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カンボジアを生きる わたしたち ~カンボジアで出逢ったステキな女たち、男たち、そしてわたし~ 42.大学生になろう

 週に3回、ソティア先生とのレッスンがはじまった。
 先生は基本的なクメール語のテキストを用意してきてくれて、発音の仕方、単語の並び方を教えてくれた。細かな内容は忘れてしまったが、とにかく容赦ない先生の早口に追いついていくのは大変だった(笑)。英語を交えながら、先生と向き合う日々が続く。先生が、プノンペン大学の文学部で教鞭をとっていること、彼女の家族のこと、いろんなことを話した。

 数週間したところで、今後の身の振り方で八方ふさがりになっていた私は、先生に相談した。このまま就職もできないままカンボジアにいるわけにはいかない。どこにも行けないのなら、もっとクメール語を勉強してみたいのだけど、大学に入ることはできないのかしら?

 先生は「あら、いいことじゃない。大学に聞きに行きましょう」とあっさり言ってくれた。

 ソティァ先生の紹介で、大学の学長に面会。伊藤四郎に似た、やさしそうな先生だった。それから教務課の先生に面接、副学長にも会った。その全ての答えが「大学側としては、勉強しにきてくれるのは構わない。後は教育省からの許可を得てくれ」だった。

 どうやら大学に入れる可能性はあるらしい。私はそう思った。しかしソティア先生の顔は曇った。「ユキエ、教育省に誰か知り合いはいないの?」。知り合いなんて、いなかった。どうにか協力隊のつてで、教育省に赴任していたJICA専門家に相談し、JICA関係のプロジェクト担当をしている職員を紹介してもらい、その人に会いに行った。「私は日本にも行ったことがあるし、日本人のためには協力したいと思っている」。頼もしいけど、どこか甘い言葉が返ってきた。大丈夫なのかしら、この人。とにかく、この人に頼るしかない。

 数日後、その人から連絡があった。「プノンペン大学には国費留学生は受け入れているが、私費留学生は前例がない。だから入学は許可されない。入りたかったら国費留学で入ってくれ」。

 それから、大使館にもどうにか相談できないかと思い、問い合わせた。ノロドム通りの北側にある、コロニアル調のきれいな建物の大使館。すがるような思いでそのドアをたたいた。でもなぜかドアの前で文字通り“門前払い”を受けた。「国費留学でしたら日本の大学院に所属してから試験を受けてください」面談さえもしてもらえず、インターホン越しにそう言われた。私の前には閉ざされた大使館の扉があった。とってもとっても大きな、なんだか高貴な、冷たい扉だった。

 そりゃごもっとも。私費留学の問い合わせだから大使館の管轄ではないのだろうけど。でもなんだか冷たいじゃない…。名前は知らないけれど、きれいな声の女性館員だった。ちらっと顔も見たけど、白い肌の綺麗な感じの女性だった。私とこの一瞬だけ関わったその人は、今どこで何をしているんだろう。

 なんとも言えない思いで、大使館を去った私。さて、どうしよう…。

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