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本日の“ちょっとイイこと”

うだるような暑さだ。
麦茶に氷をたくさん入れても、目を離した途端、氷たちは透明のグラデーションをつくりだす。

母とその旧友に誘われ、花菖蒲を見に出かけた。福岡有数の観光スポット・太宰府天満宮の敷地内に巨大な菖蒲池があり、ちょうど今が満開だということらしい。

例年なら県外ナンバーの車や観光バスで付近の駐車場は軒並み満車。参拝するより先に車を停める場所探しに苦労するものだが、驚くほど、いや、本当にそれはそれは驚くほどに空いている。


車を停め、強い日差しがふりそそぐ中、菖蒲池までの坂道をのぼった。

かんかんと日が照らすアスファルトの道をベビーカーを押しながら進む。体重7kgの娘を3kgのベビーカーに乗せているだけでなく、背負うマザーズリュックの中には替えのオムツ、タオル、おやつや飲み物、そして一眼レフカメラ、単焦点レンズ、魚眼レンズ。

総重量を考えるとめまいがしそうなベビーカーを押していると、帽子の下はおろか慣れないマスクの下も汗で大変なことに。

途中、気持ちが折れてマスクを顎にずりさげた。そうでもしないと鼻の先から頭のてっぺんまで、自分の体温でどうにかなりそうだった。


すると、目前の景色に二度言葉を失う。

太宰府天満宮に誰もいない。驚くほどに誰もいない。


学問の神様に願掛けに来る国内の受験生に加え、アジア諸国からの観光客で賑わっていた太宰府天満宮。新型コロナウイルスの蔓延によってこんなにも景色が変わってしまうなんてと、言いようのない気持ちになった。

一方で、私の驚く姿に構うことなく初めての太宰府に喜ぶ娘。生まれてから毎日カメラを向けていることもあってか、たとえ炎天下でもカメラを向ければ笑ってみせる。

カメラのほうを向いて笑っているというよりは、カメラを握ると途端にテンションが一オクターブあがる私の姿に笑っているといったところだろうか。

シャッターを押して気が付いた。
嗚呼だれもいない。こんなに写真が撮りやすいことがあっていいのだろうか。映り込みを気にして通行人を待つことも、いいタイミングを狙ってカメラを構える&笑顔を貼り付けたまま“そのとき”を待ち続けることも無い。

いま、ここには神様と私たちしかいない。

なんとも言い表しにくい不思議な感情だった。こんな事態になってウイルスに礼を言うわけにいかないので、誘ってくれた母とその友達のアクティブさに感謝するほかない。お賽銭もちょっと多めに投げ入れる。

花菖蒲も、それはそれはきれいな光景だった。いつもなら屋外でレンズ交換をすることははばかられる私だが、あまりに人がいないのでついつい単焦点レンズと魚眼レンズを何度も何度も、納得がいくまで交換してしまった。

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こころゆくまで写真を撮る。まるで、人ごみをさけて早朝に撮影に出向いているような気持ちになった。時刻は炎天下の14時であったが。

多量に汗をかき、自粛生活に慣れ切っていた身体はへとへとである。それでも、私なりのいい写真が撮れた。皮肉かもしれないが、いい写真だった。

やはり、写真を撮るにはこうでなくちゃ、と汗だくの坂道もすべて都合よく変換してしまう。なんなら望遠レンズも持ってこればよかったと心の中で地団駄を踏んでいる私は、正しくカメラマンなのであろう。

少しずつ社会はもとの生活を取り戻しつつある。娘に将来「あなたが生まれたときは未曽有の疫病でどこにも出かけられなかった」と言って聞かせるときがくると思っていたが、「でも、太宰府天満宮でいい写真が撮れたんだ」という、これもまた、思い出のひとつになった。

……さすがに明日は冷房の下でカメラを構えるとしよう。

2020/06/10 こさいたろ


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