釈できると解するのが妥当です。
 そして、「公訴時効の起算日」を考えるとき、“後発性”という特徴のあるPTSD、その併発症としてのうつ病の発症は大きな意味を持ちます。
 なぜなら、「損害賠償を請求できなくなる“除斥期間”の開始時期の解釈に影響を及ぼす」からです。
 この“除斥期間”を明確に示したのが、「幼児期に性的虐待を受けた30歳代の被害女性が、控訴時効後に加害者のおじを提訴した民事事件」です。
 平成26年(2014年)9月25日、札幌高等裁判所は、「損害賠償を請求できなくなる「除斥期間」の開始時期を、精神障害の発症時期と解釈」する判決を下しました。
 この民事事件は、近親者(おじ)による性的虐待被害を受けた被害女性(提訴時30歳代)が、PTSD、離人症性障害、うつ病などを発症し、最後の性的虐待被害を受けた小学校4年生の夏休みから20年以上を経過した平成23年(2011年)4月、30歳代(提訴当時)の女性が、おじに対して約4,170万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審です。
 札幌高等裁判所の岡本岳裁判長は、一審の釧路地方裁判所の河本昌子裁判長が認めた「加害男性(叔父)による性的虐待行為や姦淫行為の事実」と、肯定した「PTSDなどとの因果関係」を採用したうえで、「30年前の性的虐待の損害を認定」し、加害者に対して治療費(性的虐待行為により被った過去及び将来10年間の治療関連費)919万余円、慰謝料2,000万円他の支払いを命じる判決を下しました。
 この札幌高等裁判所が下した判断(判決)は、平成27年(2015年)7月8日、最高裁判所第2小法廷が、加害者の上告を退ける決定をし、確定しています。
 この判決は、子どもの人権や性的虐待被害者を救済するもので、長年、自分の心に封印し、声をあげることを躊躇い、悩み続けてきた被害者たちにとっても、勇気を与えてくれるものとなりました。
 では、この判決の重要なポイントを整理します。
 札幌高等裁判所は、「PTSDは昭和58年(1983年)ころに発症しており、20年が経過しているが、うつ病は平成18年(2006年)に発症したもので、20年は経過していない。」、「そして、そのうつ病の発症の原因は性的虐待にあったことを本人が知ったのは平成23年(2011年)2月であり、訴訟を起こした平成23年(2011年)4月の時点で3年も経過していない。」、「したがって、時効・除斥期間は成立しない。」との考えを示し、被害女性の損害賠償請求を認めたわけです。
 また、慢性反復的トラウマを起因とするC-PTSDでは、C-PTSDと診断され、治療をしたけれども、これ以上よくなることはない(症状固定)と判断されることが少なくありません。
 この場合、医師が「症状固定」と診断した日時が、時効の起算点になります。
 したがって、この判例文を引用し、性暴力被害者がPTSDやその併発症としてのうつ病を発症し、それを医療機関で診断をされて日、そして、受診した医療機関で自身の症状や傾向が、性暴力被害と関係していることを認識した日を明確に示すことができると、以下のような主張ができます。
 『 私が発症した「PTSD」、「その併発症としてのうつ病」が、加害者である・・の私に加えた性暴力(私に繰り返した性的虐待)が原因であることを知ったのは、・・年(・・・・年)・月・日以降で、・・年(・・・・年)・月・日現在であるので、・年・ヶ月しか経過していない。
 札幌高等裁判所が下した解釈に則ると、少なくとも、PTSD、その併発症としてうつ病を発症したことによる「傷害罪(刑法204条)」の適用については、「時効・除斥期間は成立しない。」ことになる。 』
 被害を訴える警察署で対応する警察官、ワンストップセンターで対応する人、医師や看護師には、PTSD、その併発症としてのうつ病の発症、パニック障害、適応障害の発症が、「傷害罪(刑法204条)」の適応範囲と知らない人も少なくなく、弁護士の中には、先のような判例解釈を知らないこともあるので(かなり労力を要するので使命感のない弁護士は、知っていても敢えて避けている可能性もあります)、多くの性暴力被害者の方には、公訴時効の壁を崩す“術(すべ)”があることを知っていただきたいと思います。
 併せて、私が被害者のアドボケーターとして被害の事実と後遺症の症状の因果関係をまとめる『レポート(被害の事実と後遺症、その経過)』の中でとりあげる事例の幾つかを記しておきたいと思います。
 先の札幌高等裁判所の画期的な判決の他に、性的虐待事件しては、東京地方裁判所が、平成17年(2005年)10月14日、被害女性が、「両親が離婚後、同居していた父方の祖父(産婦人科医)に小学校6年生から8年間にわたり強制わいせつ、強姦被害にあい、重度のPTSDに罹患し,回復まで長期間かかり、就労できない」という医師の診断書、証言を採用し、行為障害等級5級2号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができない」ものに該当するとして、20年間にわたり労働能力喪失割合79%として逸失利益3463万円余、性的虐待行為にもとづく慰謝料1000万円の他に、PTSD罹患の後遺傷害慰謝料として1000万円を認容した判決を下しています。
 性暴力被害によるPTSDの発症で「暴行罪(刑法208条)」「傷害罪(刑法204条)」を適用したケースは多々あります。
 最近であれば、令和3年(2021年)7月、「部下の女性職員にパワーハラスメントやセクシュアルハラスメント行為を続け、PTSDを発症させた」として、男性職員を傷害と暴行の疑いで書類送検しています。
 この事件は、「被害女性と加害男性がともに勤務する職場などで、女性が、上司の男性に手や腕をつかまれたり、複数回にわたり「デートしよう」、「水着の写真を送れ」といったメッセージを送られたり、帰り道にストーキングをされたりしてPTSDを発症した」というもので、加害男性は、勤務先で減給の他、課長から係長へ降格する処分を下されています。
 また、「性被害から14年後に診断のPTSDを傷害と認定」した実刑判決もでています。
 この事件では、「強姦致傷罪」の公訴時効(15年)成立直前の平成17年(2005年)7月、横浜地方裁判所小田原支部は、神奈川県厚木市で高校1年生(当時16歳)の女性に性的暴行を加えてPTSDを負わせたとして起訴し(性被害から14年経過した平成31年(2019年)1月、PTSDと診断されたことを受けて、起訴に踏み切った)、「強姦致傷罪」などに問われた被告(43歳)に対し、懲役8年の判決を下しています。
 また、令和2年(2020年)12月、中学生-大学生(15-19歳)とき、通学していた中学校の教師から受けた性的行為はずっと恋愛だと思い込んでいたが、37歳のとき性暴力だったと認識し、その後、PTSDを発症した女性(43歳)は、教諭らに損害賠償金の支払いを求め、東京地方裁判所に提訴した事件では、「公訴時効が成立しているとして、損害賠償金の支払い請求は棄却」した一方で、「性的行為の事実を認定」しています。
 この「性的行為の事実認定」を受けて、被害女性から「教諭の懲戒処分を求められていた」が応じてこなかった教育委員会は、この教諭を懲戒解雇しています。
 性暴力事件ではありませんが、裁判所のPTSDの解釈として重要な事件があります。
 それは、令和3年(2021年)6月3日、千葉市の小学校5年生(平成24年(2012年))のときに受けたいじめを担任に放置され、同25年(2013年)の冬に不登校になり、同26年(2014年)にPTSDを発症したとして、大学1年生の男性(19歳)が、元同級生とその保護者、市に対して損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決(東京高等裁判所)では、保護者に慰謝料30万円の支払いを命じた一審の千葉地裁判決を変更し、いじめによりPTSDに準ずる症状が継続していることを認め、保護者と市に対し、慰謝料など約388万円の支払いを命じたものです。
 東京高裁は、「同級生に叩かれたり、ものを投げつけられたりするいじめ」について継続性を認め、担任が「いちいちとり合わなくていい」「いいにこなくていい」などと対応したことに対し、「さらに強く指導する、家庭での指導を促す、元同級生と男性が接触しないようにする、男性の訴えを真摯に聴いて精神的に支える、他の児童が男性を支援するよう仕向ける、父母に報告するなどの措置をとるべきだったのに怠った」と指摘し、職務上の義務違反を認めています。
 一方で、いじめとPTSDの因果関係を認めていませんが、頭痛、イライラ、フラッシュバックなどについて、「PTSDに準ずる症状が継続している」として、逸失利益や慰謝料を認めています。
 この判決で重要なことは、裁判所(裁判官)の判断に委ねられる「暴力行為とPTSDやうつ病の発症との因果関係」について、「PTSDに準じる症状」として、慰謝料(損害賠償金)、逸失利益を認めていることです。

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