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三章9話 訪れた村

9話 訪れた村


 カインと別れたジャスティスは、彼の言うように東へと足を進める。

 ジャスティスが進む道はファルフォム丘陵に続く道でその手前には小さな村があり、そこで今後の旅 (大陸の北側から真南まで一人旅になる)の準備をするべく立ち寄ることにした。


 もしかしたらここでも脱獄の話は届いてるかも知れない――

 そう思い、首に巻いたスカーフを外し頭に巻き付けるようにして後ろで括りベストはそのままでシャツは腕まくりをして動きやすい格好になった。


 そうーっと、村の門をくぐる。


「あんれぇ、えらい若い坊主だべんなぁ」
「…ひゃ」

 背後から突然声をかけられびっくりしたジャスティスは変な声が出てしまった。後ろを振り返るとそこには年配の女性の姿。


「坊主、旅人かなんかだべか?」
「あ、はい。一応」

 老婆 (少々失礼な言い方だが)の言葉に反射的に頷いた。

「…あの、ここって―…クシュンッ!」
 何かを言いかけくしゃみが出てしまったジャスティス。

「おんやまぁ」
 老婆は少年のくしゃみを前にシワがれた目をまん丸くした。

「坊主そんな格好しとるき、こっちさ来な」
 と、老婆はジャスティスの手を掴むと引っ張る感じで何処かへと連れて行く。

「…ぇ、ちょ……」
 ジャスティスは戸惑いつつ老婆に手を引かれてしまう。


 ジャスティスが連れてこられた場所は老婆の家だろうか、質素な作りの建物。

「さぁお入り」
「え、あの……」
 老婆は家にジャスティスを招き入れると奥の部屋に行ってしまいジャスティスは一人入り口付近で待たされる事になった。

 手持ち無沙汰になってしまったジャスティスは家の内装をグルリと眺める。――板張りの床に漆喰の壁。
「―……」
 自分が住んでいる家とは大分違っていて衝撃的だった。と同時に情けなくもなり恥ずかしくもなった。

(…僕は…随分と裕福に育てられていたんだなぁ)

 そんな自分を恨めしく思う反面、何不自由なく育ててくれている両親には感謝している。


 ――そう言えば。父と母は大丈夫だろうか?
 自分は城の監獄に入れられて挙げ句の果て脱獄をしてしまう始末。そんな息子を持った両親は無事でいられるのだろうか。

 当分、城には戻れない以上――この地を離れなければいけない。

 そこまで考えてジャスティスは俯いてしまう。

 自分はもしかしたらとんでもない事をしているのではないだろうか? そんな不安が頭の中をよぎった。しかし今更気付いても遅い。行動は既に起こしてしまったのだから。


「ほれ、これを着なさい」
 しばし思考に耽っているといつ間にか先程の老婆が戻ってきて、ジャスティスの身体に深緑のフードコート (頭巾付きの外套)を着せてやる。

「…あ、あの……」

 申し訳無いのと、どうしよう、という複雑な感情にジャスティスは戸惑う。

「息子のだけんど、丁度ええなぁ」

 ジャスティスの戸惑う姿など気にせずに老婆はにっこり微笑みながら何度も頷いているので、
「…ぁ、ありがとう、ございます…」
 ジャスティスは少し照れつつ頭を下げた。

「あの。おばあさん、ここって――」

「ここは最北の村、モルファルだべ。こんな辺鄙な地に来るのは旅人か『ハンター』くらいじゃき」

「…ハンター来るんですか?」
 老婆の言葉にジャスティスは少し驚いた。

 ハンターとは、主に狩人で、またの名を賞金稼ぎと言い、それを職としている人の事。ハンターの設立はルザリア城で、ルザリアにあるハウスト協会という組織がハンターを設立したと言われる。

 ハンターの主な仕事は、要注意モンスター (魔物)の討伐、または民間から依頼された事柄を請け負い遂行する──この二点が主な仕事となる。また、民間の依頼や請け負い、『ハンター資格認定証の発行』は各地にある『コンタール斡旋所』という所で出来る。


「…ドラゴンの討伐じゃよ……」

「…ドラゴンの……」
 ジャスティスは小さく呟く。

『ドラゴン』とは、地下道で出逢った (?)ドラゴンの事だろうか。

「…儂が生まれるずーっと前には、ドラゴンとやらが空を飛び交っていたらしいがの。今や儂ですらその姿を見たものはおらん。一説には昔の『乱獲』で絶滅したと聞くが」

「…そう…なんですね…」

 ボソボソと話す老婆に小さく頷くジャスティス。

『あの』ドラゴンは大丈夫だろうか――?

 ――ドラゴンの爪や牙、鱗が希少価値なのは遥か昔の乱獲によるものだったのかと、今更ながらに知ってジャスティスは胸を傷めた。確かに、ドラゴンの爪や牙などは最高級の素材になる。だからといって『共存』している生き物の命を簡単に奪うなど有っては良い筈がない。

「…あの…おばあさん。僕もう行きます…」

「そうかえ。気ぃつけてな坊主」

「はい」
 ジャスティスは頷いて、
「あのこれ。ありがとうございます」
 コートの端を少し掴みジャスティスは再度老婆に頭を下げた。

「なんの」
 老婆は首を横に振り優しい笑みで若き少年を見送った。



「―……」
 老婆の家を後にしたジャスティスはお腹が空いている事に気付いた。


(…もうお腹空いたなぁ。カインさんもお腹空いたかなぁ)

 などと思いつつ、村の周りを見渡すと小さな軽食店を発見し、キュルキュルとうるさい腹を宥めるようにさすり店の中に入る。


 一目散にカウンターに座って、メニュー表を見る。

「…坊主、見かけねぇ面だな」
 カウンターの奥 (向かいにいた店主)が無愛想にいう。

「ぇ…、えっと……」
 店主の問いに答えるよりも今は空きすぎたお腹をなんとかしたい。
「これ!」
 メニュー表を指差すジャスティス。
「……ください…」

「お、おう……」
 少年のあまりの剣幕に一瞬たじろぐ店主。

「あと――ライス大盛りで」
 ひとしきりの注文を終えるジャスティス。

「ハハハッ」そんなジャスティスを見た店主が、無愛想な顔を崩して大声で笑う。「坊主、そんな形 (なり)してえらい威勢だな」


「…え、お腹空いちゃって……」
 店主がどうして笑っているのか分からないがジャスティスが素直に言えば――

「ハハハッ! 気に入ったよ坊主! よっしゃ! 坊主の威勢に乗って『具』をたーっぷり入れといてやるぜ!」

「あ、ありがとうございます!」
 店主の粋な計らいにジャスティスはテーブルに額が付くくらい頭を下げた。


 程なくして、奥に消えた店主がジャスティスの目の前に大盛りライスと大きな土鍋に入ったポトフをドンっと置いた。そこには色とりどりの香草サラダもついていた。

「おじさん、これ――」
 サラダを見たジャスティスは店主と交互に見比べ、
「それは俺の『奢り』だ」
 ニヤリと笑う店主。

「ありがとうございます! 頂きます!」

 言った瞬間にスプーン片手にポトフを真っ先にがっつく。少し大きめの野菜が沢山入っていて程よい塩加減にまったりとした味。ポトフを半分減らして次にライスを平らげる。再びポトフを口にしてサラダを空っぽにし最後に一滴残さずポトフの汁を飲み干してフィニッシュ。その間は約数十分程だった。


「ご馳走様でした」
 入って来た時と変わらずジャスティスが締めくくると、

「…お、おう……」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で頷く店主。それに付け加え、テーブルに座っていた他の客等が、『おーっ!』と拍手喝采をする。

「…え…」

 ジャスティスが戸惑い辺りを伺うと、

「坊主すげぇな!」

「良い食べっぷりだったぜ!」
 心地よいひやかしと絶賛の声をあげる『観客』たち。


「坊主、大したもんだな」

 店主までジャスティスに感嘆していた。

「…え、いえ。そんな…でも、すごく美味しかったので」

 恥ずかしくなって下を向いてしまうジャスティス。

「そりゃあ嬉しいけどよ」
 言いつつ、店主は食器を片付けると入れ替わりに香茶をジャスティスに差し出す。

「…あの…僕、あまりお金……」
「金は要らねーよ」
 ジャスティスが遠慮して言うと、店主は端的に答える。

「…え?」

「良い食いっぷり見さして貰ったからな。飯代は俺の奢りだ!」

 豪快に笑う店主。

「あ、ありがとうございます!」
 ジャスティスは再びテーブルに額を付けて御礼を言った。




 ――お腹も丁度いい頃合いになったのでジャスティスは店を出る。何気なしに空を見上げれば真っ暗な中星々が瞬くように煌めいている。ジャスティスは軽食屋で聞いた宿に一泊する事にした。

 来た道とは真反対の村の門のすぐ側に宿はあり、持っていたお金で泊まる事が出来たのでジャスティスは案内された部屋の簡素なベッドに座りゆっくりと息を吐いた。

 徐に両腕を上げて大きく伸びをかく。


 ――ちゃんとしたベッドで寝るの何日振りかな。こうしてゆっくり一人旅でもいいかも。

「…そんな事、思っちゃうなんて…」

 ジャスティスは自分の感情に少しびっくりした。


 誤解があると言えど、級友に濡れ衣を着せられ牢獄に閉じ込められ。そこで義賊に会い、挙句に脱獄して逃亡している今その最中――そんな最悪な状況にも関わらず、このまま一人旅でいいかも。なんて思ってしまった自分に驚いたのだ。

 確かに冒険は嫌いではない。むしろ好きなほうだ。それでもこんな形で冒険がしたかった訳ではない。


「…はぁ〜……」

 なんとも言えない溜息が出る。何だか考えるのが面倒になった。

 そのまま身体を倒れ込むようにベッドに預け横たわり頭の後ろで腕を組み腕枕をする。板張りの天井を眺めて、

「…このまま港に行きたいけど、ロウファの事もあるし…」

 ――そもそもどうしてロウファは『あんな事』を?
 いつもなら、自分を置いていくなんて事しない筈なのに。やっぱりあの場所でロウファの身に何かあったに違いない。


「…ちゃんと、ロウファと話さなきゃ……」

 なんか。納得がいかなかった。

 何で自分がこんな目に合わされなきゃいけないのか。どうしてロウファは僕に濡れ衣を? 街に戻りたいけど今の状況じゃあ無理だよね。だってもう『脱獄犯』になっちゃったから。


「…あ〜…もう。どうしてこんなんになっちゃうの…」

 両手で顔を覆った。
「もうヤダ。ホントにやだ……」小さく呟きつつジャスティスは疲れていたのかそのまま寝入ってしまった。





 ――東の空がうっすらミルク色に変わる頃。ジャスティスはゆっくりと目を覚ました。

「…なんか、すごく寝た気がする」

 久々に整えられたベッドで寝たのか今までに溜まっていた疲れが取れたらしい。そのまますぐに身支度を整えて宿をチェックアウトした。


 来た道とは逆の門に差し掛かり辺りで畑にいる男性が腕を組み何らや困っている素振りを見せている。

「…あの…どうかしたんですか?」
 性格ゆえなのか、ジャスティスは気になってしまい声をかけた。


「ん? お前、昨日の坊主か?」
 男性はジャスティスに気がつくと目深に被っていた頭巾を少し持ち上げる。

「あ、昨日軽食屋にいた――」

「ああ。俺はロニー」

 人懐こい笑顔でロニーは手を差し出す。

「ぼ、僕はジャスティスって言います」

 そんなロニーに少し戸惑いつつジャスティスも手を出し握手を交わす。

「そう言えば――さっきから何か困ってるみたいですけど」
「ああ。そうだった」

 ジャスティスがそう聞けばロニーは思い出したように足元を見て、
「踏み台が壊れちまって」

「『踏み台』?」
 ロニーとジャスティスは同時に足元にある踏み台に目を向ける。

 そこには四角い板に左右側面を支柱とした、『コ』の字を横にしたような踏み台が、一方の支柱だけ外れていて無惨な形になっていた。


「ホントだ」

 ジャスティスはその場でしゃがみ込み、荷物を下ろして踏み台を調べるように手に取る。

「…支柱の根本から折れちゃってますね」

 修復出来ないかと、あれこれいじってはみるがどうやら無理そうで――
「新しく作り直した方がいいかもしれません」


「…やっぱりそうか…」ロニーは小さく呟いた。「長年、使ってたからなぁ…」余程愛着があるのだろうか、ロニーは何とも諦めきれない表情をしていた。

 そんなロニーを見たジャスティスは、

(何とか直してあげたいなぁ)

 そう思うと同時に、踏み台の『設計図』らしきものを頭に思い浮かべていた。


「…あの…支柱はちょっともうボロボロで修復出来ないんですけど――」

「うん?」

 ジャスティスの言葉にロニーは首を傾げた。

「踏み板はまだ丈夫なので材料さえあれば直せますよ」

「…『直す』? お前が? コレを?」

 ロニーは殊更不思議そうにジャスティスをみるが、
「…直せるんなら、直して欲しいが――」

「じゃあ直しましょうよ」と、笑顔でロニーを見上げる。「材料とかありますか?」

「…あ、ああ……」
 ロニーは多少の戸惑いを感じつつ、
「昨日の軽食屋の店主に言えば……」

「あ、じゃあ僕取ってきますね」

 そう言った少年は程なくして軽食屋の店主と一緒に戻ってきた。

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