見出し画像

34年前の教護院⑧コンビーフ事件

ある日突然、
奥さんがスタスタ出てきて、
生徒達が使用している
洗濯機の掃除を始めた。

皆は当然、奥さんがでてくるやいなや駆け寄り、

楽しそうに。
いや、可愛く見えるように。
「奥さん変わります!」
全員が、
「奥さん変わります!」
奥さんは機嫌良さそうにしていた。
突然洗濯機が気になったのだろう。

出来る限りの手伝いをする。
たまに近くにいる子に奥さんは手伝いをさせる。
だいたいこのような場合、
1番近くに来た目に付いた子に頼むパターンが多い。
14人もの生徒全員が集まれば、
そうなるのだろう。

そして裏側を綺麗にするため、
洗濯機を前へとずらした。
裏側はホコリが沢山。
そして、ホコリまみれのある物がでてきた。

奥さんの顔色が変わる。

私は何が起きたのか理解ができていなかった。
洗濯機の裏から何か出てきても不思議はない。そう思っていた。

奥さんはそれを持って先生を呼ぶ。

辺りが凍り付く。

先生が竹刀を持って来た。

始まってしまった。

「全員正座しろ!」

えっ・・・
どうして私も正座しなければならないのだろう。
全員がホールの床に正座をした。

「コンビーフ、洗濯機の裏に隠した奴、誰だ!」

コンビーフ?
知らない。
隠してもいない。
本当に知らない。

「知ってる奴も同罪だからな!
名乗りあげろ!
出てこなきゃ全員このままだからな!」

ヤダ!知らないし、隠した奴も知らない。
誰だか知らないけど、
早く名乗りをあげてくれ!

1時間が過ぎた。

先生は竹刀で一人ずつ強めに腕の横をパンパンと叩いては、
「お前か?」「お前がやったのか?」と言い始めた。

「違います。」と全員が否定する。

2時間、3時間と過ぎる。
痺れと足の骨が痛い様な感覚。
奥さんは自宅の方へ戻ってしまった。

先生と奥さんは、怒りの頂点に達している。
名乗りをあげようにも、
やった本人はもう、恐怖で手を上げられないだろう。

正座が限界に達している。
痺れてモゾモゾしようものなら、
先生の怒りに触れるだろう。
どんなに誤魔化しても誤魔化し切れないくらいの苦痛。
痛みのような、
血の通わない感覚。

何時間経ったのだろう。
先生は時々自宅へ行くにも、
「動くなよ!」と、
生徒達の正座をやめさせなかった。

とうとう、就寝時間を過ぎた。
あたりは静まり返っている。
犬の声、電車の音。いつも寝る時に聞こえる音。

コンビーフ隠した奴、
早く出てきてくれ。
実は誰もいないのでは無いかとさえ思い始めた。
もう、退院した生徒かもしれないし。と。

夜10時半頃
「お前か!お前が隠したんか!」
「先生ごめんなさい。」

ようやく誰かが手を挙げたようだ。

「他の奴らは寝る準備しろ!」
先生の声に、
「はい」と皆で返事して私も立ち上がろうとしたが、
その瞬間、足が膝と足首付近がまるで正座の形状記憶のようにクルンと、曲がり、転びそうになった。
ダメだ歩けない!
そう思いながらも、今の先生の怒りを、こちらにまで向けさせないように、私は逃げるように歩いた。

背を向けた後ろ側では、
凄い勢いで何発も、止まることなく
竹刀で体を叩く音と、
1人の生徒の、死に際の様な
悲鳴が轟いていた。
私も恐怖を感じる程だった。

その後、この生徒は隠れボスだった事が明らかになり、
コンビーフを隠した事を知っていた生徒や、このボスと隠れてやり取りをしていた生徒達が、
芋づる式に出てきた。
ボスはコンビーフが苦手だったらしい。
この他にも、裏でやっていたことや、会話などが全部浮き彫りになり、暫くはこのボスと仲間たちは、
先生、奥さんにかなり苦痛を与えられ、勿論、他の生徒達は、仲間扱いされたくないので、無視すると言う形になった。
メンバーに私が居なくて良かったが、この子が?と思うような子や、
私よりも新しい子が仲間に入っていたことは不思議だった。
誘われなくて良かったが、
誘われなかったのも何だか気になる。
矛先がしばらくボスと仲間たちだったので、その点は良かったが、
あの正座の恨みは忘れない。

私が入院してからも、何人かの生徒が退院して行った。
2寮は、特に悪いことをしなければ、
早くて、1年7ヶ月と10日で、出ることができた。
他の寮は、ピッタリ1年7ヶ月だったのに対し、何故か2寮には、
プラス10日が課せられていた。
それは、どんなに模範的な生徒でもそうだった。

そして、先生と奥さんの逆鱗に触れ、他の生徒も巻き込んだ、
ボスと仲間たちは、
退院が遅れた。
ボスに関しては1ヶ月以上遅くなった。

普通では謝ったら済みそうな、
コンビーフ事件でも、
2寮では、大きな事件だ。
あの日突然奥さんが洗濯機の掃除を始めたのは、偶然だったのか。
もしかすると誰かが情報を流していたのかもしれない。

私だって、大嫌いな刺身を、
涙を浮かべ飲み込んでいると言うのに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?