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美術史に名を刻む方法とか 往復書簡#44

画家・小河泰帆さんとの往復書簡44回目です。
前回はこちら。

小河さんがあげた美術館の展覧会で私も見たのは、アブストラクション、マティス、蔡國強、テート、ワールドクラスルームです。これ以外でこの夏に見たのは、DIC川村記念館でジョセフ・アルバース、山梨県立美術館でミレーと4人の現代作家たち、東京都現代美術館でホックニーと「あ、共感とかじゃなくて。」、オペラシティアートギャラリーで野又穣ですね。
夏は長期休みに合わせてか面白い展覧会が多くて、毎年楽しみです。

アーティゾン美術館のアブストラクション展、私も2回行きましたよ。抽象画を描いている身としては、こんな大規模な抽象画の展覧会を、いま都内でやってくれることの幸運を噛みしめる感じでした。最後の章で現代の作家につなげる流れも良かったです。

熱量をもって作家活動をしている人なら、たいていは多少の野望を胸に秘めていると思うのですよ。生涯かけて至高の一枚を描くとか、美術史に名を刻んでやるぜとか、完売作家であることが大事とか、いずれは日本芸術院の会員になりたいとか。
野望は方向性も切実さも作家によって全く違うと思いますけど、この中で美術史に名を刻むって、今までいまいち具体的なイメージと結びついてなかったんですよね。でも今回の展覧会をみて、なるほどこういう手順をふむんだと思いました。美術館に収蔵されるだけだとまだ少し弱くて、歴史を追った大規模な展覧会の最終章に出てくることでしっかりと達成されるんだなと、何だか感動しちゃいました。

出品作で一番強く印象に残ったのは、白髪富士子の作品です。白髪一雄の妻で、解説によると33才で具体を退会して自身の制作活動を停止し以後は夫の制作を支えたそうで、いまこの作品に出会えてとても嬉しいと思いました。繊細な線と緊張感のある画面が美しくて、とてもよかったです。
あとは日本における抽象画の最初期に描かれた、恩地孝四郎《あかるい時》。これを見たのは何度目かですが、この作品大好きなんですよね。叙情的で優しくて、これぞ日本の抽象だなと感じていて、すごくしっくりくるんです。

この出来事は、ずーっ以前からわかってはいましたが、現代の日本で抽象絵画を日本人が描く意味みたいなものを突きつけられるような感覚を覚えました。
絵画の歴史、生まれた土地のアインデンティティー、現在の社会情勢、その中で自分が何を表現するのか。

往復書簡#43より

これ、私も考え続けてはいるのですが、答えは、恩地孝四郎《あかるい時》なんじゃないかと最近は思ってますよ。この作品の良さって、無理してないところだと感じます。すごく自然で心地よいです。
西洋と日本では文化の下地が全く違うので、特定の美術様式だけ持ち込もうとしたって正しく消化できるはずもなく、ならば作家はほどほどなところで開き直って、誤読しつつ自分なりの表現を追求していくのがよいのではと思うのですよ。その間違えた部分にこそ、おそらく現代日本で暮らす女性の抽象作家である私としての面白味みたいなものが、にじみ出ちゃうのかなと想像します。西洋美術と日本美術、そこに文化の優劣はないので、毎日の生活から自分が身に着けたきた感性の上に、かっこいいと思うものを無理なく取り入れて、背伸びせずに自然に出せればいいのかなと今は感じています。

他の展覧会の話に全然たどりつかないな。
小河さん、マティス展は2回見にいったのですね。
マティスの絵を初めてみたのはいつだろう。多分、中学生くらいの頃にピカソとセットの図版で見たと思いますが、マティスは色でピカソは形で20世紀初頭の西洋美術史を更新した二大巨匠として、最初は意味もわからず呪文のように覚えたんですよね。その後、何年かかけて周辺の歴史の流れをある程度ちゃんと学ぶことでその意味するところを少しは理解して、これはたしかにすごいと納得し、いざ実物の作品を見に出かけたら、もう作品がかっこよすぎて美術史的な価値とか意義とか心底どうでも良くなった記憶があります。マティスやピカソって私にとってそんな存在です。作品が良すぎて理屈が吹っ飛びますね。
今回の展覧会は作品数が多くて、とても良かったです。堪能しました。

ぜひ小河さんのマティス展の感想きかせてください。