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カンボジアを生きる わたしたち ~カンボジアで出逢ったステキな女たち、男たち、そしてわたし~ 74.初めての事務所

 商工会会長でもある大林組の所長さんにも相談させていただき、外国人が多く住み治安も比較的よいボンケンコン地区に引っ越すことにした。310番通りの2階建ての小さな一軒家。屋上があって、2階へは別階段でのぼる。

 当時は、不動産業者を介さず大家さんと直接交渉をしながら家を決めていくのが主流だった。大家さんも世の中が不穏なので、できるだけまとまったお金を手に入れたいと思っていたのだと思う。値段交渉の条件として、「1年分前払いをすれば500ドルまで下げる」という話になった。しかし、私には6000ドルの元手なんてあるわけがない。困っていたところ、所長さんが個人的に6000ドルを無利子で貸してくださった。まずは安定した場所で生活しなさい。新聞ビジネスをしっかりやればすぐに返せるでしょう。そういう期待と信頼を置いてくださったのだ。私は毎月の新聞翻訳ビジネスで得たお金から500ドルずつお返ししていった。

 懐の厚い、所長さんだった。後に大林組を辞めてカンボジアでビジネスをされ、志半ばにしてプノンペンで亡くなられた。お食事に連れて行ってくれたり、ビジネスのいろんな助言をしてくださったり、私が会社を興してちょっと辛いことがあった時に背中を押してくださったのに、恩返しができずにお別れとなってしまった。おそらく当時の彼と同じくらいの年になった今、私も次の若い世代の子たちに対して世話を焼いたり、助言をしたりするということで、所長さんに対する恩返しとなるのでは。そんな風に感じたりもする。

 こうして晴れて新しい事務所で、大学生を続けながらも翻訳者の端くれとしての仕事が始まった。

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