[読書]誰でも差別ってしてしまうのか…orz
毎月テーマを決めて超ゆるい読書会をしています。
今月は、国連が6月20日に規定する「世界難民の日」をテーマにしました。
このテーマで今回自分が選んだ本はコチラ↓↓↓
難民の問題って、受け入れ側の話に限れば、差別や偏見の話につながるのかなということで選びました。
こちら、韓国で政治・社会分野のベストセラーになった本で、差別と人権について議論する際に欠かすことのできない本になっているそうです。差別全般を扱った本ですが「難民」を扱った内容もあり、とても考えさせられる本です。
意図的に差別をしてますって言う人はいない
実際、「自分差別してますから」ってのはまずないっすよね。
だいたいは差別するつもりはないけど、不適切なこと・差別的なことを言ってしまう訳で。
そこを、差別してましたよね。と指摘されるとビックリして自己防衛的になるのが、いろんなところでよくみられる光景かなと思います。
本では、その無意識的な差別をしてしまうのはなぜか?というところに対して、過去の研究などを提示し、一つひとつ丁寧に説明をしています。
また、そのことにどう向き合うといいのだろうか?ということも示されていて、めっちゃ考えさせられます。
差別をしてしまうときって…
自分としては、大きく2つの要素が絡んでいると理解しました。
一つは、相対的に立場が強弱や、少数派、多数派が存在する場合。
例えば、女性に対する男性。難民に対する難民の方がたどり着いた国の人。とか。
立場が強かったり、多数派だったりすると、その逆の立場の人の気持ちがわからないし、下手したら自分と同じとか思っているので、不用意に心無い発言や扱いをしてしまう。
しかも、相対的な話なので、ある時は立場が弱かったり、少数派の側の人も、その人の認識として別の立場になってしまえば、強・多数派になってしまう。
事例では、約500人の難民を受け入れるかどうかの世論調査で、男性よりも女性の反対意見が多かったそうです。
一般的に、弱い立場にある人は、別の弱い立場の人へ共感する気持ちが強いので、女性が難民に対して反対的な立場を取るのは意外だったそうです。
本の考察ではありますが、これは、難民の男性、に対して自国の女性として、性暴力などの懸念を出した結果ではないかということで、いろいろな立場が絡み合うと、どこでどんな感覚が想起されるかわからないと感じました。
加えて、複数の要素を持つ人だと、より複雑で「難民で、女性で、障害がある…」とかだと、一つに配慮しても他が配慮されない場合が起きるという…
もう一つは、弱・少数派が自分たちが置かれた立場に対して声を上げた時、強・多数派の人は(自分が不意に非難されたと思ってビックリするんだと思うのですが)防御反応を示し、上げられた声に対して攻撃的な感情が生まれてしまう。ってこと。
が基本としてあって、結果として、悪意はなくても「その場で」「自分より立場が弱いor少数派」に対する配慮を普段あまりしていない。配慮をしていないってことは、直接的な差別はしていないし、悪意もないけど、弱・少数派が声を上げると、攻撃的・差別的な言動をしてしまうという構造なんだなと。
さっきテレビで、コロナによって海外にいた家族が日本に入国できなかったのがつらい、配慮をしてほしいかった。という訴えに対して、日本人の命が大事なんだからそれは仕方ないものとして受け止めるべきっていう考えで攻撃的な意見をSNSに投稿する人がいて…っていう話をしていたけど。
その投稿しちゃう人って、たぶん普通に家族が離れ離れでいる人を見たら、その辛さや寂しさに共感すると思うんですよね。
いろいろな理由が説明されていましたが、自分的にはこの辺が大きいなと感じています。
んでは、わたしたちはどう向き合うといいのか?
本にある以下が全てを物語っているなと思います。
差別をする自分を受け止め、相手の話を聞く。
自分の間違いを謙虚に認めることをしっかりできることが大事なんだけど、多分一番難しい。
差別の根っこは自分の中にあるということか…
などなど、結構深い考えをめぐらすことができるので、ぜひ読んでみてください~
以上
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