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二章6話 カイン




6話 カイン


「―…と。お前、名前聞いてなかったな」

 薄暗い牢獄を入り口まで戻ろうとする最中――男性がジャスティスを振り返り聞いてくる。

「ジャスティスです。ジャスティス・グランヌ」

「そうか。俺はカイン、宜しくな」
 と、握手をするように手を差し出されたので、ジャスティスは少し照れながら、
「…宜しくお願いします」
 手で答えるのと一緒に頭まで下げてしまった。

「ははは。お前、変な奴だなぁ」

 そんなジャスティスを見てカインは大声で笑った。





 ――ジャスティスとカインは牢屋に続く廊下を、カインが入ってきた方へと進む。廊下から上へと続く階段を登った先。お互い屈みながら壁に張り付いて気配を押し殺す。


「―…待て、見張りがいる……」

 曲がり角で壁に背を預け先の通路を見渡せば衛兵の一人が見回りをしている。

 衛兵が踵を返し背を向けた瞬間、カインは素早く衛兵に近寄り手刀で衛兵を気絶させた。その際に、衛兵の兵服から何かが落ちた。

「…ん、何だこれ?」

 カインが落ちたものを拾う。それは鍵だった。だが形状からして牢を施錠する南京錠の鍵ではない。しかしカインは『一応』それを懐にしまい込んでおいた。ついでに――その衛兵から青銅の剣 (ブロンズソード)も拝借する。


「…いいぞ」

「あ、はい」

 カインに言われ片膝で屈んでいたジャスティスはカインの側までいく。

「…カインさんそれ……」

 ジャスティスがカインの腰に付けられたブロンズソードに気付く。
「ああ。流石に丸越しって訳にはいかねぇから」


(…あ。そう言えば僕ダガー折っちゃったんだ。)

「ご、ごめんなさい…僕がーー」

「いや、いいって」
 慌てて謝るジャスティスを遮るようにカインは軽く言ってのけた。

「牢から出られたんだからダガーも本望だろうよ」

「そうですね」

 カインの言葉にジャスティスは笑顔で答えた。


 衛兵らに気をつけながら二人は進む。静かに声を押し殺しつつ二言三言会話をする。

「…カインさんって、【盗賊】とかですか?」

 カインの身なりを見つつジャスティスは聞いた。


 もしかしたら助けたらいけなかった人かも知れない――

 そんな思いがジャスティスの頭によぎった。

「…どうだろうな。賊には違いねえけど」

「えぇ?!」

「んなビックリした顔すんなよ。賊だけど俺は義賊の方な」


『義賊』。つまりは悪人からしか盗みをしない賊のこと。勧善懲悪の元、盗みを行う。

「…義賊、なんですね」

『初めて見た』と素直に感情を口にするジャスティス。


「…まあ今回はしくじったんだけどな」

 と、カインはバツ悪そうに言う。

 そう言えば、『大臣に嵌められた』と言っていた気がする。


 ジャスティスはそう思い、

「カインさんは…何したんですか?」
「―…ん? 俺か?」

「はい。『嵌められた』って……」
「…あ〜ちょっとな、トラブルってやつかな」

 と、カインが言葉を濁してきたのでジャスティスはそれ以上聞かない事にした。

 それは『諦め』ではなく、ただ単にこの人は悪い人じゃない。そう直感したからだった。




 ――薄暗い通路をただひたすら歩くカインとジャスティス。途中の十字路を右に曲がりお互い周りを警戒しつつ進む。


 もうすぐ出口に着くのだろうか?
 それにしては衛兵の姿が見えないのが気になる。

(…誘導されてんのか……)

 カインは密かに思う。ここまで来て追ってもないのは逆に誘い込まれていると言った方が正しい。


「―…おい、いたぞ!」

「……だろうな」

 行手を阻むように前方に衛兵らが数人いる。
 自身の予感が的中したのか、呆れ気味に肩を竦めるカイン。

「…カインさん。どうします?」
 ジャスティスがカインに意見を求めると、
「逃げるしかねぇだろうな」
 踵を返し逆の方向に走り出し逃げる二人。衛兵らが慌てて追ってくる。


(また牢屋にぶち込まれるかそれとも――)

 カインが走りつつそんな事を考えていると――


「カインさん前…ッ!」
「…ああ!」

 ジャスティスの言葉に若干遅れ気味に頷くカイン。
 二人の行手を阻むように壁が立ちはだかっている。

「…ッ、行き止まりだなッ」

 見た情景のまま悔しげに呟くカイン。壁を背に来た道を振り返る。同時にジャスティスも同じように振り返りカインに指示を仰ぐ。
「カインさん…どうします…?」


「…戦闘は避けられそうもねぇな」

 カインが極力声を押し殺して言い、拝借したブロンズソードを抜き放つ。

「…そう…なりますね……」

 ジャスティスもまた双剣を構えるが――そんなジャスティスにカインはある懸念を抱いた。

「…ジャスティス」
「はい?」

 カインが前方に迫り来る衛兵らを視線で捉えつつ横にいる少年の名を呼べば、少年もまた衛兵らから目を離さず声だけで応答する。

「……」
 カインは一瞬躊躇しかけたが懸念を払拭するほうが先だ。
「…今ならまだ間に合う」

「…? 何がですか?」
 ジャスティスが不思議な表情でカインを見ようとすれば――

「前を見てろ、バカ」
 小さく叱咤されて『あ、はい…』とジャスティスは慌てて視線を衛兵らに戻す。


「…お前は濡れ衣とは言え脱獄したには違いない…」

 視線を兵士らに向けつつもカインは、ジャスティスにだけ聞こえる声で呟くように口を開く。

「もしここで『俺に脅された』と言えば戻る事は可能かもしれない」

「…ぁ……」

 カインの静かな言葉にジャスティスは今更のように気付いた。

(カインさんは僕の身を案じてくれてるんだ)

「……」
 カインのそんな気遣いを知ってジャスティスは少し自分を恥じた。


 これまでずっとちょっとした冒険をしているようでワクワクしていたが、でも実際は自分は『脱獄犯』になりかねないのだ。
 ここでカインと別れて自分だけこの国に残る事も出来る。でもカインと一緒に衛兵に抵抗すれば国を追われる事になる。もしかしたら二度とこの土地を踏めなくなるかも知れない。


 捕まるか。捕まらないか。

 抵抗するか。抵抗しないか。


 二者択一ではあるが、どちらを選んでもこの先平穏でいられないのは確かだ。


 ジャスティスは、自分の心に向くまま決断をした――



「…カインさん、ごめんなさい…僕は……」
 双剣を構えた両腕の力を抜いてダラリとさせたジャスティス。

 そんなジャスティスの姿にカインは何かを察したのか――

「…そうか。じゃあーー」
 カインもまた構えを解こうとした――ジャスティスの次の言葉を聞くまでは。


「カインさんと一緒に行きます!」

 両の掌にある双剣の柄をクルリと回し逆手に持ち攻めの態勢を取るジャスティス。

「…ぇえ?! …お前ッ、このタイミングでそう来るのかッ?!」

 カインの予想は、ジャスティスは残る方を選択するのだと思っていたが、当の本人は予想とは真逆の答えを出してきたので少し面食らってしまった。


「だって。どっちを取っても平穏でいられないならカインさんと一緒に行きたいです!」

「……」

 自分のすぐ真横で攻撃態勢のまま衛兵らを真っ直ぐ見る少年の姿を横目でチラリと見たカインは妙に嬉しくなって――
「…後悔してもしらねぇぞ?」
 内心、安堵したと同時に何か『必然的』なものを感じた。

「同じ後悔なら『やる後悔』を選びます」
「そうか。良い名言だな」
「…名言、じゃないですけど」

 カインの軽い皮肉にジャスティスは唇を少し尖らせてカインのほうを見ようとするが――「ちゃんと前見てろって!」再び軽い叱咤をされて前を向く。


「…四人、だな」

「はい」

 こちらに向かってくる衛兵は四人いる。内の二人は接近戦なのか既に剣を構えつつ間合いを取るようにゆっくりと近づいてくる。残る二人は弓兵で、鉄製の矢尻の切っ先がカインとジャスティスを捉えていた。


「ジャスティス弓は…」
「多分いけます」

 即答して頷くジャスティスの視線は弓兵の二人を捉えている。

「…よし。俺は剣兵を引きつける」

「はい!」

 剣兵の二人が間合いに入るその刹那――カインが一歩前に出る。それに気付いた剣兵らが同時にカインに攻撃を仕掛けるがカインは難なくそれを受け止める。

 後方で待機していた弓兵らがそちらに気を取られた一瞬の隙にジャスティスが懐に潜り込む。

「ー…クッ! あいつは陽動か…!」

 弓兵の一人がカインの陽動に気付いた時には遅かった。

 ジャスティスが懐まで迫っており双剣にて弓兵一人の腕を『軽く』傷付けた。痛みと衝撃で弓矢を落とす兵士。ジャスティスはその弓と矢筒を拾い上げ、次には再度間合いを取ろうとするもう一人の弓兵に向かってスライディングの足払いを見舞う。

「…クソッ!!」
 弓兵らが態勢を整えた時にはジャスティスはもうその場にはいなかった。



「…道は開けたか?」

 ジャスティスがカインの所まで戻ってくると、カインは既に剣兵を沈黙させた後だった。

「はい、なんとか」

 倒れた剣兵を少し可哀想に思いつつジャスティスは弓を構え、ショートソード片手に迫ってくる弓兵らの足元に矢尻を打ちつけた。そうすると弓兵らは口々に何かを言いつつ来た道を急ぎ戻っていく。


「増援を呼びに行ったか、厄介だな」

 ブロンズソードを収めつつカインが言えば、

「…そうですね。僕たちもどうにかしてここを抜けないといけないですよね」

 ジャスティスも頷いて念の為にと弓矢を持っていく。




「…お前…本当にいいのか?」

 来た道を足早に戻る中カインが静かに口を開く。


「…さっきも言いましたけど」
 ジャスティスは少し考えるように前置きし、
「あそこで何もせずにいるよりは、やってから後悔した方がいいかなって」

「そうか」

 カインは短く頷いて、「案外ーー」ジャスティスの頭に手を軽く乗せると、
「お前、肝が据わってんのな」
 ニヤリと笑い少し乱暴にジャスティスの頭を撫でた。

「…ぇ、いや、そんな」

 多少困惑しつつジャスティスはカインのされるがままにされつつも心のどこかで新鮮な感覚に嬉しさを覚えた。



 ――来た道を大半戻ってくると十字路に出る。左に曲がれば最初の牢獄に逆戻りになるためそのまま真っ直ぐ進むことにした。
 しばらく進むとまた十字路に差し掛かり、前方から再び数人の衛兵がやってくる。

「あーもうッ!」

 口の中で軽く舌打ちするカイン。カインとジャスティスは踵を返して逃げるように走り出す。

「いつまで続くんだよ?!」

「…ッ、カインさんまた行き止まりです!」
「またかよッ?!」

 二人の目の前に迫る岩肌の壁。

「…チッ、どうする?!」
「また、戦いますか…?」

 壁を背にして視線だけで会話をする二人。

「…仕方ねぇな…ッ!」

 カインが面倒くさそうに剣を抜こうとした時だった。


 ガコン……ッ!!


 何やら不穏な音――


「ー…ッ!?」

 カインとジャスティスの二人が異変に気付いた時にはもう遅かった。

 床が、嫌な音を立ててその場から消えた。否――消えたのではなく観音開きのように左右に開け放たれた。

 ポッカリと空いた真っ暗な空間に二人の姿は吸い込まれていった。

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