見出し画像

銃声

男は身を起こしながら、仲介屋を睨み付ける。

「やっぱり、裏切ってたんだな」
「裏切る?お前と俺はもともとビジネスライクな関係だったじゃないか。俺が仕事を持ってくる、お前がしっかり殺る。それで報酬が手に入る。それだけの関係だろ?お前が失敗すりゃあ当然、契約解消ってわけだ」

男は体勢を立て直して拳銃を探す。
さっきの衝撃でエレベーター前まで転がっている。
それに対して、仲介屋は拳銃をこちらに向けている。

「任せて」

耳元で少女がぼそっと呟いた。
何て言ったか聞き返そうとしたときには、少女は駆け出していた。
仲介屋に向かって低い姿勢で一直線に走る。
何発か発砲するがどれも空を切り、獲物を捉えられない。
そして、瞬く間に仲介屋を拘束してしまった。
腕が捻り上げられているため、これでは銃は打てない。

「さすがは特殊訓練を受けてるだけのことはある。弾が当たりゃしない」

少女に拘束されているが、仲介屋はまだ余裕を見せている。
その余裕が不気味にも思えたが、これは好機とばかりに男は落とした拳銃を拾った。

「形成逆転、だな」

男は銃を構えて続ける。

「俺はこいつが本業なもんでな。悪いがお前みたいに外しやしないんだよ。一発であの世行きってわけだ。すぐ引き金を引いてもいいんだが、昔のよしみだ。言い残したことがあったら聞いてやるよ」

仲介屋は拘束されたまま、ふっと笑った。
嘲笑うかのような笑みが男を苛立たせた。
そして、神経を逆撫でするような声で仲介屋は言った。

「相変わらずよく喋る。喋り過ぎるやつは殺し屋に向かねえよ」
「言いたいことはそれだけか」
「最後に面白いことを教えてやろう。この娘とお前についてだ」
「なんだ?」

予想してなかった類の話を持ち出されて、男は少し動揺した。
圧倒的優位な立場のはずなのにどこか居心地が悪い。
その不気味さに男の本能は今すぐこいつを殺してしまえと訴えているが、仲介屋の話が気になってしまう。
死人に口なしとはよく言ったものだ。
殺してからでは何も聞けない。
話を聞いてから、引き金を引けばいい。
仲介屋は少女に向けて喋り出した。

「お前の母親を殺したのはな、そこの男なんだよ」

その言葉を聞いて、拘束している少女の力が弱まる。
仲介屋はそれを見逃さなかった。
すぐに拘束をとき、銃口を少女に向ける。

「動くな!妙な真似をしたら、この女の頭が吹き飛ぶぞ」

今度は少女が拘束されてしまった。
特殊訓練を受けているため、少女の方が力が強いため、仲介屋の拘束はすぐに解けるはずだが、頭に銃を向けられている上に、先程の言葉が気になって力がうまく入らない。
殺し屋の男は、変わらず仲介屋に銃を向けているが、動くことができない。
下手に動けば、少女の命はない。
その様子を見て、仲介屋は高笑いする。

「殺し屋のKと恐れられた男が、少女ひとり人質に取られたぐらいで何もできないとはな。お前も人の子だった、ってわけだ」
「それより、さっきの話、どういうことだ?」
「どうもこうもねぇよ。お前は殺すのが仕事だ。殺した中に、こいつの母親が混じっていた。それだけだ」

少女は男を見つめる。
男が殺したのかどうか、確認するかのように。
しかし、男にも確証は得られない。
もしかしたら、本当に少女の母親を殺したのは自分かもしれない。
少女の目を見ると、無表情の瞳の奥がどこか憂いを帯びているのがわかる。
男は何も言い返せないまま、仲介屋が少女の耳元で囁く。

「お前をこんな目に合わせたのは、ぜんぶこの男のせいなんだ。あの日、この男がお前の母親を殺さなければ、お前は普通の高校生として、幸せに暮らしてただろうよ」

その言葉に少女は仲介屋を睨み付ける。

「恨むなら、こいつを恨めよ。全ての元凶なんだから。ちょうどいいや、お前に復讐の機会を与えてやるよ」

仲介屋は少女に銃を渡した。

「こいつであいつを撃ち殺してみろよ。そうすりゃあ、お前を苦しめていたものは取り払われる。今からでも遅くない。普通の高校生ってやつにもなれるさ」

少女はゆっくりと手を伸ばして銃を受け取る。
殺し屋の男は、この様子を黙って見守るほかなかった。
今なら仲介屋を撃ち殺せるかもしれないが、そうすれば少女の母親を殺した疑いは一生晴れないかもしれない。
いや、もしかしたら、それは疑いではなく事実なのかもしれない。
だとすればーーーーー


少女はゆっくりとした動作で銃口を殺し屋の男に向けた。
男もまた少女に銃口を向けている。

この数日、少女に銃を向けることが何回かあったことを男は思い出した。
男が銃を向けても少女は少しも動じなかった。
その無表情の中には、いつ殺されても何も思わなくないほど、苦しい過去が感じられた。
いつしかその無感情の瞳の奥の暗闇に、男は共感を覚えていた。
暗い過去を持っている者しか見えない暗闇をその瞳は感じさせた。
知らず知らずのうちに、少女と自分は同類だと思うようになっていたのだった。

『ケイは私を殺さない』

少女が言っていたことを思い出す。

「参ったよ。こうなっちまったら」

男は、拳銃を放り投げてしまった。
床の上を滑って男と少女の間で止まった。

「お前に殺されるんなら、仕方ないかもしれないな。どうせ、こいつに裏切られちまって、俺はどうしようもないんだから」

男はそう言って両手を広げた。

「さあ、よく狙ってくれ。一発で死ねるようになる。中途半端が一番苦しむってのは、この俺がよく知ってる」

少女は拳銃を構え直した。
引き金に指をかける。
一筋の涙が瞳から零れる。

「信じてた・・・のに」

銃弾が発射され、銃声が響く。
どこか悲しい、誰かが泣いているような音がビルの最上階に響いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?