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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#97 図体ばかりが立派でもねぇ…。

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 祝日の今日もお仕事でしたか。今夜もお疲れのようすですが、大丈夫ですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。ウチの若い衆を例のホレ、東京モーターショーじゃなくてええっと、いつも名前が出てこない、ジャパンモビリティショー2023に行かせたんだよ。先週オレが行って良かったからさ。最近入ったその若い衆は初の東京出張で、行く前から相当気合が入ってたらしくて、2日にわたって会場内をくまなく歩いたらしい。昨日の朝に出社早々、嬉々として報告してきたんだけど、昼めし食った後に「疲れ切って具合が悪い」と言い出してさ。他人の体調なんて本人しか分からないから、真偽のほどはともかく帰らせたんだ。そうしたら、月末締めのやり残しがあれこれ出てきたんでしょうがない。オレが若い衆に代わって事務作業だよ。朝からパソコンとにらめっこ。もう目がショボショボで、目を開けてられないぐらいぐらいで大変だったよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「祖父江ぎんなんの塩ゆで」ってマスター、地元の人しか知らない食材をよく集めてくるね。むかしお呼ばれした神楽坂の料亭で出された時にはびっくりしたよ。思わずどこの祖父江? って、女将さんに聞き返しちゃったもん。地元よりも格段に評価が高い食材なんて、知多半島のフグぐらいしか知らなかったよ。そうそう、あまり知られていないって言えばオレの仕事の世界でもあってさ。町工場の創業者って、どうしても機械のスペックやデザインばかり気にするけど、SIerの世界じゃ、大事なのはそこじゃないんだよなぁ……。


 あれはいつ頃だったっけなぁ。前の前の職場で機械商社にいたころの話だから、かれこれ10年以上前、15年ぐらい前、いやもっと前だったよなぁ。そうそう、ホームページを見て、念のために会社登記を取り寄せて確認したら本社が品川で、アポを取って訪ねて行ったら普通の民家だったんだ。インターホンを押したら奥さんらしき人が出て、「主人は大田区の工場に出ております」って言われて慌ててタクシーに飛び乗って、隣の大田区にある工業団地内の工場に行ったんだよ。

 当時は町工場のホームページなんていいかげんで、住所が登記上の本社なのか工場なのか、正確じゃなかったんだよ。まぁおそらく、今どきホームページぐらい作らなきゃと言われて作ってみたものの作りっぱなしで、工場を移転してもホームページはそのままほったらかしだったんだろうねぇ。大田区の工場を訪ねたら、そこそこ年数が経っててますます不思議な気分だったよ。あのホームページは一体いつ作ったんだってね。

 そうそう、そこが北山製作所っていう、自動車部品を作ってる町工場なんだ。聞けば北山社長は工業高校を出て、若いころに町工場を転々としながら旋盤操作の腕を上げて、30過ぎで独立した会社らしい。

 創業間もないころは中古の機械を買って、1個2円数10銭の加工賃で量をこなし、カネを貯めては1ランク上の中古機を買い、さらに1ランク上の中古機を買い、40歳を前にようやく、念願だったオーヤマの新品の旋盤を手に入れたんだ。当時から「オーヤマの旋盤、オーヤマの旋盤が欲しい」って言い続けてたから、新品の旋盤を据え付けた時には、お神酒をかけて内輪だけで祝ったらしい。

 オレが訪ねた15年前は北山社長は60歳の還暦を過ぎて社長を息子に譲り、自分は会長になってた。オーヤマの最新の旋盤がずらりと並んで、従業員も50人ぐらいいたんじゃないかな。オーヤマの社長が東京に出張するときは、営業部長と東京支社長を連れて必ず北山製作所にあいさつに立ち寄る、いわばオーヤマの優良顧客だったんだ。

 10年ぐらい前かな、会長から電話で「うちもロボットを入れたい」って言われたんでオレは飛んで行った。そうしたらあいさつもそこそこに「スイスのKBBのロボットを入れたい」って言われてね。どうやらネットの動画配信サービスの映像を見たらしく「あれがいいんだ、KBBが欲しい」って、オレの話なんか全く聞かないんだ。よほどその動画が気に入ったらしい。

 KBBはいいロボットだよ。本体のデザインもメーカーのロゴも、国産よりも洗練されているし。でもさ、当時は協働ロボットもいいのが出始めた時だし、メーカー名で指名買いするのはまだ早いって言ったんだ。北山会長の希望だけはとりあえず洗いざらい聞いて、一旦は持ち帰ることにした。希望たって、当時は旋盤へのワークの取り付けと取り出しだけなんだけどね。

 とはいえ、北山製作所が加工している部品ってのが、部品の最終仕上げの加工で、その先はユニットに組み上げられていく大事な仕事なんだ。納品先でも組み付け前に全数検査をするけど、不良が見つかっていくつか弾かれるような事があれば、取引中止だって起こりかねない。いくら加工工程間のワーク搬送だといっても、そこはやはり慎重になる必要がある。

 オレはまずは工程の仕組みを考えて、カメラやセンサーなどの必要な周辺機器やなんかと一緒に提案書を書いて、北山親子に持って行った。

 何て言われたと思う? 北山会長は開口一番「何でKBBじゃないんだ! オレはKBBがいいのに」ってさ。

 だからこう言ったんだ。KBBはいいロボットですよ。でも、まずは国産のものにしておきましょう。今回がロボットの導入は初めてだし、ロボット本体のトラブルへのメーカー対応は国産の方が半日から1日早い。国産ロボットの方が2割ほど安いから、浮いた分は画像センサーやシステム全体への投資に回しましょうってね。ロボット本体だって、当時のマニュアルは簡単な事は日本語に対応しているけど、込み入った話や詳細になると英語でしか書かれていない。急なトラブルに、翻訳ソフトや辞書片手に対応するんですか? ってね。

 加工するのは精度や納期に正確性が求められる自動車部品だし、今回は国産を導入してみて、今後の増設やシステム変更の時に、KBBにしたらどうですか、ってね。

 会長は「分かった、任せる」って言ってくれた。

 翌年の増設の時も、3年前の工場拡張の時も、会長が選んだのは国産のロボットだった。最近は動画配信サービスの動画で「いいのを見つけた」って、台湾製の協働ロボットの導入を模索しているみたいだけれど。

 攻めの営業で、客をあっと驚かせるのもいい。客の要望をそのまま受け入れるのもいい。でも、オレが大事にしたいのは、客の使い方や、トラブル発生時にどう対応できるかなんだ。初めて入れたロボットのトラブル対応時に、どんなエラーなのかが瞬時に理解できなきゃ、SIerの仕事じゃないよね。

――どんな仕事にも、道具を選ぶにはいろんな苦労があるんですねぇ。しかも、町工場で使う機械や道具って、結構お高い買い物でしょうし。道具選びが、そんなに大変な仕事とは知りませんでした。そういえばこの店だって、私好みの使い込んだ道具だらけですもんねぇ。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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