短編24.『ロンメル死』
過去を思い返すことは、他人の人生を眺めることに似ている。
ーーー私の横を風のようにすり抜けていった女の子、見慣れた黄色い電車、地方巡業の日々。
そのどれもが果たして自分の経験したことだったのか定かではない。
*
楽屋のドアをノックする音が、ガランドウの室内に響く。扉はゆっくりと押し開けられ、隙間からコート姿の男が顔を覗かせた。初めて見る顔の割に、ついこの間まで一緒に過ごしていたような親近感を抱かせる。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
私は男を楽屋へと招き入れた。
「すいませんねぇ」
男は後ろ手にドアを閉めた。天井の蛍光灯が点滅を始めた。
「もう充分生きたから大丈夫だよ」
楽屋の鏡は男の本当の姿を映し出している。だから、なるべくそちらは見ないようにした。
「なるべく苦しくない方法でやりますのでね」
男は手に持ったバッグの中を探った。
「タライは勘弁してくれよな」
懐かしい顔が浮かぶ。向こうで会っても先輩か。残していくメンバーを思う。俺が一番歳下なんだけどな。
「まぁ、あなた様が一番、国民的知名度がありますのでね。不安でございますか?」
と男は言った。何もかも筒抜けだった。
「大丈夫だ」
「まさかその台詞を生で聞ける日がくるなんて涙が出そうですよ」
「あんだ、バカヤロー」
「それに対する正しい返答は、おこっちゃヤーヨ、ですね」
私はパイプ椅子の背もたれに身体を預けた。「これで良いかな?」
*
翌朝の朝刊各紙、ネットニュース、テレビのワイドショーは国民的コメディアンの死を一斉に報じた。
死因は病死だった。
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