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復讐代行7

チャプター7


「…なん、で……こんな事に………?」

 ――その言葉は声にならなかった。

 斗真(とうま)は俯き自身の胸を見る。中心から少し左寄りのあたりに、約一センチ程の赤黒い穴がポッカリと空いている。


 ――撃たれた――


 そう意識する前に斗真は前のめりに倒れた。床に強く身体を打ちつける音がするが、斗真の痛覚は既に絶えていた。

 薄れゆく意識と共に閉じそうになる瞼を必死に見開き、彼が最後に見たのは――床に転がる血痕のついた九ミリパラベラムの弾丸だった――




 
*****






「僕の名前は、榊原斗真(さかきばらとうま)と言います」

 斗真はソファに座り落ち着いた様子で穢流(える)が淹れたであろう紅茶を一口。


「――ほう?」
 斗真の自己紹介の言葉に、シンの片眉が跳ね上がる。
「今――『お家騒動』の渦中にある次男坊だな」


「…え、ええ…」
 ティーカップを置いた斗真は恥ずかしげに顔を俯かせ、
「…お恥ずかしながら……」
 と、言葉を濁す。


「それで? 誰にどう復讐したいんだ?」

 少し興味深げな表情で薄く笑うシンに斗真は戸惑いつつ、

「…あ、はい」
 ティーカップを置くと懐から『三枚』の写真を取り出した。
「えっと…一人じゃないんですが」
 上目遣いでシンを見て写真を手渡す。


「――ふん」
 三枚の写真を一瞥するシン。一枚は中年の男性が一人。もう一枚は、姉だろうか斗真とよく顔立ちが似ている。最後の一枚は中年の女性が映っている。

「…跡目争いの『種』だな」


「……はい…」
 シンの皮肉めいた言葉に、斗真は俯いて苦しげに呟いた。

「…父の、兄なんです……僕にとっては叔父にあたります……。女性二人は父の後妻ともう一人は僕の実姉です。あ、僕は先妻の子で下に妹が…と言っても、後妻の連れ子で義妹になるんですが――」

「――待て」

 俯きながらゆっくりと家族構成を話し始める斗真の言葉を遮るシン。

「はい?」
 斗真が何気なく顔を上げると向かいのシンは眉を顰めて何とも面倒臭そうな表情をしている。


「…あの、何か?」

「…ハァ……」
 シンは深い溜息を吐いた後――
「お前の情景など、どうでもいい」と、嫌々なのか億劫なのか、横柄に言い放ち、

「どう復讐したいか。それだけが聞きたい」


「え…、あ、はい…」

 シンに断定するように言われ、斗真は呆気に取られつつ小さく頷いた。コクリと唾を飲み込んで意を決したように、

「…叔父を――先に、その後に義母と姉を……」

 斗真はそこで一息つき、紅茶を一口する。


「やり方は? こちらで決めていいのか?」

 シンは早口で性急に続きを促してくる。


「…え、えっと……」
 斗真は面食らいつつも考え込むように言葉を濁して、

「あの…、叔父は、その…事故、みたいな感じで…義理の母と姉は出来ればそんな苦しまない感じで…あ、姉は一応実姉なので生きていても…。叔父と義母だけは確実に復讐して欲しいです」

 ゆっくりと大人しい感じで柔和な印象だが、言っている事は『まとも』ではない。

 その微妙なアンバランスさにシンは微かに眉を顰めたが特に気にする素振りは見せず、

「――次に報酬の件だが」


 報酬の話になると、斗真は少し慌てたように、
「あ、あの出来れば振り込みをお願いしたいのですが…」


 何度目か分からないやり取りに、シンは心底ウンザリした様で――「…勘違いするな」溜息と共に端的に言ってのける。
「報酬は金じゃない」


「……え?」
 依頼者の斗真もまた、他の依頼者と同様に呆気に取られたような表情をしている。


「……」
 そんな『無意味』な同様のやり取りを繰り返しているシンは怒りを通り越して呆れたが再び苛々を募らせた。
「…毎度毎度鬱陶しい……」
 口の中で小さく呟く。


「…え? あの…?」
 シンから発せられる意も知れぬ畏怖の気配を感じ、斗真は少し身震いをしてしまった。


「…ッ」
 
 毎回続くこのようなやり取りにシンは心底嫌気がさした。目の前の、呆気に取られているような間抜けな表情をした『斗真』と名乗る男の顔をティーカップごと押し付けて潰してやりたい衝動に駆られるが何とか堪える。

「…何でもない……」

 自身を落ち着かせるようにシンは軽くかぶりを振った。


「報酬は金じゃない」
 シンは気を取り直し改めて斗真を見やり端的に言う。
「…報酬はお前の寿命だ」


「……」
 一瞬、何を言われたか理解出来なかった斗真だが、目を数回瞬いて――
「えっと…何かの冗談ですか?」
 と、軽い口調で首を傾げた。



「…そう思うなら他所へ行け」

「…あ、いや――その…現実的ではないなって……」

 自分の発言に気を悪くしたであろう、シンの声色が若干低くなったのを感じた斗真は、慌てて言い方を変えるがこれもまたシンの機嫌を損ねたようで――

「鬱陶しい」

 端的に一言言い退けられた。


「…す、すみません……」
 斗真は反射的に謝ってしまう。
「あの…報酬は、僕の『寿命』、と言う事でしょうか?」


「それ以外に何がある?」

「…いえ…」
 シンに端的に返されて斗真は再び口籠もり俯いてしまう。暫し何かを考えていたが、吹っ切れたように顔を上げると、

「あの…復讐の代行をお願いします」
 と、シンに頭を下げた。


「そうか」
 シンはここでようやく表情を仏頂面から柔和な笑顔に変える。
「報酬は一人で十年」そう言いつつ、斗真の目の前で人差し指を立てて見せた。


「…一人、十年……」

 シンの言葉をおうむ返しに繰り返す斗真の顔が徐々に曇り始める。


「お前は三人だから、三十年の寿命を頂く」


「…さ…三十年……ッ?」
 
 斗真は驚きの声を上げた。

「さ、三十年って……え…、それって依頼を引き受けてから三十年分の寿命をって事ですか?!」

 驚きを隠さず慌てた素振りを見せる斗真。


「そう言う事になるな」

 斗真の慌て振りが可笑しいのか、愉しげに微笑むシン。


「…え、でもそんな三十年なんて……」

 困惑したように呟く斗真。


「怖気付いたのか?」

 シンが少し早めの口調で問い掛ければ――

「……ッ」
 斗真はビクンッと肩を震わした。
「さ、三十年って……。そんな…、三十年経ったら僕、五十三歳ですよ?」


「だからどうした」
 シンは端的に言い返す。

「人を三人も死に追いやるんだ。三十年くらいの寿命なんて安いもんだろ」



「…それは……」
 斗真は一瞬口噤み、
「そう、かも知れませんが……」
 少し俯き加減で、躊躇う表情を見せた。


「……」
 そんな斗真をシンは一瞥し、
「傲慢だな」
 一言、冷たく言い放った。



「…え……?」

 斗真は顔を上げる。目の前のシンが、自分を見下したような表情で見ている。


「『傲慢だ』と言った」
 面倒臭げに短く言うシンに、少々憤りを感じた斗真は、
「…どうしてそう思うんですか?」
 少し食い気味になって唇を微かに尖らせる。


「…ハァ」
 シンは呆れたように短い溜息を吐く。

「三人の人間に復讐したいくせに、その代償である寿命を出し渋みする奴が『傲慢』以外の何者でもないからだ」

 そこまで言って、シンは無表情で斗真を見る。

「人の命を奪うんだ。ならお前もそれだけの代償を払わなければならない」


「……」
 ゆっくりと諭されるようなシンの言い回しに斗真はコクリと唾を飲み込んだ。
「…そう、ですね」
 小さく頷いて――

「…僕の寿命…三十年使っても…いいんで――」
 消沈したように呟きノロノロと立ち上がる。

「――復讐の代行をお願いします……」

 深々と頭を下げてから部屋を後にした。



 ――一週間後。

 斗真の叔父と義母と実姉がどうなったかは、斗真には分からなかった。

 何故なら彼は、背後から銃で撃たれ死亡したからだ。



―了―





*****
チャプター7あとがき

シンが出す、復讐代行の『報酬』。依頼者の寿命な訳ですが、分かる通り一定ではないです。シンの気分によるものなのか、または別の理由があるのか、それはシンにしか分かりません。

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