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読書録003:嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか

読書録003です。「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか」です。

自分自身を変えるのもめちゃくちゃ大変ですが、人や組織を変えるというのもとても大変です。教育の方面に進もうと考えていたときもあったのですが、実際に管理職になり、「人を育成する」というリアルを知ってから、その道を志すことはいったん諦めました。生半可な気持ちでできることではないですし、人を育てる前にまず自分自身をなんとかせなあかんな、と思ったというのが正直なところです。

とはいえ、現在のぼくの仕事は経営者です。人や組織を育てることは、高い業績を上げ、社会に貢献することにつながります。正直中日のことも落合氏のことにも詳しくはないのですが、タイトルに大変惹かれました。落合氏がどのような価値観を持ち、組織を変えてきたのか、そのヒントを得られればと思っています。

本書からの抜粋

  • 最初の会見で落合は「すべての選手にチャンスがある」と宣言した。まだ自分の眼で確かめていないという理由でひとりの選手も戦力外にすることなく、補強もせず、現有戦力で一年目のシーズンを戦うことを約束した。新監督を迎えることで自分の序列はどうなるのかと不安を抱いていた選手たちは胸をなで下ろし、士気を高めた。

  • 川崎は落合に電話をかけた。「ちゃんと相談して決めたんだな?」と落合は念を押した。「わかった。明日、投げろ。親、兄弟。お前が呼びたい人間を全員呼べ」 川崎はそれから大分の実家を皮切りに、何件もの電話をかけた。そして最後の痛み止めを飲んだ。

  • 落合は川崎に戦力外を告げた後、さらに十二人の選手に同様の通告をした。就任したとき、ひとりのクビも切らなかった落合は一年をかけて、戦力となる者とそうでない者を見極めたのだ。

  • 「選手ってのはな、お前らが思ってるより敏感なんだ。あいつらは生活かけて、人生かけて競争してるんだ。その途中で俺が何か言ったら、邪魔をすることになる。あいつらはあいつらで決着をつけるんだよ」

  • 「この三年間で強くなった。それでも日本シリーズには負けた。勝負事は勝たなくちゃだめだということなんだ。強いチームじゃなく、勝てるチームをつくるよ」

  • 落合は空っぽだった。繋がりも信頼も、あらゆるものを断ち切って、ようやくつかんだ日本一だというのに、ほとんど何も手にしていないように見えた。頭を丸め、肉を削ぎ落した痩せぎすのシルエットが薄暗い駐車場に浮かんでいた。一歩ドームを出れば、無数の批難が待っているだろう。落合の手に残されたのは、ただ勝ったという事実だけだった。

  • 「なんで、みんな若い奴を使え、使えって言うんだろうな?与えられた選手ってのは弱いんだよ。何かにぶつかれば、すぐ潰れる。ポジションってのは自分でつかみとるもんだ」「不公平じゃないか。若いってだけで使ってもらえるのか?今、うちにファームで三割打っている奴がいるか?ベテランにだって生活権はあるんだぜ」

  • 見渡せば、落合のチームにいるのは挫折を味わい遠回りをしながらも、自分の居場所を勝ち取った男たちばかりだった。和田一浩は三十八歳にしてMVPを獲得し、球界における年齢の常識を覆した。浅尾拓也は無名校を出て、とてもピッチャーの投げ方ではないと揶揄されながら。リーグ最高のセットアッパーとなった。小林正人は百三十キロに満たない球速ながら、左のワンポイントリリーフという働き場所を切り拓き、五千万に迫る年棒をとるまでになった。いわゆる若くから騒がれた甲子園のスターはいなかったが、葛藤の末に自分だけの武器を手に入れた職人的なプロフェッショナルの集まりだった。

  • 落合というフィルターを通して見ると、世界は劇的にその色を変えていった。この世にはあらかじめ決められた正義も悪もなかった。列に並んだ先には何もなく、自らの喪失を賭けた戦いは一人一人の眼前にあった。孤独になること、そのために戦い続けること、それが生きることであるように思えた。

感想など

読む前は、落合氏の実体験およびリーダーシップ論が語られるような本かと思っていたのですが、むしろ落合氏および周りの選手やスタッフのドキュメンタリーという色が濃い本でした。淡々とした筆致の中に、各人物のプロとしての矜持、落合氏の「勝つためにすべてを捧げる」という執念が刻み込まれるような、そんな本でした。

ぼくは小学生のころに野球をやっていたので、知っている選手の名前も多数出てきて、懐かしさもあって一気に読むことができました。ぼくのようなライトな野球ファンでもとても楽しめたので、よりディープなファン、特に中日ドラゴンズのファンにとってはたまらない一冊でしょう。

リーダーシップ論としても非常に勉強になる一冊でした。落合氏は、「結果を出す」、その一点を掲げてすべての思考や行動をフォーカスさせているんだな、ということがよくわかりました。そして、そのシンプルなゴールに集中することで、ファンや球団、メンバーやコーチの理解が得られず、常に孤独な中で戦う必要があったことも伝わります。

ビジネスの世界で戦っている方々、特に経営者や起業家には刺さるポイントが多い本だなと思います。いくら口を酸っぱくして「当事者意識を持とう」「結果にこだわろう」といっても、本当に結果責任を持つまではそれを心底理解することはできません。社会にプラスになる商品を作り、知っていただき、買っていただき、愛していただき、結果として売り上げや利益を頂き、仲間たちに還元する、その流れを作り出すのは至難の業です。

もちろん、仲間たちが楽しくストレスフリーに働ける環境を作るのは経営者の責務ではあります。一方、いくらみんなが楽しく働いていても、結果が出なければ遅かれ早かれその環境そのものがなくなります。「結果にこだわらなければならない」「結果ばかり追いかけていると、組織が壊れていったり顧客が離れていく危険もある」「とはいえ、結果を出さなければ結局何にもならない」…このような葛藤とどう折り合いをつけ、ビジネスを推進していくか。そのヒントがこの本にはちりばめられているように感じました。

非常におススメです!少しでも野球に興味があり、かつリアルなリーダーシップについて学びたい方は是非読んでみてください。

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか

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