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控訴審判決の評価

■控訴審判決の構造

控訴審判決の構造はざっくり言うなら、このように言えるだろう。
①地裁判決に見た非常識は相当部分が是正された
②しかし「不同意」は現状維持で変更なし
③そのため「名誉毀損」と「プライバシー侵害」は(一部DRDを除いて)阻却。

賠償金額については、原審の控訴原告側の負担330万円→控訴審332万円にアップ、引き換えにDRD名誉毀損該当分△55万円で差し引き287万円。訴訟費用の負担は1,2審合算分の3/50が伊藤側負担、47/50が山口側の負担。

注目すべきは②と③の関係であり、高裁は地裁からほぼ進化のない粗雑な理由で以って「不同意」を追認したが、その認定を基として③の判定が導かれていること。以下、①~③をそれぞれ詳解する。

■地裁判決からの変更点

地裁判決文に見られた、一般人を仰け反らせるほどの非常識はこの度の高裁判決では相当部分が是正されていた。代表的な項目を以下に。

居所が原宿だったこと

地裁:被告は原告が当時、神奈川に居住していたと思っていたと供述するが、原告はあらかじめ被告に対し原宿に居住している事実を告げていたと供述していることに照らし、信用することができず(略)帰宅のため原告をタクシーに同乗させた被告が、原告の帰宅先を尋ねていないこと自体不自然というほかない。
            ↓(是正)
高裁:被控訴人は、控訴人に対し、原宿に居住していることを話していたから、控訴人は、被控訴人が原宿に住んでいることを知っていた旨の供述をするが、その会話を裏付ける証拠は存在しない上、控訴人がこれを否定していることに照らし、被控訴人の上記供述を採用することはできない。

ホテルへ同行させる行為

地裁:本件寿司店と恵比寿駅は徒歩わずか5分程度の距離であることを踏まえると、本件寿司店を出た時点で、被告が自らとともに原告をタクシーに乗車させた点について合理的な理由は認めがたい。
            ↓(是正)
高裁:被控訴人を本件ホテルで休ませてから帰宅させるのが無難であると考えたとの控訴人の供述内容は、相応の合理性を有するものということができる。

自宅待機中(出社に及ばず)の期間に仕事をすること

地裁:TBSから出社に及ばずとの通知を受けていたのであるから、米国の政治の動向を確認することが職務上必須であったとも認め難くこの点においても、被告の供述はにわかに信用することができない。この点においても、被告の供述はにわかに信用することができない。
            ↓(是正)
高裁:ワシントン支局長の地位にある以上、日々の米国政治の動向を確認するということも、特に不自然・不合理であるなどとはいい難い。

タクドラの「まだ仕事の話があるから、何もしないから」

地裁:「その前に駅で降ろしてください」と述べた原告に対し、「まだ仕事の話があるから、何もしないから」などと述べて、原告をホテルに同行させた事実が認められる。
            ↓(是正)
高裁:控訴人が、酩酊しながらも目黒駅で降車したいと言い張る被控訴人を宥めるためにした発言であるとみる余地がある。

*「仕事の話がある」、「何もしないから」も初期の新潮による取材内容からは疑わしいし、仮に事実だったとしても「まだやるべき仕事がある」との意だった可能性が高い。

カルテの信用性

地裁:イーク表参道のカルテには、避妊具が破れたなどと客観的事実に反する記載がある点で、記載内容の正確性に疑義がある。
            ↓(是正)
高裁:被控訴人がイーク表参道の医師に対し、上記診療録の記載どおりの申告をし、これを同医師が診療録に記載したと認めるのが相当である。上記の診療録には、避妊具が破れたといった客観的事実に反する記載が合わせて記録されており、その意味では、被控訴人が、同医師に対し、その理由は必ずしも明らかではないものの、本件行為のあった時間を含め、混乱等を背景にその認識とは異なる申告をしたとみる余地がある。

夜中に覚醒したこと

地裁:本件寿司店において強度の酩酊状態になり、本件居室に到着した後も嘔吐をし、被告の供述によれば一人で脱衣もままならない状態であったという原告が、約2時間という短時間で、酔った様子が見られないまでに回復したとする点についても疑念を抱かざるを得ない。
            ↓(是正)
高裁:依然として酩酊状態にあったとはいえ、一旦は目を覚ましてトイレに行き、控訴人との間で、「私は不合格ですか。」などの会話をしたとみる余地がないではない。     

*その他、地裁の「シャワーを浴びてないので不同意」、「Tシャツの不自然」、「馬乗り」、「裸身でバスルームから出てくる不自然」等々については一読の限り明確な肯定はおろか言及すら見当たらない。控訴理由の請求内容に照らして、抜け・漏れの該当項目はあらためて纏める必要がありそうだ。

■「不同意」の根拠

一審で「不同意」を認定した根拠を高裁でも踏襲しているが、控訴審にて新たに上乗せされたのが関係性の希薄さだった。1,2審ともに虚偽の申告をする「動機」は不在とみなしている。

地裁:この捜査機関への申告については、被告がTBSワシントン支局長を解任されたのは同月23日であり、原告が本件行為に係る事実を警察に申告した同月9日の時点では、被告は同支局長として原告の就職のあっせんを期待し得る立場にあったものであるから、原告があえて虚偽の申告をする動機は見当たらない。
            ↓(維持+上乗せ)
高裁:・従前、控訴人と被控訴人との間には、性的行為を行うことが想定されるような親密な関係があったとは認められないことや、被控訴人が、本件行為があった直後から、友人、医師及び警察に対して、性的被害を受けたことを繰り返し訴えていることについては、被控訴人の供述を前提にすると、事実の経緯として、合理的かつ自然に説明することが可能であるということができる。

・控訴人がTBSのワシントン支局長から更迭されたのは平成27年4月23日であるが、被控訴人はその前の同月6日以降には、性被害を受けたことをその友人に相談し、さらに警察署に申告したのは同月9日のことであるから、それらの相談や申告の時点では、被控訴人は、控訴人が従前と変わることなく、上記支局長として被控訴人の就職をあっせんし得る立場にあるものと認識していたというべきであるから(控訴人も、何らかの懲戒処分等が行われたとしても、同支局長を更迭されるとの人事異動は予期していなかった旨を述べている。)、そのような認識を抱いていた被控訴人において、何ら状況の変化がないにもかかわらず、ことさらに虚偽の申告を行うべき動機をうかがうことはできない。

・被控訴人において、真実は被控訴人が控訴人との性行為に同意していたのに、控訴人が被控訴人の同意なく性行為に及んだとの虚偽の申告を行うべき動機は、証拠上認められず、被控訴人が控訴人を恨んでいたなどの事情もうかがわれない。

・これを公表することによって、自己に有利な就職あっせんの便宜を得ようとの思惑があったとか、控訴人に対する非難を繰り返すことによって、ジャーナリストとしての社会的注目を受け、国際的にも注目を浴びる存在となって活動範囲が広がるなどの社会的・経済的利益を実現しようと思っていたなどとは、およそ認め難い。

■「名誉毀損」と「プラバシー侵害」の認定パターン

控訴原告は、名誉毀損として週刊新潮記事から5件、司法記者クラブでの会見内容から7件、BBの記述内容から26+2件の計40件、プライバシー侵害では6件+7件+26件+6件の計44件の請求を行っていた。

判決ではDRDに関する名誉毀損認定を除いて全件が棄却された。「名誉毀損」のケースでは不名誉にはあたるもののa公共性と公益目的ならびにb真実相当性が認められており、bを認める根拠といえば、上記の不同意の根拠に依拠するといった粗雑な論理であり、その大凡が「伊藤さんの言うことは信じられる」∴ゆえに(乳首も膝もetc.も)真実相当性がある、という筋道。

プライバシー侵害については、概ねプライバシーの侵害には該当するものの、公表の必要性と比べた場合の比較考量において問題なしといった理由付けがなされている。

■問題点の指摘および所感

認定方法における誤謬

上記のとおり、「名誉毀損」と「プライバシー侵害」の認定の仕方は、はじめに(地裁と同レベルの雑駁な根拠で)伊藤さんの弁は信用できるとして「不同意」を認定し、次に「彼女の言うことは信用できるし、そもそも「不同意」なんだから、したがって(公表行為の)~も~もお咎めなし」という論理構造になっている。本来はそうではなく、各公表内容の真偽と妥当性を逐一検討し、それらを積み上げて帰納的に「言い分が信用できるかどうか」を査定したうえで総合的に判定しなければならない。判決は逆になっていて結論が先で、結論から演繹的に理由を導いているし、結論と根拠が循環する循環論法となっている。

かくしてDRDを除いて、朝5時の傷害(乳首、膝、あざ)については、弁論準備手続を通して完全論破かに見えた項目が判決で唐突に覆され、全てが問題なしとされた。

控訴審判決は著書BlackBoxに記された内容をDRDを除いて全て認めた格好である。この事件は、BBに書かれたとおりのストーリーだというのが東京高裁の見解である。

判決内容の問題点

「意識」と「記憶」の混同についても、重要な論点として医学的な論争が続いたにもかかわらず、判決では(努めて「記憶」という言い方を採用しているものの)控訴被告側を引用する場面では「意識」を明確な理由なく是認している。

飲酒量につき、DRDなく控訴被告が申告する飲酒量で「酩酊」に至る根拠は薄弱であり、(飲酒量に限ってはご都合主義的に控訴原告の主張を基にプラスαの酒量を認定しているが)医学的な意見書対決では控訴原告の手塚意見書が控訴被告の藤宮意見書を完全に凌駕していた。膝においても整形外科の福内医師の意見書で王手。判決は受傷日3/31との申告を完全無視している。

しかし根本的な問題は控訴審で地裁判決と同様に、控訴被告には「偽証の動機がない」と粗雑に認定したことにあるだろう。浮世離れした認定には世間知らずと言うほかない。本気で言っているのだとしたら、むしろ何故そうまでして控訴被告の肩を持ちたいのかと訝ってしまう。Y弁護団が述べてきた「心理の変遷」を黙殺し、まるで弁護団が公表行為の段階で「就職動機」が存続していたと主張しているかのように見なしている。ストローマン論法である。

準強姦→強姦致傷→同意の有無へと控訴被告の主張は大きく変遷したが、この最大の論点についての納得できる説明はなかった。

控訴原告側弁護団の、あの血の滲むような努力の積み重ねは何だったと言うのだろう。この裁判が孕んでいた、一般社会で①性被害が言ったもの勝ちになる、②ポピュリズムの司法への干渉、③民事が”実質的に”刑事判断を覆してしまう先例、等々の危惧は現実のものとなった。刑事不起訴の人物が薬物レイプ犯として世界中から壮絶なバッシングを受ける事態に対して裁判所が歯止めとなるかわりに、高裁はその社会的責任を放棄し、逆に推進するかのような反公益的な判決を書いたのである。