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アングラの王子様 22

ユミのバイト先の喫茶店から旧サークル棟・アングラへ戻る道中、私は唐沢マリンのことを考えていた。
気に入らない人がいたら嫌がらせをする人の気持ちが私には理解できない。
もし仮に、今回の事件が唐沢マリンの仕業じゃないとしても、犯人がどうして爆破予告なんかしたのか、一生理解することはできないかもしれない。
どうして、人が努力して積み上げてきたものを平然と壊すことができるのか。
そう考えると怒りよりも先に、疑問が浮かんだ。

そんなことをして、一体何になるんだろう。

世の中には、人が転んでるのを見て笑う人たちがいる。
私はそういう人たちを見て、何がそんなに面白いのか、疑問に思う。
転んだ人がいたら、手を差し伸べて「大丈夫ですか?」と声をかけることが私にとっての普通だ。
だけど、ある種類の人たちは転んだ人を見て笑う。
それどころか、次は誰を転ばせようか、どうやって転ばせようか、などと企むことすらある。
もしかしたら、唐沢マリンはこの手の人種なのかもしれない。
私がキャンパスの裏山で転んだとき、唐沢マリンならきっと笑っていたと思う。
でも、演劇サークルのみんなは、今井君は、私に手を差し伸べてくれた。
きっと違う人種なんだ。
そう思わないと理解することができない。

そんなことを考えて歩いていたら、気がつくと裏山を登り終えていて、旧サークル棟・アングラの前まで着いていた。
古びた雑居ビルのような佇まいも見慣れてしまった。
恐る恐る訪ねて来たのは、ついこないだのことなのに、もうかなり昔のことのように思える。
私が変わるきっかけをくれた、このアングラを爆破するなんてありえない。
何としても爆破を食い止めないといけない。
相手が違う人種だとかそんなことは関係ない。
駄目なものは駄目なんだ。
その当たり前のことが罷り通らないのなら、きっと世の中の方がおかしい。

「おかえりなさい。収穫はありましたか?」

部室に戻ると谷垣さんが珍しくパソコンに向かっている。

「はい。とりあえず、唐沢マリンがどんな人なのかは何となく・・・」
「その様子だと、あんまり良い話ではなさそうですね」
「なんだか聞いてて嫌な気持ちになりました。ところで国枝さんは?」
「ああ、彼女もいろいろ手を尽くしてみるって出て行きましたよ。私はここを離れるわけにはいきませんから、部室に残ってパソコンで情報収集です」

ちらっと見えたパソコンの画面には、ビキニを着た女性の画像が映し出されている。
やっぱり、この人ーーーーー

「変態だ、なんて思ってませんか?」
「え?あ、いや」
「これ、唐沢マリンのインスタグラムですよ。私なりにいろいろ調べていたんですが、それにしてもけしからん身体してますよ」

やっぱり変態だ。
私は一歩だけ谷垣さんから離れた。

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