見出し画像

いつでも見てるのだーれだ?

1997年9月21日(日)
大きな船の旅。大勢のお客が盛装して食堂のテーブルに着く。入ってきた船主と入れ違いに出ていった従業員は船主に反感を持っている。

なぜ犬にケーキなど食べさせるんだと男は船主に不満を表明していた。
船主は苛立ったように「特別なことを犬に頼むばあいはケーキを食べさせる約束なのだ! 船主の義務だ!」と一蹴し、「やるべきことをしろ!」と話を打ち切った。男は、いまに見ていろ、という気をありありさせて去った。

船主は、この男は何を言うのだろう、不正をしろと言うのか?と大変不快だった。
犬には解らないと思って誤魔化す人間がいる。しかしそれは恐ろしい結果を招く。船主は大勢の人を船に乗せているのだ。犬を誤魔化したいなどと考えたこともない。犬は自分を助けてくれるのだから。

わたしは昼前─よく晴れていた─従業員の男が不満で不満でどうしようもないといった様子で、犬─ボクサー─に食べものを投げているところを見た。
男は犬の銀の皿に食べものをぞんざいに放りこみ、突っ込み、ぶちぶち言いながらケーキを投げこんだ。
犬は唸りも吠えもしなかった。男の刺々しいこころ乱暴なふるまいに挑発されなかった。

船主は、心底あの男を不愉快と感じても、男があんな真似をしているなどとは夢にも思ってはいないようだ。自分が考えたこともないことを他人がするとは思わない。

船主の挨拶がはじまった。灰色の髪、酷く疲れた顔をしていた。疲労困憊という感じで時々メモを見た。

窓の外は深い深い青。稲妻が水平に走った。
なんとなく、だめだな、と思った。
この船は沈む。
男は不正をしていて、船主は気づいていない。
沈むだろう。

不安も恐れも悲しみもなかった。

きのう眠りかけたとき、月が光ったんだ。深く澄んだ青の空にゆらめくように光ったんだ。湖が光っているようだった。
はっきり見えたから、いつの間にか空を見てたのかって、びっくりして目があいた。ほんとに空を見てたわけじゃないとわかった。
起きて空を見たら、むらなく雲の灰色だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?