「光る君へ」のための平安準備情報㉑

光る君へ、おもしろいです!

「光る君へ」ここまで非常におもしろく見ております。
もちろんドラマですからフィクションも織り込まれ、それこそがおもしろいのですが、『源氏物語』ほどの作品が生まれるには、確かにこのくらいの苦悩や悲しみを経ているのかもしれない、と思わせる説得力があるように思います。

病や出産と祈禱、憑坐(よりまし)、物の怪

平安時代、もちろん薬湯などはありましたが、現代の医学を考えれば比べものにならない状態であったことは間違いありません。
そうなると出番は僧による祈禱です。
「光る君へ」でもまひろの家にきた僧たちがなにやらインチキ風味…というのが描かれていましたが、もちろん財力は大きく関わりますので、
右大臣家が呼んだ一行はかなりの実力者(とされている人)であったでしょう。
病が重い、出産が重い、などの状況には、病者・産婦に物の怪がついているからだ、という発想があったので、僧の祈禱により、病者・産婦から原因となる物の怪を出し、憑坐(よりまし)につかせることが目的でした。
ちなみに、『紫式部日記』には、道長の娘で一条天皇の妃、彰子の出産時に有名な寺の高僧が集められ、いよいよ出産というときには憑坐(よりまし)についた物の怪が「ねたみののし」ったという記述も見られます。
『源氏物語』では、葵の上出産時に、葵の上の顔つきや声が六条御息所のように光源氏に見える、という描写がありますが、六条御息所のパワーが強すぎて(「執念(しふね)き御物の怪」と描かれています)葵の上から離すことができないものの、祈禱の力で姿を現した瞬間を描いているといえます。もちろん現代的に解釈すれば光源氏の罪悪感が見せたもの、ともいえ、その点で、直近に恨みを買った人=忯子の物の怪というのは、ドラマ内の人々にも、そして視聴者にもわかりやすい展開だったといえます。

産の死

さて、久しぶりに準備情報を書こうと思ったのは、第8回で、兼家が病に倒れた際の祈禱で、憑坐(よりまし)についた物の怪が忯子であることが示された点が興味深かったからです。もう少し正確にいうと、「子を殺すことは希望していたけれど、忯子さまが亡くなることは予定外だった」と語られている点がポイントだと思ったからです。
当時は今とは比べものにならないくらい、出産時における母子の死は多いものでした。ただでさえ死は穢れであり、おそれの対象であった時代、出産に関わる女性の死は、子への未練を強く残すために救われない魂を発生させる、非業の死だと考えられていました。
そうした発想が、妖怪「産女」の存在を生み出していきます。
(産女=産死した産婦の霊の妖怪 。身重のまま死んだ産婦を分身せずに埋めると産女で現れるとも伝える。道の辻 (つじ) などに現れ通行人に赤子を預ける。赤子は徐々に重くなるが耐えていると、帰ってきた産女は礼に大力や財宝を授けて去る、という伝説。(日本大百科全書))

『源氏物語』にも産の死が描かれており、特に宇治十帖に出てくる中の君は、母が産後に亡くなってしまったため、周囲の人々から「不吉な存在」とされていた、ということがはっきりと描かれています。また、それを想定した母が、死の直前に、この子を大切にしてほしい、と言い残したことも描かれています。
出産の際に女性が亡くなることは、もちろん周囲の人々に深い悲しみをもたらします(光源氏は紫の上に、子供がいないことは残念だが、出産という恐ろしい目にあわせなくて済んでよかった、と語っています)。また、亡くなる女性にとっても子の行く末を見ることができない、深い悲しみと未練を残すことであり、周囲の人々からすれば、愛する人が亡くなるうえに、そうした未練を残し、成仏できない状況を作り出す恐ろしいものでした。
ですから、出産で女性が亡くなることは、当時の(もちろん現代でもリスクは大きいものですが)医療技術では避けられないものでありつつ、だからこそ、避けたい、と皆が願うものだったのです。

忯子の死

こうした背景があったとき、子の死だけを願っていたのに、忯子さままで亡くなってしまうとは、という右大臣家の恐れがはっきりしてきます。産の死という非業の死を遂げた女性の恨みの対象になってしまったからです。
さらに「光る君へ」のすごいところは、そうした恨みを右大臣家に背負わせるために、晴明がわざとやったのかもしれないし、そこまで見込み、それすら恐れずチャンスに変えようとする兼家がいる、かもしれないからです。

ドラマの忯子さまは、それほど出演場面は多くはありませんでしたが、
花山天皇と対峙するまなざしが印象的でした。一族を背負い、帝の愛を背負い、そして、今子を失い自らも死ぬ運命を背負った女性。
そしてこの死がまた大きく歯車を動かしていくことになります。
来週もまた楽しみです!





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