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チケット転売問題と音楽産業について

2018年11月から始まる宇多田ヒカルさんの全国ツアーに注目が集まっている。当記事によれば、12年ぶりという貴重さだけでなく、チケットの高額転売を防止する仕組みをコンサートに導入したためだ。

チケットの転売問題が脚光を浴びる契機となったのは2016年だ。同年8月23日、「私たちは音楽の未来を奪うチケットの高額転売に反対します」という意見広告が読売新聞と朝日新聞に掲載された。この意見広告を出したのは、一般社団法人日本音楽制作者連盟、一般社団法人日本音楽事業者協会、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会、コンピュータ・チケッティング協議会の4つの業界団体であり、賛同者には116組の著名国内アーティストに加えて、FUJI ROCK FESTIVALやROCK IN JAPAN FESTIVALなどの24の国内音楽イベントも含まれている。そして、この意見広告の中に、「チケット転売問題」について、次のとおり記述があった。すなわち、「コンサートのチケットを買い占めて不当に価格を釣り上げて転売する個人や業者が横行している」「これらの組織的・システム的に買い占めるごく少数の人たちのために、チケットが欲しい数多くのファンの手に入らない」「転売サイトで、入場できないチケットや偽造チケットが売られるなどして、犯罪の温床となっている」「ファンは高い金額を払って大きな経済的負担を受け、何回もコンサートを楽しめたり、グッズを購入できたであろう機会を奪われて」いる、というのが、業界団体が主張する「チケット転売問題」である。このほか、「チケット高額転売は、アーティストと音楽ファンとのこれまでの良好な関係を壊してしまう」ことや、転売業者の利益は「新しいコンテンツの創作のためには全く活かされない」ことが問題として挙げられることもある。

経済学者の大竹文雄氏は、「経済学者にとって、チケット転売問題についての疑問は、「需要超過が発生しているのであれば、なぜ最初から高い価格でチケットを売り出さないのか?」という疑問を投げかける。この問題について、米国プリンストン大学教授のアラン・クルーガー氏の考察である、「スーパーボウルというアメリカンフットボールのNFLチャンピオンを決める超人気ゲームのチケットが、転売サイトで高額で取引されていることについて、なぜNFL側は最初からもっと高い価格でチケットを販売しないのか」を引用し、音楽コンサートのチケット転売問題を説明する。アーティストとファンの間の関係は、長期的で継続的な関係にあり、チケットの市場価格とは無関係に決まる。ファンはアーティストを長期的に応援しているし、アーティストも忠実なファンをフェアに扱うので、人気が高くなったからといって、コンサートのチケット価格を引き上げたりしないというものだ。

このような問題がある中で、チケット転売問題についての取組も実施されてきた。総務省とチケット販売大手のぴあがチケット販売の高額転売を防止するシステムを稼働することも話題となった。

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS11H32_R10C17A7EA2000/

総務省とチケット販売大手のぴあは2018年にも、チケットの高額転売を防ぐ新システムを稼働する。マイナンバーカードの認証機能でチケット購入者を特定、買った本人のみに入場を認める。転売したい人には定額で売買できるサイトも用意。スマートフォン(スマホ)をかざすだけで入場できるシステムも開発し、不正取引をなくす。

昨今の音楽産業はチケット転売問題が話題となることが多いが、音楽産業全体をみてみるとどうだろうか。日本経済は高度成長を経て、エズラ・ヴォーゲル氏の『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が1979年に出版され、黄金の80年代を迎えた。そして、1991年2月に景気のピークを迎え、その後に平成不況に突入することとなった。1990年代初めに景気は後退期となったが、音楽産業は拡大を続けていた。このような中で、宇多田ヒカルさんは『Automatic』のリリースにより1998年12月にデビューした。

音楽ソフト(CD・テープ等)の売上金額は1991年に4,493億円(*1)だったものが、1993年に5,000億円を超え(5,137億円)(*1)、宇多田ヒカルさんがデビューした1998年に音楽ソフトの売上金額がピークとなる6,075億円(*1)となった。1998年に音楽ソフトの売上金額はピークを迎えたが、同年のライブの公演数・動員数・市場規模は「9,500本・1,430万人・711億円」(*2)となっていた。その後、音楽ソフトの売上金額は2001年に5,031億円、2007年に3,911億円、2008年は3,618億円、2017年に2,320億円となっている(*1)。2001年には米国のAppleが携帯型デジタル音楽プレーヤーのiPodを発表、2007年はスマートフォンの初代iPhoneの発表、2008年は音楽のストリーミング配信サービスのSpotifyのサービス開始があった。iPodやiPhone、Spotifyは新しい音楽のライフスタイルを提案することとなった。また、日本レコード協会による調査『音楽メディアユーザー実態調査』によれば、動画共有サービスのYouTubeを音楽聴取手段として挙げる者が近年最も多くなっている。

音楽ソフトの売上金額が1998年以降に低下を続ける一方、ライブの公演数・動員数・市場規模は伸び続けてきた。2005年にライブの市場規模が初めて1,000億円を超え(1,049億円)(*2)、2013年に2,000億円を超え(2,318億円)(*2)、2017年は3,324億円(*2)となっている。そして、2017年の年間ライブ動員ランキングは、1位が三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBEで1,802,976人(公演数37回)、4位が嵐で843,714人(公演数18回)、10位が乃木坂46で496,758人(公演数43回)となっている(*3)。

© tashirokouji

このように、音楽ビジネスは音楽ソフトのパッケージ販売からライブへと移行してきている。従来、ミリオンセラーによるCD販売等によりスターとなったアーティストは多くいるが、現在の音楽のライフスタイルからスターとなるアーティストは限られてくる可能性も大きい。しかし、これは音楽産業だけではないと考えられる。大量生産・大量消費の画一化された時代から差別化やパーソナライズ化された消費の時代が到来することも考えられる。ミレニアル世代(*4)と呼ばれる、「個」のニーズや「体験・つながりを大事にしたい」という傾向を捉える必要もある。このため、音楽産業は新人アーティストを発掘し、育成するための新しいビジネスモデルを構築することも重要だろう。

「チケット転売問題」の利益は、アーティストを目指す人を増やし、音楽産業を活性化させ、ライフスタイルの一部として音楽を楽しむ人の満足度を向上させること等につながることを期待したい。

“NO MUSIC, NO LIFE”

(*1)一般社団法人日本レコード協会『日本のレコード産業2018』より

(*2)一般社団法人コンサートプロモーターズ協会HPより

(*3)音楽ライブ情報サービスLiveFansより

(*4)ミレニアル世代とは、1980年代から2000年代初頭(2000年前後)に生まれた世代のことをいう。

(参考)

『「チケット転売問題」の真の問題〜音楽ビジネスは直面する危機を打開できるか〜』(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 政策研究レポート)

「大竹文雄の経済脳を鍛える「2016年9月1日 チケット転売問題の解決法」」(日本経済研究センターHPより)

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33985800Z00C18A8000000/

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