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3話 ロウファ

3話 ロウファ


 ――お互いの行為を済ませて、二人は何事もなかったように洞窟の奥へと歩みを進める。

 洞窟もまた一本道だったため湿気が入り混じる中を二人して進む。しばらく進むと円形の、広い空間に出た。

 地面と岩壁の隙間に所々生えている『ヒカリゴケ』のお陰なのだろう、本来薄暗い洞窟がほのかに明るいのはこのヒカリゴケがあるからだ。


「これ、『ヒカリゴケ』だね。こんな所に生えてるんだ、初めて見た」

 ジャスティスはヒカリゴケをよく見ようと片膝をつく。あまり変わらない表情が柔らかくなり、瞳だけが玩具を与えられた幼子のようにキラキラと輝いている。

「…お前、そういうの好きだよな」

 ロウファも隣だってしゃがみ込む。

「図鑑では見たけど――実際の見ると感慨深いね」

 ふわりと微笑むジャスティスの横顔にロウファの胸がドキリと脈打った。


(なーんでそんなに嬉しそうなんだよ。さっきまで俺とナニしてたんだろ。いつも何考えてるか分かんない顔してるくせに。俺を、無造作に抱くくせに)

 そんな悪態が脳裏によぎるが、ジャスティスのそんなギャップも堪らなく好きで――

 まあそんな感情をこのヒカリゴケにぶつける訳にもいかず、ジャスティスの機嫌を損ねないようにするだけだ。


(試験が終わればまたいくらでもできる)


 本当にそう思っていた。この当時は――


 ――グ、シュシュ………。


 唐突に空間に響いたくぐもった音。


「…ロウファ、お腹鳴らさないでよ」

 隣のロウファを訝しげに見るジャスティス。

「ぇ、ちょ待て。俺じゃないッ」

 在らぬ疑いを向けられたロウファは首を思いっきり横に振るう。


 …グルシュシュ………


「ほらまた。ロウファじゃないの?」

「違うって! そう言うお前じゃないの?!」

「違うよ!」

 言い合いながらお互い同時に立ち上がる。

「俺だって違うッ、そんな下品な――」
 言いかけてロウファはピタリと口をつぐんだ。


 グル…フシュ、シュシュ……


 音は背後から聞こえた。


「…まさか……」

 ジャスティスが呟き、二人同時に恐る恐る振り返る。


 ――フシュフ、シュウゥゥ………ッ!


「――?!」

 二人は目を見開き言葉を失った。


 いつの間に現れたのか、数歩後ろに巨大な傘――いや、大の大人くらいはありそうな巨大なキノコ。



「…なん…あれ……」

「―…シッ!」

 ジャスティスが何か言おうとしそれをロウファが人差し指を唇にあて遮った。


 フシュウウゥゥゥ……ッ


 巨大なキノコは呼吸をしているのか音を発し、『柄』の部分(ヒダを支える円柱の部分)を膨らまし次に細く凝縮させた。その度にヒダの部分から鈍い黄色の胞子を撒き散らす。


「……ぅ、……」

 ジャスティスが突然小さく呻いて脱力する。

「…、ジャスティス?!」

 力をなくしダラリと倒れそうになるジャスティスの腰を支えるロウファ。顔を見やれば虚な目をしている。


(催眠の効果か……?!)

 瞬時にキノコの『特殊効果』を把握したロウファは、

(ジャスティス、ごめん……!)

 心の中で謝り、空いている腕でジャスティスの脇腹に思い切り肘鉄を食らわした。


 ドッと、四肢が地面に打ちつけられる鈍い音――

「…ぅ、いったぁ……」

 尻餅をついたのかジャスティスは脇腹とお尻を軽く抑えた。

「…気がついたか」

 意識を取り戻したであろうジャスティスを見て安堵するロウファ。既に槍の先端を『キノコ』に向けている。


「…ごめん」

 ジャスティスも状況を察したのだろうすぐに立ち上がり双剣を抜く。
「ロウファ、ありがとう。ちょっと痛かったけど」

「あれくらいで済んでよかったよ。でもコイツ――」

 ロウファはジャスティスと会話をするが視線は『キノコ』から外さない。

「…初めて見る魔物だね」

 ジャスティスもまたロウファと同様『キノコ』に視線を向けている。


 その間も巨大な『キノコ』は、不規則に呼吸をし胞子を撒き散らす。


「…くそ。燃やしてみるか?」

「うん…でも胞子が舞いそうだし……」

 二人は極力息を殺して話し合う。

「…どうするよ?」

「……ちょっと待って。試したい事ある」

 言って、ジャスティスは双剣を鞘に収める。
 その行動から魔術の発動と予測したロウファは、ジャスティスを庇うように槍を正面に立て防御の姿勢をとった。

「なるべく早く詠唱しろよ」

「うん」

 この状況は持久戦に持ち込めない事を察した二人。早々にケリをつけたい。


 ジャスティスは両腕を自分の顔の位置まで掲げ――

「青と氷に連なる四神、青龍(セイリュウ)」

 詠唱ともに産まれた『青い光』。

 光球と具現した右手の二本指で菱形を描き、

「誘引する清流の依り代を具現化せよ」

 左手の二本指で四角形を重ね描き青色の八芒星を完成させる。


「アイスボール!」

 力強く放たれた術により八芒星は拳大の氷球と具現化して、それは『キノコ』に体当たりした。

『ピキーン』とガラスが割れるような乾いた音と共にキノコが凍りつく。胞子ごとその身を凍らされたキノコは胞子を撒くことなく綺麗な氷像となった。


「成る程な。凍らしちまえばいい訳か」

 辺りを舞っていた胞子が消え入るのを待ってロウファは漸く防御の姿勢をといた。

「うん。これなら胞子が舞うことはないと思う」


「―…試験って、『コイツ』の事かな?」

 ロウファは槍を戻し凍りついた『キノコ』の柄の部分を軽く小突いた。

「…分からない」
 首を軽く横に振ってその場にしゃがみ込むジャスティス。
「魔物については明確な記載がなかったから」
 言って、深く深呼吸をした。


「…大丈夫か、お前」

 ロウファは慌ててジャスティスに側に駆け寄り同じようにしゃがんだ。

「うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れたけど…」

 ジャスティスの言葉に覇気がない。先程の『氷』の術でかなり精神を消耗したのだろう。


「…ちょっと、休んでいい…?」

「ああ」

 弱々しく懇願されロウファは胸が少し痛んだ。


 先程、無理に誘ってしまったのがいけなかったのだろうか――膝を抱え込んで、頭を埋めているジャスティスの横顔は少しばかりの疲労が見えた。


「…怪我、してないか……?」

「え、うん。大丈夫だよ」

 かなり具合が悪そうで、どこか怪我でもしてないか弄るようにジャスティスを見たが、意外にしっかりとした口調で返答してきたので傷があるわけではない。
 ロウファは心配そうに、ジャスティスの頬にそっと指先を触れる。そうすれば――ピクッと小さく反応するジャスティス。

「……」

 何かを言う気力すらないのか、弱い光を宿した青い瞳がロウファの視線を捉えた。

「ちょっと、休んどけよ」

「…うん、ごめん……」

 力なく呟くジャスティスの唇は妙に艶を帯びていたが、こんな状態の彼にまた行為を求めるなんて、野暮な事はしない。ただひたすら愛おしげに労わるように頬を撫でるだけ。

 それが心地良かったのかジャスティスはすっと瞳を閉じる。そのまま寝入ったようでロウファはしばしジャスティスの頬を柔らかく撫でる。


「…ジャスティス…?」

 ロウファは静かに彼の名を呼ぶが返事はない。それを頃合いにロウファは手を離すと、
「……」
 言おうか言わまいか、一瞬口を開きかけてまた閉じた。軽い溜め息を吐いてジャスティスのすぐ隣まで身を寄せてそっとジャスティスに寄りかかる。

 ジャスティスの温もりを、左側で感じつつ小さく笑う。顔を前に向け敢えてジャスティスを見ない。

「…ジャスティス」

 呼んでも返事がないことを確認しつつ、
「…俺は、お前が……」
 ロウファはそこで口を噤んだ。その先は――言えなかった。言えたら、どんなに楽だろうか。それでもまだ言えなかった。

「お前は…俺の側にいろ」
 小さく。静かにそう言った。今の気持ちに嘘はつきたくないがそれを直接口にする勇気は、ロウファにはなかった。

 ロウファは、複雑な想いを振り切るように立ち上がる。


 こうやって休んでいる間にも魔物と出くわさないとは限らない。ジャスティスを休ませているなら尚の事。自分が守らなければならない。

 気を引き締めて、ジャスティスを背に守るように辺りを警戒しつつ槍を構えた。



 数十分くらい沈黙が続いたのだろうか――
「…ロウファ」

「なんだ」

 名を呼ばれたロウファはジャスティスを振り返る。彼は立ち上がり他の魔物が襲ってこぬよう見張をしていた。

「…ごめん」

 ジャスティスはゆっくり立ち上がる。

「もう、大丈夫」
「そうか、よかった」
 言って、構えていた槍を収めるロウファ。

「…俺の方こそ悪かったな」
「何が?」

 ロウファから唐突に謝られてジャスティスは訳が分からず首を傾げた。

「…いや…だって。無理に誘ったのがいけなかったかと……」

 行為を誘ったのは紛れもなく自分で――そのせいでジャスティスは疲れてしまったんじゃないかとロウファは思っていたが、

「そんな事気にしてたの?」

 ジャスティスは小さく笑いながら、

「ロウファってそういう所あるよね」

「何だよっ、心配して損したぜ」

 軽く流されてロウファは頬を膨らませる。

「だって。誘ったのキミじゃん」

「…そりゃそうだけど……」
 そうやって言われてしまうとロウファは口籠るしかなかった。



「…そういえば、『アイツ』は……?」
 ジャスティスがふいに気がついたように問いかける。

「『アイツ』?」
「うん、あの…キノコ、みたいなヤツ」
 ロウファにオウム返しに言われジャスティスはあの巨大な『キノコ』の姿を探す。

「ああ。あの『キノコ』ならまだ凍ってるぜ」
「…あ、ホントだ」
 言いつつジャスティスは自らの魔術により氷像と化した『キノコ』に近寄り、
「…こうして見るとちょっと奇麗だね」
 好奇心いっぱいの笑みで言う。

「……」

 そんなジャスティスを見てロウファは呆れた表情をする。

(奇麗って…、お前が凍らしたんだろ……?)

 皮肉った突っ込みは心中で抑えておいた。


「…なぁ。もう帰らないか?」

 明確な魔物退治ではない実施試験にそろそろ飽きがきたロウファは軽い溜め息を吐いた。

「でも。洞窟は続いてるよ?」
 と、ジャスティスは先に続く洞窟の道を指差す。


「――分かったよ! 行き止まりまで着いたら引き返す! それでいいだろ?!」
 観念したように語尾を荒げロウファはジャスティスが指し示した道へ足早に進んでいく。

「ロウファが行こうって言ったんじゃん…」
 ジャスティスは『わざと』、ロウファに聞こえるように呟いた。


「何か言ったかよ!?」
「なーんも」

 振り返りざま睨んできたロウファに臆することなくジャスティスは明後日のほうに視線を彷徨わせた。

「お前、本ッ当意地悪いな!」
「キミほどじゃないよ」

 悪態をぶつければ嫌味で返される。口喧嘩ではジャスティスには敵わない。


「…大分、進んできたよね?」

 後ろをついてきていたジャスティスはロウファの隣まで歩みを進めていていた。

「そうだな。でも…ちょっと暑くないか?」

「…そう、だね……」

 ロウファに言われてジャスティスは小さく頷いた。

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