授業開き

 非常勤講師であること。

 だから月木金しか学校にいないこと。

 1年契約であちこちの学校に勤務してきたこと。

 そういう自分が「公共」「政治経済」という授業を受け持つに当たって。

「ハイ、という訳で私は非常勤講師なので、来年の4月もこの学校にいるかどうか分かりません。そういう働き方をずっとしています。

 いままで行ったことのある学校は公立、私立、男子校、女子校、中学、ミッション系の学校…まぁ、いろいろです。

 定時制高校...って知ってますか? 公立中学にいた方は、お友だちに定時制高校に進学した人もいたんじゃないかな?

 いま君たちが通ってるこの学校は私立の全日制。それに対して定時制というのは夜間の学校です。私はそこで何年か働いてました。

 全日制は、まあ、大体9時から15時が登校時間だよね。定時制高校は夕方17時から21時くらいまでが登校時間です。

 なんでこんな時間帯が登校時間なんでしょうか。考えてみてください。こういうの、好きなのよ。偏差値とか関係なく、みんなでその場で考えられる問題っていうのが。ちょっと付き合って。

 むかしはね、むかしというのは、戦後まもなくとか、続く高度経済成長期には、中卒で働く人がすごく多かった。君たちの歳でもう働いてたんだ。そういう人たちは日中働いてるから学校には行けない。だから仕事が終わった後で学校に通える時間帯、ということで夜間、定時制高校が求められていたんです。

 聞いた話では、1950年代は定時制高校に通っている高校生の割合は全高校生のうち5、6人に1人くらいだったそうです。1950年代に高校生というと、あなたたちの…ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんの世代ですかね。

 ただ。私の見てきた範囲内では、そういう人はもういない。日中、正社員として働きながら夜に定時制高校に通うなんて生徒は見たことない。アルバイトならたくさんいるけど、それは全日制でも出来るでしょう。

 ならいまの定時制高校に通う生徒っていうのは、どういう生徒なのか。

 一言で言うと、全日制に入れなかった生徒です。

 ヨソの自治体は知りませんが、このあたりの自治体の定時制高校の入試倍率は1を切ることが普通。だから極端に言えば、入試で解答用紙に名前さえ書いて出せば受かるのね。

 定時制高校に来る生徒は、中学時代の成績が極端に悪くて、倍率のある全日制高校には入れない生徒とか…どういう生徒かというと、ヤンキーやギャル系、まあ、君たちに分かりやすく言うと、夜中のコンビニ前でたむろってタバコふかしてるような高校生だったり。

 あとは…学校制度に問題があるとも思うけど、不登校で成績がつかなかった生徒とか、外国ルーツの生徒で日本語が不得手だったり、そういう生徒が定時制には多いです。不登校の生徒はヲタクっぽいの多かったかな。ボクとは気が合ったり合わなかったり。ははは。

 あとは70歳くらいのおばあちゃんを受け持ったことが一回ありました。高校を出なかったけど、学び直したいって。すごく真面目な方で、その方がしゃべる間は他の生徒も静かに聞いてたっけ。

 いまでも初めて定時制高校で授業した日のことを覚えてます。廊下の窓から夜空とネオンが光るビルが見えて…ああ、定時制高校なんだなぁ、と思った。ほんで教室に入ると…びっくりです。

 前列右からヤンキー、ヤンキー、ヲタク、ギャル、ヤンキー、ヲタク。

 生徒の髪の色が信号機のように色とりどりなのね。金髪や茶髪じゃないのよ。赤とか黄色とかいるの。黄色が注意なら青は安心して話しかけていいのかしら…とか思わず思っちゃったよね。

 そもそも君たちみたいに席にちゃんと座ってない。一体、何人出席してるんだ? と思って教室を見渡したら、なんとメイド服のコスプレをしている女子がいる。軽い目眩がしました。

 あ、定時制高校って制服がないんですよ。これも何でか考えてみましょう。はいシンキングタイムは2分だよ。考えて、考えて。

 定時制高校に制服が無いのは何故か。

 これには2つ答えっぽいのがあります。ひとつはまず制服は高い、ということ。前に女子校に勤めてたことがあるって言ったけど、その女子校の制服は20万以上するって生徒が言ってました。鞄とか体操着とかぜんぶ含めたらもっと高いんだろうね。

 君たちの制服だってそれなりの値段がするでしょう。定時制高校に通う生徒の家庭っていうのは…外部から言われるとカチンとくるけど、まあ、私は中の人だったから言っちゃいます。劣悪です。生活保護世帯も多い。そういうご家庭に制服代を負担させられない。これがひとつめの答え。

 ふたつめは、さっき、70代のおばあちゃんを受け持ったこともあるって言ったよね? 70代のおばあちゃんにセーラー服とか着せる訳にも…行かないでしょう? これがふたつめ。

 そんなわけで定時制高校には制服がありません。

 で、話を戻すけど、メイド服のコスプレの女子。思わずジッと見たら目が合っちゃって、何て言っていいか分かんなくて…。「…可愛いね、そのメイド服」と言ったら「メイドじゃありません! ゴスです!」と怒られました。知らねぇよ、そんなもん。

 でも私、生徒のことが知りたくて頑張って勉強しました。ゴスって何のことか分かる? ゴシック・ロリータの略だよ。ゴスロリ。1年後、ボクは彼女と文化祭でメイド喫茶を開くことになりますが、これはまた別のお話。

 ともあれ、そういう学校で授業しなくちゃいけないとしたら、君たちならどうする? 私は人の話はとりあえず聞くものと思ってるけど、彼らは人の話はとりあえず聞かないものらしい。そういう学校、しかも集まる生徒がめちゃくちゃ多様な学校で授業するとしたら…

 私は、そういう学校で働いてたのね。

 だから、いま、私が見てるこの光景。君たちが揃って「ちゃんと」時間通り、ちゃんと席に座って、ちゃんと制服を着て、ちゃんと静かに話を聴いてる光景というのが、すごく新鮮なところあるんですね。同じ高校生なのに。

 同じ高校生なのに、なんでこんな違う? 同じ国。同じ時代。同じ地域。同じ高校生。なぜこんなにも違うのか。定時制高校の生徒と、私立高校の通う君たちは。同じ「公共」、同じ「政治経済」に生きてるのに。なぜ? 不思議に思いませんか。

「公共」「政治経済」という授業は、そういうコト「も」考える科目、と思います。君たちと1年間、そういうことについて考えられたらなー、と思っています。

 ま、そんな訳でよろしくね。じゃあ、最初にこのアンケート、やってみてくれる? 1学期の授業内容に関わるやつなんだけど…」

…とか何とか言いつつ、「そういうコト」にはあまり触れないで1年間授業を何となく進める。それが私流。それが「公共」を教えるということ。さあ、授業準備だ。

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