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入院7日目


 目バキ(目がバキバキ)で眠れない。記憶が一瞬途切れたのはちょうど日付が変わったころだろうか。


 ヒーリング系の音楽をひたすら聴いていたが、それすらもうるさく感じてしまい寝返りを打っていた。4時にはまた目を覚ましてしまう。

 そろそろ看護師に寝込みを襲われて血を抜かれるころだろうか。今日の夜勤は今田美桜だからいくらでも抜いてもらって構わない。といってもまだ小一時間はある。

 病床の上でくねくねと、スマホをみたり、点滴台を眺めていると、今田さんが入ってきて、ものの見事に手際よく採血が終わった。

7_腹部エコー

 朝食を終えると、午後には腹部エコー検査があるので、昼は絶食となる。入院生活の数少ない楽しみであるがゆえに、一口一口噛みしめるように味わった。塩分控えめだからあまり味はしないのだけれど。

7_朝食


 窓際が空いたので移れないかという交渉は、粘りに粘って朝イチはOKをもらえたのだが、重篤な患者が重い荷物を持ってやってくるからと説明され、結局白紙となった。

 夢が潰えたわけではない。その患者がいなくなれば次は僕の番、らしいがいつになることやら。仕方ない。治してもらってる分際で贅沢は言えない。


 10時ごろ、僕の病床の周りに看護師や先生たちが集まり、物々しい雰囲気となった。これから抗がん剤投与が始まる。

 まずは点滴ルートの入れ替え。担当の研修医曰くそこまで難しい作業ではないとのこと。ただ、それでも前やってもらったよりは痛かった。「痛くないですか?」と聞かれ、そりゃなんか刺さってるんだから痛えだろと思いつつ、まあそういう意味ではないんだろうなと察して口をつぐむ。


 まずはグラニセトロンという制吐剤を点滴で投与。名前のとおり、抗がん剤の副作用である吐気や嘔吐を鎮める薬なので、事前に入れておかなくてはならない。生理食塩液とともにパラレル接続で投与したのだが、制吐剤がなかなか滴下せず、しばらく腕を下げておけとの指示。

7_エンドキサンパルス療法

 点滴で直接血管に投与するためには、そもそも血圧より高い圧力をかけなければ入っていかない。そのため、点滴の袋を高いところに配置して位置エネルギーを得ていることになる。間に機器を挟んで注入速度を制御したりとかはあるんだけれど、仕組み自体は考えるまでもなく原始的で、それがいつまでも淘汰されないのが面白い。


 制吐剤の投与が終わると、ここから抗がん剤――シクロホスファミドの投与(エンドキサンパルス療法)が始まる。今度は皆使い捨ての防護服のようなものを着ている。少量でも被ばくするから、とカーテン越しに聞こえた。もともとは第一次世界大戦の生物兵器として開発されていたものらしい、事前に先生からそういった歴史の話も聞いていた。

 投与中、別の看護師がきて、抗がん剤が入っているから立って小便はしないでほしい、トイレも念のため二度流してほしいという忠告を受けた。

 一時間で500mlを一気に注入。先に書いたように注入速度を機器で制御しているのだが、抗がん剤がいつもより多めに入っております状態で、予定時刻になるとピーピー鳴るのだが、それでも袋の中に少しだけ残ってしまっていた。そのたびに看護師が設定をし直してピーピー鳴るのを待つのだが、それでもまだちょっとだけ残っている、というのを何度か繰り返した。ちょっとだけ余分に設定するのはいけないのだろうか。

 それが終わると、もう何を入れているのかよくわからないが、生理食塩液のようなものを何本か矢継ぎ早に投与。15時ごろまでずっと点滴を打っていた。おかげさまで空腹感を感じることはなかった。


 ちょうど点滴が終わったころ、腹部エコー検査に呼ばれる。投薬直後だから、車椅子を用意しているとのこと。

 「歩いていけるのに車椅子で運ばれるのは不思議な気分ですね」と話しかけたら、爺さん看護師に「でもね、それが一番危ないんですよ」と言われた。たしかに言われてみると次第に眩暈というか、頭がクラクラしてきた。ああ、患者だなと、外来病棟の廊下を車椅子で押してもらっている間、どんよりとした窓の外を眺めていた。

 腹部エコーは妊婦さんがよくやっているイメージだったけれど、最初に担当したお姉さんが相当グリグリ押しつけてきて、みぞおちを執拗に狙ってくるのでボディーブローのように効いてきた。腹筋も相当落ちているので抵抗もできず、何度か気持ち悪くなって、昼食を食べないのはこのためかとも思った。ダブルチェックで出てきたベテランの先生は特に力も入れず、一瞬で終わったので、単にドSに捕まっただけかとも思ったが、調べてみるとちゃんと診るためにはある程度痛いのは仕方ないらしい。

 車椅子に乗って、迎えを待つ。今日は点滴を打って、お腹をグリグリされただけだが、相当ぐったり疲れた。戻ったらほぼほぼベッドから動けなくなってしまった。筋力体力ともに相当落ちてしまっている。寝返りを打っただけで足がつりかけた。


 空腹感は取り戻し、待ちに待った夕飯はハンバーグだった。味はないけど美味い。全然足りない。

7_夕食


 日に日に長くなってしまっている入院記録だけれど、今日で治療の一つ目の山は越えたっぽいので、明日からは短くなると思う、たぶん。不測の事態がなければ。

 とにかく疲れた。でも、どうせ今夜もすぐには寝付けないんだろうけど…

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