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カンボジアを生きる わたしたち ~カンボジアで出逢ったステキな女たち、男たち、そしてわたし~ 77.貧乏な学生

 2年生が終わって選挙のあった夏休みになる前、クラスの男の子が私に本を貸してほしいといってきた。それは、わたしが「つもり貯金」をしてようやく作った15ドルで買った言語学の本だった。

 ソンバットという男の子。
 「ボンユキ、その本、夏休みの間読むの?」
 「うーん。たぶん読まないと思うけど、どうして?」
 「それなら、夏休みの間、僕に貸してくれない?」

 私は迷った。これを貸してしまったら、返してもらえるのだろうか。そんな不安がよぎった。クラスでは、本を買う人は少なく、教授が指定した参考資料を買うのは私やレスマイなどのグループの子ばかり。あとの子たちは、本にお金を使うなら買い食いしたほうがいいわ、なんていうお坊ちゃま、お嬢ちゃまが多くて、私は半分あきれていた。そしてテスト前になると私たちから本を借りて、テストに出る部分だけをコピーする。時にはなかなか返してくれなくて、テスト勉強に支障が出ることもあった。

 ある日は、私が毎朝買って来る新聞を見せてといわれて貸したら、そのまま返ってこなかったことがあった。私、まだ読んでいないのに。誰かが持って帰ってしまったらしい。それをクラスの中で怒って騒ぐと「新聞なんて、700リエルでしょ。また買えばいいじゃない」と、ある女の子にいわれた。

 ふざけんな。700リエルの問題じゃない。人から物を借りたときのモラルの話をしているのよ。レスマイは私をなだめてくれたけど、そういう感覚の子がいるということが身にしみて、それ以来物を貸すのに慎重になっていた。

 ソンバットは夏休みの期間中、この本を貸して欲しいといってきた。しかも、私がなけなしのお金をはたいてようやく手に入れた15ドルの言語学の本だ。
 どうしよう。
 私は本当に悩んだ。そして絶対返してね、と言って、彼にその本を渡した。

 新学期が始まり、ソンバットは私にその本を返してくれた。その本には、きれいにカバーがしてあった。

 「ボンユキに借りたから、大切に使ったよ。」

 ソンバットはバッタンバン州出身の男の子。親戚の家を頼ってプノンペンで生活している。自由になるお金などなく、家に帰るとその下宿先の子供の面倒を見ているのだという。彼は私にこういった。

 「僕は言語学に興味があるんだ。言語学の先生がやっている辞書編纂のグループに入れてもらうことになったんだ。だからどうしてもこの本が読みたかったんだ」

 言語学の本は高い。日本でも専門書なので高額である。カンボジアで本に15ドルを費やすなんて、普通ではありえないことだった。

 彼は貧しかった。着ているものも、いつもよれよれな服だったし、自転車通学組だった。でも、きれいにカバーをかけて返してくれたその本を見て、私は彼の心の豊かさを知った。そして、返してくれるのだろうかなどと疑った、私の心の貧しさを恥じた。

 それ以来、私は彼にいろんな本を貸してあげるようになった。彼は今でもそのことを感謝していると話してくれる。彼こそが、私がクラスメイトの中で孤立しそうになっていたときに、そっとソティア先生に助言をしてくれた男の子だったのだ。

 数年前、彼から電話をもらったことがあった。卒業して高校の先生になり、その後行政官学校に進み、今は女性省の役人として大臣直属のプロジェクトを担当していると言っていた。

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