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入院40日目



 今日が正真正銘のクリスマスなのだが、朝にはとっくにほとぼりが冷めてしまっているのはキリストも納得しているのだろうか。


 例によって23時入眠の6時起床で、ここのところよく眠れている。

 受験生は、利尿剤を打っていないにも関わらずオシッコが止まらなくなり眠れなかったらしいが、6時には起きて活動していた。低血糖で起きられない僕を気遣って、チョコや飴玉を恵んでくれた。それらを舐めてもまだ横になっていたのはただの怠惰である。
 おかげさまで脳が目覚めて、ナースステーションまで自分の足で体重を計りにいくことができた。59キロ台すら割りそうな勢いである。


 昼前には、窓際の爺さんが退院した。これからは通院で透析になるのだが、昼は焼肉ランチがいいかな、と言っていた。人生を謳歌して死ぬタイプだと思う。

 廊下側の爺さんも日中は透析で不在で、僕と受験生の二人だけになった。


 受験生はすっかり体調が良くなり、一月上旬の受験本番に向けた勉強を再開していた。科目は生物基礎だった。

 参考書を少しだけ見せてもらった。「ランゲルハンス島」とか「ホメオスタシス」とか特徴的な単語の響きはよみがえってくるが、肝腎の内容がサッパリ思い出せない。
 なにを隠そう、高校の生物基礎の授業は50分を通して起きていられた試しがない。物理化学選択で捨てていたというのもあるが、先生の語り口が心地よすぎて、それが下手な睡眠導入剤よりも効くのだ。

 過去問では、過酸化水素水の触媒実験と、ヘモグロビン酸素解離曲線が出題されていたらしく、そこの対策をしていた。
 過酸化水素水の触媒として酸化マンガン(無機触媒)と生レバー(酵素)を比較するというもの。酵素には活動温度があること、触媒は反応前後で変化しないことを押さえておけば簡単に答えられる問題だった。
 ヘモグロビン酸素解離曲線は、それに比べると少し難しかった。
 ただ、看護師さんの検温時にとくに疑問も抱かずに計っていたパルスオキシメーターのSpO2とPaO2が関連づいたり、赤血球が酸素を運んでいたなと「はたらく細胞」を思い出したり、いまの自分の知識や経験を通して解いてみるといろいろなことが繋がってとても興味深かった。

 もっと真面目に生物の授業を受けていればよかったと思うが、実際、当時の僕がこの面白さに気づくことは天地がひっくり返ってもなかっただろう。

 恥ずかしながら、いざ自分の身に降りかかってから、腎臓の正確な位置を知った。そして、興味を持って自分の病気について調べるようになった。結局、自分が可愛いから、きっかけなんてそんなものなのである。
 こんなことがなければ、生物基礎を面白いと感じる機会すら訪れなかったかもしれない。

 僕の付け焼刃の知識で解説したところ、受験生も理解してくれたようで、同じく生物基礎の面白さに興奮していた。かなり遅いような気もするが、生物基礎ならばまだ間に合うと思う。

 ちょうど、彼と仲の良い先生が顔を出した。
「勉強してるんだ、偉いじゃん」
 そこからしばらく、その先生が過去問の解説に付き合わされることになった。「長年の謎が解けました」とか「めっちゃ分かりやすいです!」とか受験生の持ち上げ方も尋常じゃなかったが、それでも暇なのか気づけば1時間以上付き合ってあげていて、とても優しい先生だなと思った。

 さて、生物基礎を少しばかり解いて満足してしまっていたが、僕個人の勉強としては何も進んでいない。受験生に感化され、それからの資格勉強にはかなり精が出た。


 本来、勉強とは愉しいものだなと思う。

 僕は、いまさら生物基礎を解いたところで、どこかに受かったり、直接なにかに活かされるわけではない。受験生に受かってほしいから少し頑張ったが、純粋な動機としては面白いからである。

 資格勉強もどうだろう。会社から手当がもらえるというのはあるが、それを第一目標としてしまうと詰まらない。
 無理して愉しめ、というのは無理だが、疑問を片っ端から潰していろいろな知識と関連付けていけば、否応にも愉しくなってくる。だから、余裕があればなるべく時間をかけてじっくりやるのがよい。


 土日は外来のコンビニが17時には閉まってしまうので、夕方の早めの時間にホットミルクを買いに行く。
 受験生は昨晩眠れていないというのもあり、ホットミルク効果で夕飯前には随分と眠そうにしていた。
 明日、また勉強しよう。僕も頑張ります。


 夕飯はおでん、腎生検を思い出す。

夕飯はおでん

 仰向けのまま食べなくてはならなかったため、看護師さんに細かく切ってもらったり、汁を捨ててもらったり、ご飯もおにぎりにしてもらった。
 おでんを見るたびに思い出すだろうし、感謝しかないです。

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