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はすみとしこさんとRT裁判

この裁判は伊藤詩織さんを原告とし、はすみとしこさんと氏のツイートをリツイートした一般人2名、計3名を被告として昨年6月に提訴されたもの。昨年6月8日の伊藤側会見では一般人のお一人はクリエイターの方(ここではA氏とする)、もうお一人は医師(ここではB氏とする)と紹介されていた。

問題のツイートははすみさんによる一連のツイート/イラスト計5点で、うちAさんはNo.3のイラスト(枕営業大失敗)を、BさんはNo.4の(ヤマロ沙織)をそれぞれRTしている。3名は全員が争う構えで、それぞれ個別に代理人を立てて個々に裁判に臨んでいる(A氏については本人訴訟となる可能性も)。

訴額ははすみさんが550万円、A、B両氏はそれぞれ110万円だ。

各自の応戦の論法

■はすみさんは当人がネット上公開で表明されていたとおり、「イラストは架空の人物であり、伊藤氏を揶揄したものではない」との趣旨。

■Aさんも、はすみさんが代弁されていたように、「伊藤氏とは知らずに単にイラストに惹かれた」というもの。Aさんはクリエーターであり、イラストに描かれた峰不二子的なキャラ--女を武器にし自己中で時には仲間を裏切ったりするものの結果は得られないことが多い--を創作上の面白いキャラクターと見ており、イラストにも同種の魅力を感じたとのこと。Bさんの弁護士も伊藤詩織氏側が主張する「RTは賛同の意」との主張に対して、RTには様々なケースがある旨を反論しているが、Aさんの場合は「画像の一時的な保存目的」だったと反論。

■Bさんは、「公益性」を以って真っ向から反論する格好だが、代理人の論法が素晴らしく、以下に紹介したい。

Bさん代理人の論法がお見事!

1. 問題のイラストで、女性を「伊藤」でなく「山口」とした理由を(作者の意図から離れて)客観的に解釈すると、「ヤマロ沙織」という人物に仮託して山口氏の言い分を語らせることにあったと認識できる。 
 
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2. 伊藤・山口の両氏は、刑事・民事と複数の訴訟を介在させながら、全面的に主張内容がくい違って先鋭に対立していた。

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3. 原告も山口氏も犯罪行為があったとして告訴されていて、かつ、公訴が提起されるに至っていない人にあたるため、刑法230条の2項によれば「公共の利害に関する」ものである。

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4. それらの人物が真っ向から対立して互いに主張を戦わせている最中なのだから、互いの主張内容はまさに「公共の利害に関する事実」である。

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5. 山口氏と伊藤氏は共に公人である。元TBSのワシントン支局長でありマスコミにも登場する山口氏はもとより、伊藤氏も#MeToo運動において著名で日本において重要な地位を占める原告もいわゆる公人であり、(訴状・請求原因第2の9項)で紹介されているとおり今後の性犯罪救済・男女差別解消や#MeToo運動の行方を握る重要人物の一人であり、その言動の是非や正当・不当は、公共的・公益的に重大な影響を与える。

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6. したがって伊藤氏の主張内容のみならず山口氏の主張内容は、公共的・公益的に極めて重要な意味を持ち、公的表現たる公共的・公益的議論の対象に据えるのに値するものである。

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7. 被告Bのリツイートは、この公での議論に必要な素材をそのフォロワーに情報提供したものであるからして、名誉毀損には当たらない表現行為である。


ちなみに訴状の論法はといえば、伊藤山口民事一審の鈴木判決に全面的に依拠しており、伊藤詩織さんを「性被害者」と同定し、訴状で伊藤氏を次のとおり紹介している。

「性犯罪の被害者で、自らの苦しみを他の同様な境遇にある者の苦しみ、すなわち性犯罪の被害に遭いながら加害者や社会の偏見を恐れて被害を訴えることができない多くの被害者の苦しみとして捉え、多くの被害者が声をあげることができる社会のための一助になろうとして、想像を絶する精神的な重圧と戦いながら、顔と実名をあきらかにして社会に向けて被害を訴えた者」(訴状・請求原因第2の9項)

ここで、伊藤氏の事件をウォッチしている人なら誰でも気になるのではないだろうか。控訴審で一審が覆ったらどうなるのだろう?と。

すでに6月8日の会見で、朝日新聞社・新谷氏から同様の質問がなされている。山口敬之氏の控訴審がこの名誉棄損訴訟に与える影響を山口元一弁護士に問うたのだ(末尾動画50:36頃)。

問いに対して山口元一弁護士は次のとおり答えている。「法的には、公的事項に対する言論は真実性or真実相当性と公益性の2つで測られるが、後者については真面目に世に問うものか否かで測られる。そのため法律上は仮に真実性のところで違った判断が出たとしても、これらイラストやツイートは公益目的が認められないので違法だと考えている、ただ事実上は(控訴審判決は)影響はあると考えている。当然、控訴審が係属中に名誉棄損の訴訟を提起するわけだが、詳細は言えないが自分なりに検討した上で提起している」

つまり、はすみさんのイラストには公益性がない、と。B氏代理人の抗弁は、山口元一弁護士へのストレートな反証となっていてお見事!と感心するばかりだ。

それにつけても言えない詳細とは何でしょうね。

はすみさんのイラストの公益性について筆者から付言

伊藤詩織さん側の訴状でも『そうだ!難民しよう』が批判的に取り上げられていたが、はすみとしこ氏は西尾幹二さんや曽野綾子さんがそうであったように、大勢が一方向に流されそうな時に、敢えて逆張りで社会に向けて警鐘を鳴らしてくれる貴重な存在だ。

『難民~』では、日本人の多くが能天気に”難民かわいそう~”に傾きそうな時に、「ちょっと待て!」と待ったをかけた。はすみさんの批判の対象はモデルの少女や難民全般ではなく、難民を神聖化する同胞の一群と、それに無批判に迎合・追随してしまう大衆、ひいては呑気な国民性に向けられていると当時から感じていた。難民の中には邪な者も居るのだから危機感を持てとショック療法で目を覚まさせてくれる効果だ。またそれは平場の欧州人の偽らざる本音でもあっただろう。難民の受け入れを渋る外国人たちについても、彼らは単に偏狭なレイシストではなく、それなりの理由があるのであり、「難民救済の必要性」と「難民流入による受入国の損害」はトレードオフの関係にあるという本来の構造に立ち返らせてくれる、公益性の高い表現だと感じた。

今回、対象となった5枚のイラストについても、(当人の創作意図がどうあれ)一方的な情報によって大勢がロクな吟味もなしに被害者像を固定させそうな時に、別の視角から異論を投じて対象を立体化させてくれる効果があった。一方が「被害者」で固定されれば他方は「加害者」である。「被害者の救済」は「冤罪の防止」とトレードオフなのだから、よほど慎重に議論しなくてはいけないところ、単眼的な思考で性被害者のみが爆走する危険な状況に歯止めをかけてくれたのだ。少なくとも筆者は公益に浴した。

最後に

同時期に伊藤詩織さんは、杉田水脈議員と大澤昇平さんを提訴している。山口敬之氏との係争を含めれば計4件、6名を訴えたことになる。

伊藤さんは自身が記者会見を開き、自著の出版で”性被害”を”公”に問うた。そうしたからには当然に公的な説明責任が生じる。後に世間に噴出した疑問の数々に向き合う代わりに、不愉快な言論を訴訟で口封じするのであれば、一審判決が認めた「公益性」とはほど遠いことにならないだろうか。当人にとっても初期の段階で世間の疑問に答えていたら批判は相当程度に緩和できたことだろう。

とまれ、これは鈴木判決が招いた帰結だ。眼下の濫訴の遠因は民事一審の鈴木判決が密室の「同意の有無」などという本来判定不可能なものをエイヤッで判定したのみならず、反訴の「名誉棄損」の訴えを一切認めなかったことに由来していると筆者は考える。世間では未だ多くの人が犯行時刻、薬物、診療内容、暴力行為などなど・・・事件について山ほどの解けない疑問を抱えたまま、性被害が「言った者勝ち」になる社会の到来に戦々恐々としているのだ。「公益性」を語った判決は、それ自体が結果的に混乱を助長するものであり、「公益」に反する不当で有害なものだったと思う。

*参考

【2020年6月8日の会見 はすみとしこ氏/RT2名】


【2020年8月20日の会見 杉田水脈議員/大澤昇平氏】