全人類、スクリャービンのワルツを聞けという話
はじめに
ここ数日の関東圏は急にめちゃくちゃ暖かくなって、どう体温調節していいんだかわからなくなりがちな季節になりましたね…
20℃くらいが一生続けば困らんのだけど、妙にその時期って短いからなんだかなあと毎年なったりならなかったり。
で、突然ですが、この記事開いた全人類は下の動画の曲聞けください(強制)
めちゃくちゃいい曲だと思いませんか?思うよな?なあ?思うと言え(食い気味)
ということで、今回はこの曲の作者であるスクリャービンについて語ろうかなと思います。
注)音楽素人が勝手に語っているだけなので、事実と違う内容や適当な解釈が混入している可能性があります。ご了承ください。
↑の曲について
とりあえずこの曲の良さについて話すところからはじめましょうか。
この曲、タイトルは "Valse Op.38"といいます。Op.38はおなじみの作品番号で、38番目の作品という意味です。
で、問題の"Valse"、どう考えても「バルス!」(男女二人の絵)を想像したくなるスペリングしてますが、実は「ワルツ」という意味です(発音はヴァルス)。え、ワルツってwaltzじゃないのと思った方もいると思いますが、waltzは英語(語源はドイツ語)で、valseはフランス語、という言語的な違いがあります。
さて、ワルツといえばあの華やかな3拍子で「ブンチャッチャ」っていわせる曲を想像すると思います。チャイコフスキーの花のワルツなんか想像しやすいですね。
ところが、この曲最初から最後まで聞いても、明確に3拍子だ!って飛びつける場所がかなり少ないことがわかると思います。
そうなんです。このワルツ、めちゃくちゃ自由なんです。そしてそれがこの曲の最大の特徴であり、私がひと聞き惚れした理由でもあります。
終始一定のテンポや3拍子というリズムの枠に囚われることはなく、ふわふわ、きらきらした空間を揺蕩うようなフレーズ、風や水の流れも連想させるようなフレーズ、しかし後半には激しく、壮大で煌びやかで、本当にワルツなのかと思うくらい一曲の表情が変わる、そんな曲だと思います。
上の動画では楽譜が一緒に流れているので、楽譜を軽くでも読める方ならお気づきだと思いますが、3拍子の曲に容赦なく4連符、5連符が混入し(というか開幕1小節で4連符がでてくるワルツなんて見たことないけど)、フレーズの拍の使い方は自由で、要所要所でリタルダンドがかかり、装飾音符もちりばめられ、その結果まるでテンポという概念を脱してそうな曲と化しているわけです。
引用元の動画のコメントで、こんなコメントがありました。
"Who said waltzes are always meant to be danced when they can actually dance inside your mind?"
「ワルツは、実際に心の中で踊れるのに、誰が常に踊るためのものだと言ったんでしょうか」(拙訳失礼)
ワルツは、日本語では円舞曲と言います。つまり、基本的にワルツと名付けられたものは舞踏会等で踊ることを想定して作られた曲、ないしその形式を継いだ曲がほとんどです。いうなれば、踊るための曲です。
しかし、スクリャービンは、ワルツは”踊るための曲”という概念をこの曲で見事に覆しました。ワルツは実際に踊るのが大事じゃなくて、一人ひとりが心の中で踊れればそれがワルツなんだ、そう教えてくれるような曲なのかもしれませんね。(と勝手に思っています)
スクリャービンについて
ついでに、この曲の作者であるスクリャービンについても語っておきます。
アレクサンドル・スクリャービンは、19世紀末~20世紀初頭にかけて活躍したロシアの作曲家です。モスクワ音楽院を卒業しており、同期にはあのラフマニノフがいます。作曲だけでなくピアノの腕前も一流で、音楽院のピアノ科の卒業試験では、ラフマニノフが首席、その次にスクリャービンだったほどだそう。
多くの超絶技巧の曲を弾くことに熱中していたそうですが、結果的に手首を故障したことで演奏ではなく作曲に心血を注ぐことになります。
スクリャービンは43年という短い生涯のなかで、多くのピアノソナタを残していることで有名です。私は音楽素人なので詳しい理論的な話まではわかりませんので触れませんが、聞けば誰でもわかるような独特の音・リズムの使い方をしており、実際聞いてみると彼の独自の世界を感じ取れる作品が多いことは事実です。
また、スクリャービンは神秘和音と呼ばれる和音を生み出したと言われています。かなり変わった和音ですが、どこか神秘さを感じる不思議な和音で、彼の後期の作品によく用いられています。
そのため、特に後期のピアノソナタやオケ曲を聞くと、神秘和音をはじめとした独特の音の使い方が増えるので、スクリャービンの独特な世界をより強く感じることができるかもしれません。
彼が神秘和音を作り出した一つの理由として、スクリャービンは後期に特に神秘主義的な思想を持ち、それを作曲に反映させていたことがあげられます。30代にニーチェの超人思想にドはまりし、それに関連して神智学にもはまり、そして行きついた先が神秘主義を反映した作品たちでした。
上で後期の作品は特に独特だと触れましたが、このような経緯があったからこそ独特な作品が生まれたわけです。
しかし、この神秘主義というもののイカレっぷりはなかなか強烈なものがあります。
まずは交響曲第4番「法悦の詩」。神秘和音のオンパレードで、ずっと神話的な音というか、超自然的ななにかを見せられてる気分になってきます。けど意外とちゃんと聞くとかっこいいとこある。特に後半盛り上がってくると壮大さがマシマシで聞きごたえたっぷりで、終わり方もかっこいい。
勝手な解釈ですが、中盤までは神仏の教えを聞き受け入れる段階(法)、最後の盛り上がりと長調チックな終わり方はそれを信じる喜び(悦)なのかなあと思ったり思わなかったり。個人的には結構好きというかアリな曲。
続いては交響曲第5番「プロメテウス(火の詩)」。先ほどの第4番からさらに神秘性が増したというか、やはり火というだけあって激しいというか、なんというか…(言語化不能)
ちょっと調べたんですけど、ギリシャ神話ではプロメテウスが火を人類に与えたことで文明が栄えたが、同時に戦争の文字通り火種となったため、それ怒ったゼウスに刑を与えられたらしいです。そんな感じで憎悪もありそうな激しい曲が終始続くので、なかなか尖ってるなあという印象があります。
しかしこの曲、これだけではなくて、実はスクリャービンはこの曲で視覚と聴覚を合わせた芸術を目指そうとしていたらしいです。具体的には、ピアノの鍵盤を押すと色のライトが投射される「色光ピアノ」なるものを使って上演することを計画していたとか。
最近のピアノ動画でたまに見る、下に手元映像、上からMIDI譜みたいなのが降ってきて、演奏者が弾くと鍵盤がその色に合わせて光るみたいな演出、あるじゃないですか。
↑こんなの。(この方のワルツも優雅で素敵ですよね)
これをもっと派手に光らせたらそんな感じになるのかな~、なんて想像したりしてました。
もしスクリャービンがこのようなものを画策していたとしたら、100年後にこのような形で実現していると考えるとちょっと面白いなと思いました。
さて、この神秘主義の究極形ともいえる作品があります。
「神秘劇(Mysterium)」といいます。
この楽曲は、世界の終焉や人類のより高貴な存在への昇華というテーマに沿って作成され、上演にあたっては、聴覚だけでなく、パフォーマンスやライトを含めた視覚効果、そしてなんとお香による嗅覚効果も用いることが想定されていました。計画では、ヒマラヤ山脈の麓で7日間にわたって上演するつもりだったようです。
残念ながらスクリャービンは作成途中で亡くなってしまいますが、序幕という題名で前奏曲のスケッチが遺されており、それをネムチンが完成させ、「神秘劇序幕」という作品が出来上がりました。序幕といいながらなんと3時間近い!!まったく恐ろしい作品です。
超自然的、神秘的でありながら、根源的な恐怖も想像させる音使いもあり、上演の効果や上演時間を考えるとほんとにやろうとしてたことの壮大さを実感します。
が、3時間全編にわたりずっとこの手の和音が流れ続けるため、聴覚だけだと頭溶けそうになります。これ3時間ちゃんと真面目に聞き続けられる人、すごい。
一曲が長いしこんな曲なので、これが演奏された回数はおそらく片手で数えられる程度だと思いますが、なんと下の動画の演奏は、ピアノをウラディミール・アシュケナージが弾いています。豪華…(ちなみにアシュケナージはラフマニノフだけでなくスクリャービンもめっちゃ弾いています)
おわりに
長々と語っちまったなあ…
ベートーベンとかショパンとかの王道とはかけ離れた、なかなか変わった作曲家をご紹介しました。いかがだったでしょうか。
これで君も今日から音楽オタクのふりができる!……はず。
たまには現代音楽聞いてみるのも面白くていいですよね。
ではまた!
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