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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#67 セントレアの空港島で(下の下)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。あらま、今日もレインコートですか。内側のライナーは取り付けられたんですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。ここのところホント、何を着て出たらいいのかますます分からなくなってさ。今朝の天気予報で「折り畳み式の傘を持って、身体を冷やさないようにしてお出かけください」なんて言われたからさぁ。どうせ今夜は酔っ払って、傘なんてどこかに忘れてくるだろうからって、レインコートにしたんだよ。昨日の祝日は暖かかったのに、今日はこの肌寒さでしょ。ますます三寒四温だよね。参っちゃうよなぁ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「オイルサーディンのチーズ焼き」かぁ。へぇー、マスターはいつも洒落てるね。オレなんて、オイルサーディンはいつも何も考えずに缶詰を開けて、そのまま食べちゃうからさ。後でこっそりレシピを教えてね。そう言えば先週も話したけど、こうやってちょくちょく教えを乞うってのも、結構大事なことなんだよなぁ……。


 例のほら、セントレアの空港島で開催された去年の展示会後の話。終わった翌日に電話があって、その日の夕方に会ったって言ったじゃない、例の山田なんとかに。

 それで台湾のロボットメーカーの副社長に、とか。5,000万円で、とか。挙句の果てに、上司の八田部長や新人ロボジョのマミちゃんまでいるってさぁ。聞いていて訳が分かんなくなっちゃったワケ。

 前夜遅くに撤収作業が終わったばかりで、それまで展示会の成功しか頭になかったからさ。前夜どころか、駅前のホテルのティーラウンジに向かう電車の中でも、明日からどうやって営業をかけるか、あの来場客はこの手で、なんて考えてたほどだからさぁ。

 9月末の決算までは無理でも、年明けから3月の本決算までには何がしか成果を出さなきゃなぁと、漠然とだけどあれこれ考えてたぐらいだからさぁ。八田部長やマミちゃんまでからんで、自分の周りで、そんな話が進んでたなんて、夢にも思ってなかったんだよ。

 だから山田なんとかにこう言ったんだ。「山田さん、あんたの用件は分かった。けど、あまりにも急な話で、あんたほど頭の良くないオレには整理が必要だわ。しばらく考える時間をもらえませんかね。必ず連絡しますから」って。

 「承知いたしました。私もこの世界での仕事がすっかり長くなりましたが、過去の経験から申し上げると、決して悪い話ではありません。良いご返事をお待ちしております」

 山田何とかはそう言って、伝票を持って立ち上がり、礼を言って立ち去った。コツコツと、いかにも高価なんだぞって靴音を立ててね。どこぞの香水、複雑な香りを去り際にふわっとふりまいてさ。

 さ~て、本題はここから。まずは電話、まずは八田部長からね。ラウンジを出て、同じフロアの喫煙所に行って一服してからさ。

 八田部長は休みにもかかわらず、すぐに電話に出たよ。まるで待ち構えてたようにね。

 「おーっ、谷やん。展示会はお疲れだったね。で、どうだった? 展示会じゃなくて、山田さんの話のほう。オレからあれこれ説明したら谷やんは激高して話なんか聞かないだろ。だから山田さんから話してもらったんだよ」

 先にそう言われると、言えなくなるわさ。「ふざけるな!」とはさぁ。「課長次長とか次長課長だかってお笑い芸人がいるらしいじゃないですか、オレは顔も見たことないけど。部長が社長でオレが副社長って、新しいギャグか何かですか? ちっとも笑えないし」 って言うのがせいぜいだった。

 「まぁ、谷やんの人生だからさぁ、ゆっくり考えてよ。でもこれだけは言っておくぞ。俺の社長は、谷やんがいて成り立つ話なんだ。谷やん抜きなら、俺に社長なんて務まらないんだ。普段は照れもあってなかなか言えないけど、これはホントの話。谷やんが今回うんと言わなかったら、俺が社長の話もマミちゃんの話も、退職の話もなし。この話自体が『なかったこと』になるんだ」

 って、先に言われたらさぁ、急に責任重大に感じちゃってさぁ。オレがうんと言うか、いやだと言うかで、二人の人生も変えちゃうんだなぁって。「部長、分かった。3分後にもう一度電話する」って、一旦電話を切ったんだ。

 もう一度同じフロアの喫煙所に戻ってタバコに火をつけて、すぅっと深く煙を吸って、吸い口から口を離して空気を取り込んだあと、ゆっくりと煙を吐き出した。ニコチンが体中をぐるっと回るのを感じるんだ。マスターなら分かるよね。

 3口か4口ほど吸ったあと、まだ半分ほど残ったタバコをぐいっと灰皿に押し付けて外に出て、再び八田部長の電話を鳴らした。

 「なんだ、えらく早かったな。別に返事は今日じゃなくてもいいんだぞ」

 って、えらく素っ気ない返事なんだ。で、こう言ったんだ。「いきなり副社長と言われてもピンとこないから。まずは今の次長から一つえらい部長にしてもらえませんか。しばらくそれで仕事をして、『どうしても』って時期が来たら、またえらくしてください」ってね。

 「分かった。じゃあそうしよう。今の会社をいつ辞めるとか、どうするとかは、またゆっくり考えようや」
 
 そう言われたんで「分かりました。明日からまた、よろしくお願いいたします」と言って電話を切ったんだ。

 

――あらま。と、いうことは、たにがわさん、万年次長がついに部長に昇格ですか? タイトルやプロフィールを変えなきゃ……、いや、おめでとうございます。まずは乾杯しましょうよ。たにがわ部長に乾杯! まだまだ話は続きそうですね。夜はまだまだ長いですから。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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