高速道路

霞 ~2.音~

「聞こえなくなっちゃった。」
シートの背に右半身を預けた緋乃が目をわずかに開けて呟いたのは、大分道を東へと向かい始めてすぐのことだった。正面へと移動した朝日に照らされ、彼女の顔は黒のセーターと対照的に白く浮き立っている。
「何のこと?」
「ふふっ、なんでもない。」
いつものように少し悪戯げに微笑んで、彼女は目を閉じた。

 車は思いのほか少なく、アクセルの踏み加減に躊躇する。普段ならスピードなど気にせずに走るのだが、今日は彼女が載っている。おとなしく走ろう。別にマナーのいい人だと思われたいわけではないが、同乗者のことを考えない独りよがりな人間だとは思われたくはない。道はほとんどまっすぐで、忘れかけた頃にゆっくりとカーブする。
このカーブは、ドライバーが眠らないようにする目的で意図的に造られたものだと聞いた。スピードメーターの針が動かないように注意しながら走らせていると、海にいるような感覚になる。緩やかな道のうねり、それにつれて起こるゆるやかな揺れ。

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恋愛感情の描写よりも、女性の強さ畏れを描いてみました。自分の失敗談も含めてこんな出会いがあってもいいかな、と。

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