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復讐代行8

チャプター8


 ――その女性は所作ひとつひとつに気品があった。
 立ち振る舞いから、差し出された紅茶の飲み方全てに品の良さを漂わせている。


「…すみません」

 紅茶を飲んで一息付いた女性は少しはにかんだように微笑んだ。


「あの……」
 徐に一枚のポラロイド写真を、小さめのハンドバッグから取り出してテーブルに置いた。

「そこに映る人達に復讐をお願いします」


「……」
 黙って写真を手にするシン。
「――ほう?」
 写真を見るなり興味深く片眉を上げる。

「ここに映る『全員』で構わないのか?」

 チラリと、上目遣いで女性を見やるシン。


「はい」
 女性は小さく頷く。余程美味しいのだろうか、紅茶を全て飲み干して――

「…『全員』です。方法は本人が気付かない程度に、事故でも病気でもいいので確実に殺してください」

 何かの覚悟を決めているのだろうか――女性は真剣な眼差しと共に力強く答えた。


「成程」
 シンは写真を後ろに控えているだろう穢流(える)に手渡す。写真が手から離れると紅茶を啜り、

「明確な意思があってなによりだ」社交辞令の笑顔を見せた。



「…あとーー」
 女性が少し言いにくそうにシンを上目遣いで見る。


「何だ」
 それに気付いたシンは再び紅茶を飲み、女性が話しやすいように『間』を作った。


 それを女性は感じ取ったのだろうか、少し安堵した面持ちになり、
「…あの、出来ればなんですが…この件を誰にも分からないように、ごく自然な形で……と言う事は可能でしょうか?」
 
 焦っているのか気が急いているのか、少し早口になる女性。


「ああ。問題ない」

 シンがそう短く答えると、女性は再び安堵したように一息吐き、
「ありがとうございます」
 軽く頭を下げた。


「次に報酬についてだがーー」

「あ、はい」

 シンの言葉に女性は何かに気付いたようにハンドバックから一枚のカードを取り出しテーブルに置いた。それはどこかのクレジットカード会社のもので最上位のブラックカードだった。


 カードを見るなりシンは溜息を吐く。
「報酬は金じゃない」

 再三たる同じ様なやり取りに心底嫌気がさし、募る苛立ちを払拭させる様に紅茶を一気に飲み干した。


「…お金、ではないのですか?」

 女性は少し呆気に取られつつもカードを懐に戻す。



「報酬はお前の寿命だ」


「……」
 シンの言葉に女性は一瞬黙り、
「…私の、『命』と言う事でしょうか?」
 目を瞬かせつつ人差し指を顎に充て小首を傾げて考える様な素振りを見せる。


「…まあそう言う事だな」

 シンがそう言うと――

「まあ」
 女性は少し目を見開いて驚きの表情をし、
「でもーーそれはそうですね」
 次にはにっこりと微笑み、シンに同調する様に頷いた。


「…何が言いたい?」

 女性の含みある言い回しにシンの声色が低くなる。


「そう、怒らないでください」
 
 シンの苛立ちを感じたのか、女性は軽く肩を竦めクスリと笑う。

「…『復讐代行』なんて物騒な事を行っておられるのに、報酬が『お金』じゃあ割に合いませんものね?」

 まるで幼い子の様に屈託のない笑みを浮かべる女性。


「ーーその『物騒な事』を利用するお前も大したもんだが?」

 シンも女性と同じ様に笑顔を見せる。


「それもそうですわね」
 
 上品に笑う女性は、シンの後ろに控えている穢流(える)に紅茶の『おかわり』をお願いした。


 穢流(える)が部屋の奥にさがったのを背中で確認したシンは、目の前の女性を盗み見する。


 
 歳は、二十代後半だろうか――品の良さからどこぞの令嬢の様だが、彼女の言動は『普通』ではない事がこれまでのやり取りで感じる事が出来た。言葉や気配から意図的な思惑や悪意は感じられず、言わば『天然』というやつなのだろう。

 しかしながら、その上品な姿也からは似つかわしくない程の復讐心を彼女は纏っている。



 ――程なくして穢流(える)が戻り、目の前に差し出された紅茶を再び口につけ、

「お願い、出来ますか?」

 念を押す様に、女性は小首を傾げてシンへ笑顔を見せた。


「ああ」
 シンもまた『次いでに』淹れられたであろう紅茶を一口し短く頷いた。


「そう。良かったわ」
 安堵して一息つくために紅茶を啜る女性。

「報酬はどれくらいの寿命になりますの?」

「……」

 シンは無言で女性を一瞥する。


 これまで、依頼者から『報酬』を振られた事は無かったに等しい。シンからすれば事早く面倒毎が片付いて、それはそれで有難い事なのだが――


 ――どうも『上手く』行きすぎている。


 現実的に考えれば――報酬が『寿命』と言う時点で、人は本能的に自身を守る為に『制御』がかかる。

 そう――『死』に対して抗うのだ。

 抗うくせに、自身に牙を向けるものに対しては『死』の鉄槌を下そうとする。それ故に愚かで傲慢だ――

 しかし――中には『死』を畏れぬ者もいる。これも事実だ。自然や突発的な『死』に対しては諦めにも似た『許容』をする。実に美しく興味深い。

 目の前の女性もまた、『自身の死』に対して『許容』しているのだろう。底知れぬ復讐心に対しての『覚悟』が出来ている。


 シンは、女性に少し興味を持った。

 本来なら、この女性ごと葬り去る事も可能なのだが、『生かす』方に賽(さい)を振ってみる事にした。


 心中で厭らしく高々に笑い――

「気が変わった」

 口角を上げて目の前の女性を一瞥する。



「何か?」女性は首を傾げる。


「報酬はいらない」
「……え?」

 シンの一言に女性は目を丸くし、
「あの…どう言う事ですの?」
 少し焦りを露わにした。



「そのままの意味だ」
 シンは端的に言う。

「お前の『寿命』は要らない。無償にしてやる」
「ー…」

 シンの有無を言わせない様な一言に女性は眉を顰め押し黙った。


「ーー契約は成立だ」

 シンはそう言い話を切り上げた。


 女性はまだ何か言いたげではあったが、

「ー…宜しくお願いします」

 一言そう言い、丁寧なお辞儀と共に部屋を後にした。




 女性の気配が消え去ったの後――


「なあ、穢流(える)」

 シンは後ろに控えているだろう穢流を呼ぶ。


「何かしら?」

「……あいつはーー」
 
 言いつつ穢流に視線を送るシン。そこには静かに佇む穢流の姿があった。


 シンは立ち上がり穢流の側まで来ると、そのしなやかな穢流の身体を抱き寄せ、彼女の腰に手を回しもう片方は艶やかな髪を優しく梳き撫でる。

 その仕草が心地良く、穢流(える)はウットリと瞼を閉じてシンの胸にその身を預けた。


「あいつは『まだ』いいだろ?」

 少し『おねだり』する様な甘えた口調をするシンに、

「そうね」
 穢流は短く頷き、
「『まだ』いいわ」

 艶めかしく口角を上げて微笑んだ。




 ――数日後。


「…これで良かったのよ」

 薄暗い廊下に一人佇む依頼者の女性。


「そう。それがお前の望んだ事だ」

 女性の背後から突如響く聞き覚えのある声。

 女性が振り向くと、そこにはシンが立っていた。


「あら」

 女性はシンを見るなり意外そうな顔をする。


「後悔は、しないな?」

「ーーええ」
 シンの問いに女性は少女の様に微笑んで――

「これが、私の望んだ事ですもの」

 暗く続く廊下を一人ゆっくりと奥へ進んでいった。


―了―




*****
チャプター8あとがき

また何とも言えない状態で幕閉じにしました。

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