20-16

待ちに待った、夏休み。

地元に帰れば、先生にたくさん会いに行けると思っていた。

高校の夏休みと、大学の夏休みは、期間が違う。

どちらも休みの8月が、私にとって貴重な時間だった。

夏休みになってから、地元に帰り、先生に会いに行った。

その時の詳細は、手帳にきちんと書かれていない。

書かなかったのではなく、うれしすぎて書けなかったのだ。

私の記憶では、休養室で先生とゆっくり座って話した。

そんなに長い時間、二人きりで話したのは初めてだったはず。

そして、先生から1冊の本を借りた。

具体的に、何を話したのだっただろうか。

「カツ丼を食べてて、目の前で子どもが欲しそうにしていたら、あげないわけにはいかない」は覚えている。

あと、いつ会ったときだったか、職員室で先生と二人きりになった。

そしたら、途中で在校生の男の子が入ってきて、とても丁寧な言葉遣いで先生に話してきた。

「こんな風に丁寧に話さんとダメやった」と言われたのは覚えている。

その後、先生に何度かコンタクトをとったけれど、電話がつながらなかったり、学校に不在だったり。

結局、直接会ったのは2回だけだったようだ。


会いたいのに、会えない。

当たり前だけれど、会いたいと思ってるのは私だけで、先生にはそんなつもりはない。

そのギャップがつらくて、また、地元の友人たちもそれぞれ新しい環境を楽しんでいて、いつまでも過去に縛られている自分がみじめで仕方なかった。

高校を卒業して半年も経っていなかったけど、そこは私の居場所ではなく、でも、先生に会えるのはそこしかなかった。

だって、私たちは教師と生徒以上の関係ではなかったから。

高校生の時は、ほぼ無関係でもなりふり構わず先生のところに向かっていけた。

生徒に接するのは、「先生」の仕事の範疇だから。

先生や周りの先生の迷惑になろうと、それが先生方の仕事だから。

でも、もう私は、高校の生徒ではない。

自分の思いだけで動いてはいけないし、その場違いな空気は在学中の比ではなかった。

このころはまだ、免許も車もなく、移動はバスか親の車に限られていた。

自由に先生のところへ行ける手段があれば、この夏の過ごし方も違ったかもしれない。

この夏、最後に連絡をしたときに、自分からもう夏休みの間は会いに行かない、と告げた。

ただ、それだけだけど、私にとっては大きな決断だった。

まだ10代だった私にとって、今と比べると時間の流れはゆっくりだった。

先生に会えない時間は、長くてつらかった。

夏休みが終われば、次は冬休みまで会いに行く理由はない。

正確に言えば、「私の会いたい気持ち」以外に、先生に会いに行く理由は、ひとつもなかった。


たったひとつ、隣の県に住んでいるだけ。

自己紹介をして、県外から来たとなって、県名を言うと「ああ、隣ね」と。

同じ地方で、気候もほぼ同じ。

それでも、文化も方言も全く違う。

知らない土地で、知らない人ばかりのところなのに、他の地方出身者に比べると、大変な思いをしていないように思われるのがしんどかった。

大学の校門の校名を見ながら、何で私は

この県にいるんだろう?と何度も何度も思った。

仮に地元の大学に進学していたとしても、先生と会える機会が増えるわけではない。

少しでも近くにいれるように、この大学を選んだのは、私。


夏休み以降、結局連絡することも、会いに行くこともなく、先生に会わない時間は過ぎていった。

私は、この頃アルバイトを始めたり、サークルに入らない代わりに習い事をしたり、新たな居場所を作り始めていた。

大学に合格した日に先生に言われた通り、研究室にも頻繁に顔を出した。

この不毛な思いを、周囲の人に話すこともあった。

それができるのは、地元ではないから。

先生の事を知っている人は、ほとんどいなかったから。

それでも、先生に会いたい気持ちは変わらず、クリスマス前の冬休みに入る直前に、久しぶりに先生に連絡をした。

先生は、拒絶せずに、会いに行く事を了承してくれた。

年明けに、会いに行く約束をした。


手帳を読み返すまで、先生が「うん」って言って電話にでることすら、すっかり忘れてしまっていた。

私は、先生の電話番号しか知らなかった。

メールアドレスは、聞く勇気がなかった。

他の通信アプリなど、まだ存在しなかった。

その当時は、電話番号を使ったメッセージは、同じキャリア同士でしか送れなかった。先生と私は、それができなかった。

連絡をとるには電話をかける必要があって、いつもかけるタイミングを迷い、出てもらえなかったらどうしようと迷い、とにかく迷ってドキドキして、電話をかけていた。

出てもらえて話をできたときの喜びは、大きかった。

大好きな声を、電話で聞くのがうれしかった感情すら、すごく昔の話。

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