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復讐代行6

チャプター6


「お前が『復讐代行』をやるって?」

 その男は、ソファに大股で腰掛けるなり片腕を背もたれにかけ、もう一方の腕は後ろに控える男に葉巻を用意するように差し出す。その仕草と同時に、差し出した手には葉巻が既にありいつでも【燻(くゆ)らせる】ようになっていた。

 男の見た目は――【お供】を二人従え、冠婚葬祭の正装であろう黒の背広を着崩している。どこかの反社会的組織の一員であろう。

 男は満足したようにゆっくりと葉巻を燻(くゆ)らせた――香りの強い薬草を燻(いぶ)ったような匂いが部屋に漂う。


「…要件を早く言え」

 そんな男等にもシンは特に怯むこともなく端的に言う。その瞬間――

 ――後ろに控えていたお供であろう二人は背広の懐から拳銃を取り出し銃口をシンに向け、
「貴様! 誰に向かって口を聞いてる?!」
「兄貴に向かって!」
 口々に怒声を浴びせた。


「まあまあ落ち着け」

 男は背もたれにかけた腕を上げお供を制した。


「――いや、血気盛んな若者ですまんね」
 言って、お供が用意したであろう灰皿に葉巻の先を押し付けた。
「それで物怖じしないお前も相当なもんだがね」


「…要件を言え」

 シンはもう一度言った。表情と口調から苛立ちが露わになっていた。


「……」
 男は肩を竦め短い溜息を吐く。
「俺は〇〇組の若頭をしている開堂だ」

「――ほう?」
 【若頭】と聞き、シンの片眉が興味深げに跳ね上がった。


「…それは興味あるな」
 厭らしく笑い穢流(える)が用意した紅茶を一口。


「興味、あるか?」
 開堂もまた、物怖じしないシンに興味を惹かれたのか薄く笑い、
「この男を始末したい」
 懐から一枚のポラロイド写真を取り出し、テーブルに投げ捨てるように置いた。


「…『始末』?」
 シンは写真には目を向けず開堂を一瞥し、
「勘違いするな」
 端的に言い放つ。

「…何?」
 シンの言葉に開堂は真顔になり眉を顰めた。


「――俺は便利屋でも殺し屋でもない」
 シンは、テーブルに置かれた写真を手に取り、
「…『始末』して欲しいのなら他所へ行け」
 吐き捨てるように言い放った。


「貴様ッ、若頭に向かって…ッ!」

「まあ待て」
 激昂するお供の一人を制する開堂。

「言い方が悪かったかね?」
「……」
 開堂の問いにシンは答えない。


「………」
 開堂は呆れたように溜息を吐く。
「その男に『復讐』をしたい」
 
 
「そうか」
 開堂がそう言うとシンは短く頷き写真に目を向ける。そこに映るのは一人の男性。目の前の開堂と似ている節があり、
「兄弟、か…?」


「…やっぱり似ているかね?」
 開堂は少し複雑そうな笑みを浮かべる。


「どう、復讐したい?」

 シンがそう言うと、開堂は少し意外そうな表情をし、
「…事情、とかの説明は――」

「必要ない」
「……」

 短く告げるシンに、開堂は再び肩を竦めた。


「…その男に消えて貰いたい」
 低く、憎しみが籠った声で呟く開堂。
「――出来るか?」
 念を押すように聞かれ――


「勿論」
 シンが薄く笑いながら答えた。
「報酬の件だが」


「――このくらいで手を打ってくれないか?」

 開堂がお供に指示をすると、黒いアタッシュケースが、中身が見えるようにテーブルに置かれ――中は、隙間なく並べられた紙幣が溢れんばかりに詰まっていた。


「……」
 シンはそれを目に小さく溜息を吐き、首を横に振り呟く。
「報酬は金じゃない」


「――何?」

 開堂がシンの言葉に目を剥く。

「どう言う事だ?」


「報酬は――」シンは開堂を一瞥し、「お前の寿命だ」と、断定的に言った。



「…俺の、『寿命』だと?」
 開堂は眉を顰めた。
「それは冗談か、何か、なのか?」

 開堂の呟きには答えず、シンは短く言う。
「三年分の寿命だな」



「……」
 顎に手を充てしばし考え込む開堂。
「…それを『嫌だ』と言ったらどうなる――?」


 シンは、開堂の値踏みするような言い回しに心底呆れ深い溜息の後に、
「依頼は受けない」
 半ば面倒臭そうに呟いた。


「――では」
 開堂が徐に軽く手を上げると、
「『強制的』にだったら――?」
 
 その言葉と共に、お供の一人はシンの後ろに控えていた穢流(える)の背後からその身を羽交締めにし、米噛(こめか)みに銃口を押し当てた。シンには、もう一人のお供が銃口を向けている。


 ――そんな状況になってもシンは勿論、穢流(える)までもが悲鳴をあげず微動だにせずにいた。


「……」
 シンは密かに溜息を吐き、
「これは『脅し』なのか?」


「どうだろうな」
 短く言う開堂は、自身で葉巻に火をつけ再び口中で燻(くゆ)らせる。

「出来れば――『ただ』でやって貰いたい」

 薄く笑い、葉巻の煙をシンに吹きかけるように吐いた。


「…『報酬』が惜しいのなら他所へ行け」
 シンは表情を変える事なく開堂を一瞥する。


 脅しにも動じないシンと穢流(える)に多少の戸惑いを見せつつ開堂は平静を装い――
「…その女がどうなってもいいのかね?」


「構わん」

 シンは短く答える。


「……」
 開堂の顔が若干翳りを帯びる。それに畳み掛けるようにシンは続ける。
「この俺に脅しは効かない。そいつを撃ちたければ撃てばいい」

 次にシンは愉快そうな笑みを見せ、「――やれ」一言言い放った。
「米噛(こめか)みでも眉間でも撃てばいい」
 そしてまた紅茶に口をつける。


「胸でもいいぞ。何なら――口にその鉛玉をぶち込んでくれてもいい」
 言いつつ、シンは愉しげに微笑む。
「さあ、やって見せろ」


「……ッ」
 
 開堂はこの時初めて身震いをした。心の内に意も知れぬ恐怖が襲い、
「…チャカ(拳銃)をしまえ」
 絞り出すような声でお供等に指示をした。



 ――お供等が身を引かせると、シンと穢流(える)は何事もなかったように態度を崩す事はなく、

「――どうする?」

 冷ややかな笑いと共に聞いてきた。


「……ッ」
 開堂は喉を鳴らしつつ唾を飲み込む。

「…三年、でいいんだな?」

 苦虫を噛み締めるような表情で開堂は呟いた。


「ああ」シンは短く頷き、「――いや」と、急に言葉を切って
薄く笑う。


「まだ――何かあるのか?」
 怪訝な顔をする開堂は腑に落ちないと言った表情をしている。


「気が変わった」
 口角を上げて開堂を見つめるシン。


「…どう言う、事だ……?」


「お前の寿命はいらない。但し、この男にはしっかりと復讐をしてやる」

 シンは写真に映る男性を見つめつつ笑った。


「――それは、『タダ』と言う事か?」

 開堂は探るような視線をシンに向ける。


「お前の寿命はいらない」
 先程の言葉をシンはゆっくりと繰り返す。
「だが、確実に復讐は遂行する」
 写真をそっとテーブルに置き、開堂を一瞥する。



「…契約は成立だ」

 相手に有無を言わせないようなシンの口振りを背に、開堂は部屋から去って言った。





 ――その翌日の深夜。

 開堂が属する組は、開堂を除く全ての者が命を絶った。残された開堂は、

「…こここ…、こん、な……はははは筈じゃ……な、なか……ッ……!」

 支離滅裂な言葉と共に精神病棟へとその身を預ける形となった――



―了―


*****
チャプター6あとがき

 無理やり終わらせた感が半端ないです。謎に終わるのがいいんですよね、多分……。

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