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3/10J庭55新刊試し読み これって恋ですか⁉ たっぷりどうぞ!

◇プロローグ それは甘い秘密

 今日はバレンタインデーだ。今年はちゃんと恋人たちのイベントを無事遂行できたので、いざ夕食後のチョコタイムだ。
「はい。どーぞ」
 コーヒーの良い香りと共に、湯気の立つカップが目の前に現れた。
「ありがとー」
 コーヒーを受け取ると、椿さんは隣にゆったり腰を下ろした。トンと腕が当たり、目線を向ければ今度はコツンとこめかみ同士をくっつけてくる。俺たちはどちらからともなく、笑みを零した。恋人イベントを目下遂行中の俺たち。ちょっとくすぐったいやね。
「ねぇねぇ、あっくん。去年のバレンタインデー……覚えてる?」
 椿さんがコーヒーを飲みながら、なにやらニヤニヤと思い出し笑いしている。
「なに? 気持ち悪いんだけど」
 質問には答えずにからかいながら、淹れてくれたコーヒーにフーフーと息を吹きかけていると、椿さんは唾を飛ばす勢いでまくし立ててきた。
「だからぁ! バレンタインの日! 焼肉屋さんでさ、バッタリ会ったじゃん!」
 顔が近いし、声もデカイ。耳がキンキンするよ。
 そういえばやっぱりあの時も、俺たちは偶然出くわしたんだ。お互い別の合コンに行ったのに店で出会っちゃうんだもん。
「うんうん。覚えてる覚えてる。俺たちってバッタリばっかしていたよね」「ふははは。ねぇー!」
 楽しそうに眼を細めて笑う椿さんを横目で見ながらコーヒーをゆっくりすする。ふわりと口内に広がる風味。ほのかな苦味とまろやかなコクが喉を通り過ぎ、お腹がじんわりと温かくなる。ホッとひと息ついて、今度は俺がプッと吹き出した。
「え? なになに?」
 椿さんはワクワクした様子で体を向け、身を乗り出した。
「ん? いやぁさ、ひでぇーバレンタインだったなぁ~って」
「ひゃははは……だってねぇ。……うん。いろいろあったんだよ!」
「えぇ? あ~まぁ、いろいろあったけどさ、だからってねぇ?」

 初めてのバレンタインの日、俺たちは初めてキスをした。それも衝撃的で、なのにグダグダな、ロマンチックの欠片もない実に俺たちらしいキスだった。
 両手で包み込むように持っていたカップをテーブルに置くと、椿さんは更に俺に詰め寄った。
「……諦めないで良かったなって思ってるよ」
 さっきまでの声とは一変。甘く優しく響く声。
 椿さんの片手が、俺の頬を手のひらで包むように触れてきた。ポカポカした手に、ふわんと体温が上昇したような気がして焦る。ちらりと横を見れば……この慈愛のこもった眼差しには未だ慣れない。なぜならこのモードに入った椿さんって男前すぎるんだよ。胸のところが苦しくなって、いたたまれなくなる。だから、つい俺は意地悪したくなっちゃうんだよ。
 俺はしれっとした表情を作り、つっけんどんに言葉を返した。
「諦めかけてたんだ」
「うーん……なんてゆーか。ダメでしょ? ダメでしょ? そりゃマズイでしょ? つってね?」
「えらくストップかけまくっていたんだね」
 椿さんはもう片方の手で頬を包むと、両手で優しく撫でてくる。
 もー、せっかくおふざけモードチェンジさせたのに。ったく。こんな甘ったるいこと、よくできるよね。付き合う前には想像もできなかった姿だ。
 このモードの椿さんをいまだに苦手と感じるのは、やっぱり惚れちゃっているからなんだろう。いつもの余裕が保てなくなってしまうのが怖い。
 椿さんはそんな俺の目の奥を真っすぐ見つめ、優しく追い打ちをかけてくる。
「この偶然は必然だって。きっと運命で、奇跡なんだって。そう思ったら勇気が出たんだ」
 まるでプロポーズみたいにロマンチックな言葉。
 奇跡で運命……か。俺は奇跡なんて信じてないけど、椿さんの偶然が必然って言うのはよくわかる気がする。今に至る過程での偶然は起こるべくして起こっていて。俺たちはその偶然をひとつひとつ逃すことなく掴んで来た。だから今の俺たちがある。それこそが必然って証なのかなって。
 椿さんがニッと笑顔になる。顔が近づいてきて、俺の口にチュッとキスをした。
「偶然がグイグイ背中を押しているのは感じていたよ。だからストップをかけていても結局は、ゴーッ! しちゃったんだよね」
 ストップをかけたかけたと言い張る椿さん。いつどのタイミングでかけていたのかは知らないけど、椿さんのデレデレの言葉。俺、わりとしょっちゅう聞いてたよ? それに……。
「椿さんはそう言うけど、あの日。確実にあなたのブレーキ壊れていたから」
「……へ? なにそれ? ど、どういう意味?」
 椿さんのギョッとした顔に、また笑いが込み上げる。
「いえいえ、まぁまぁ」
 俺はソファの上で膝を抱えると、首を軽く振り「なんでもないよ」と誤魔化した。
「え? え? ちょ、教えてよ! 俺、なんかした? いつ?」
 無言の俺ににじり寄り「言いなさいよ」と腕をうるさく揺すってくる。
 もー、ホントうるさいんだから。
 グラングランと揺すってくるその腕を逆に掴んで腕を絡ませた。もう片方の手を伸ばし、テーブルのチョコを取る。ふたりで食べようと選んだミルク色のハート型のチョコを、答えの代わりに椿さんの口の中へ入れてやる。「ふがっ」
「秘密」
 忘れられない甘い秘密……ね?

◇出会い編 偶然は突然に side柴田

「はい、承知しました。では、今後共よろしくお願いします」
「こちらこそ頼みますよ。柴田さん」
 握手を求める手をしっかり握る。
「柴田さんに担当していただいて良かったです。今から楽しみです」
「ご期待に応えられるよう頑張ります」
 エネルギッシュなオーラを放つクライアント様は、力強くガシッと手を握り返してきた。
 細身だけど鍛えている体つき。細マッチョってやつ? おしゃれ顎髭のせいで実年齢より落ち着いて見えるけど、それもわざとなのかもしれない。
 そんなクライアント様は、三十そこそこで自分の店を持とうとしている。自信に溢れた表情の彼に、俺は深々と頭を下げた。
 彼は青山の街に自分のお店(ブックカフェ)を建てるオーナーさんだ。そして俺の仕事はそのお手伝い。ブックカフェのプランニングを担当している。
 具体的にどんなことをするかと言えば、クライアントの希望を聞きつつ店舗の立地、商圏特性、地域性、オリジナリティあるコンセプトを設定し、物件に合わせた最適な業態を提案する。 店舗にかかわるすべてのデザインプランをクライアントのオーナーに提示し、施工進行管理、開店までのスケジュール等、管理、調整をしてお店づくりのトータルサポートをするのだ。
 今日は初の現地視察だった。ミーティングは滞りなく終わり、このまま帰宅予定。腕時計で時間を確認すれば、夕方の五時十五分だった。
 おー! 早い早い! やっぱ俺って出来る男! なんてね。
 不意にポケットの携帯が鳴った。画面を見てゲンナリする。
「……はぁ〜」
 漏れ出る落胆。
 表示は以前担当したクライアントの名前だった。顧客だから居留守を使うわけにもいかない。使ってもいいよね……。もうこんな時間だし。
 なんて思いつつも、渋々通話をタップした。
「お電話ありがとうございます。グローバルプランニングの柴田です」
『もしもし。お久しぶりです。三上です。その節はお世話になりました』
「お久しぶりです。どうですか? お店の方は」
『おかげさまで、口コミでお客様が増えてきてるんです』
「おお~、すごいじゃないですか!」
『いえ! ほんとに! 全部柴田さんのおかげです。あの、それで、急にすみません。今日、お仕事のあとは空いていませんか?』
 ああ、来た来た。面倒くさいやつ。
 三上さんは個人でお菓子屋さんを開いている。俺より二つ上の二十七歳だけど、おしとやかでなかなか可愛らしい人だ。彼女がお店のプランニングをうちに依頼してきて、俺が担当になった。半年前に仕事をきっちり終わらせ、無事にオープンしてからもこうやってたまに電話をかけてくる。
 内容はいつも同じ。お礼がしたいから一度お店に来て欲しいというものだ。何かトラブルが起きているのならばアフターケアとして行く必要があるけど、何もないなら業務外。誘いに乗って行けば最後、絶対面倒なことになるのは目に見えている。だから俺はいつも丁重にお断りをしている。

「申し訳ございません。今からまだ一件、打ち合わせがありまして……」
『あ……そうなんですか』
 仕事があると言えばこれ以上誘われない。ハッキリ断ることもしたくない。相手は元クライアント様。けっして無下にはできない。さっさと飽きてくれるのを待つばかりだ。
 この業界、口コミは命。嫌な印象は与えられない。なのでこれがベストでしょ。「応援してます。頑張って下さいね」と爽やかに伝え、通話を終えた。
 さて、家に帰ってなにしよーかなー。
 ウキウキ心を弾ませている時だった。歩道橋を登ろうとしているおばあちゃんが目に入る。大きな荷物を重そうに両手にぶら下げ、丸くなった背中を更にかがめながらヨタヨタと歩いている。
 って、ソレ……どう考えても無理でしょ……。
 俺の足は、勝手におばあちゃんへと方向転換していた。
「……あの」
 丁度声をかけ、おばあちゃんが振り向いた時だった。やけに騒がしい声がして顔を向ける。サラサラした明るい髪。紫色のニッカポッカを履いた派手な男がちょっと離れた所から、俺と同じようにおばあちゃんに声をかけてきた。
 あ……、この人も?
 ニッカポッカ君は俺よりも頭ひとつ分背が高くて、こちらも細身のマッチョ系。肘辺りまで捲っている袖から伸びる腕は太くて引き締まっていて、筋が浮き上がっている。
 インドア派の俺とは真逆の、見事な褐色の肌。ゴツくはないけど、なかなかのたくましさ。俺の身長は百七十くらい。長身とは言えないけどチビではないと思ってる。でも、いかんせん筋肉面で言うと正直、残念なほどない。まぁ、そこは仕方がないんだよ。だってこっちとら仕事は基本デスクワーク。相棒はパソコンだし。俺自身、お家大好き人間だし。
 そんなワケで、逞しい彼が助けるというのならそれに越した事は無い。俺なんかよりずっと適任といえる。
 もう大丈夫だよね。そう思った俺はおばあちゃんに微笑んで、「じゃあ、……俺はこれで」と挨拶し、駆け寄ってきたニッカポッカ君に会釈してその場を立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待って!」
 いきなりガシリと腕を掴まれて、反射的に振り返えった。
 ニッカポッカ君だ。なんで?
「これ、これ持ってあげてよ!」
「はぁ……えらい、すんません。ちょっと階段が急やの~……」
 階段を見上げ、ボソボソ言うおばあちゃんの荷物を両手に取りそのひとつを俺に押し付けてくる。ニッカポッカはもう片方に荷物を持ち、空いた手でおばあちゃんの手を握った。
「ばーちゃん、向こう側まで一緒に行こうよ。ね?」
 荷物を押し付けられ、フリーズしている合間にあれよあれよと話が進んでいく。
 なんて強引なニッカポッカなんだ。
 ……仕方ない……か。手伝うつもりで声をかけたのには違いない。荷物が一個で済んだだけでも良しとすべきか。
 心の内で「ふぅ」とため息を落とし、前を行く二人に続いて歩道橋を登る。ニッカポッカは顔をくしゃっとして、絶えずおばあちゃんに話しかけていた。
 まぁ、めちゃめちゃいい人……なんだろうなぁ。強引だけど……。
 二人の寄り添う光景をぼんやり眺めながら登る。
 しかし……重いな……。
 一体何が入ってるんだと風呂敷から覗く白い物体に目を凝らし、ゲッと頬が引きつった。
 まさかの五キロの米って! コレを抱えて登る気だったの? 何気におばあちゃんすごくね?
 階段を登りきり、ちょうど真ん中辺りに来たときだった。涼しい風が優しく吹き抜ける。顔を上げると、見事な夕焼け。歩道橋の上から秋の高い空と暮れかかる黄金色の太陽に目を細めた。
 渡りきったら、どうしようか……。まだ五時過ぎだし。すぐ帰っちゃうのももったいないし、このまま街をぶらつこうかな? 久しぶりにゲームショップを覗いてみようか? 最近は通販ばかりだし、中古で掘り出し物が見つかるかもしれない。そのあとは電気屋行って、本屋行って、夕飯も軽くそのへんで済ませちゃおうか。
 この後の予定をツラツラと頭の中で企てながら、空いた時間が当たり前のように、おひとり様専用の思考になっている自分に一抹の不安を感じた。
 眉を寄せ、遠くを見つめ考えてみる。
 一抹の不安……だって。
 そんな自分に首を竦め小さく笑った。
 不安なんてあり得ないな。だって俺、おひとり様大好きだもん。
 大学を卒業し、社会人になり三年。ということは、かれこれおひとり様四年目か。就職活動やら、卒業制作で忙しくなって当時の彼女にバイバイしてからは、気が付けばずっとおひとり様を貫いている。
 正直、面倒くさいんだよね。付き合うのって。一人が気楽で一番だよ。なんのしがらみもなく、マイペースに、自分のやりたいことだけやって、自分のためにお金を使う。おひとり様最高。
 自己完結してうんうん納得していると、前方の元気な声が耳に届いた。
「あ、ばーちゃん、下りの方が危ないからっ! ゆっくり行こ! 気をつけてね?」
「あ~、……はいはい」
「ね、ばーちゃんさ? 米重いでしょ? どこまで行くの?」
 え? そっちの荷物もお米だったの? ってことは、十キロ持って歩いてたってこと?
 おばあちゃんの腕力と根性にビックリしていると、ニッカポッカ君と目があった。ニッカポッカ君は焦ったように目をそらし、おばあちゃんに話しかける。
 強引な道ずれに引け目を感じちゃってる?
 おばあちゃんの話によると、今日はスーパーの特売日で米が安かったから、つい二つ買っちゃったということらしい。
 つい……って……。
 家はどこかと聞かれたおばあちゃんが指差した方向は明らかに街中とは反対方向だった。
 もしかして家。遠いんだろうか……。
 無事歩道橋を渡り終え、おばあちゃんがニッカポッカ君を見上げる。
「ありがとう。ありがとう。ほんとに助かったわ」
「ばーちゃん家までどのくらい?」
「あー、大丈夫。大丈夫。あとは真っ直ぐ行くだけだで」
「ホントに? ついて行ってあげたいけど、仕事中でさ、お茶も買わなきゃいけないし……」
 チラリと腕時計を見て確認すると、既に五時半を回っている。超スローペースでの歩道橋渡りは思ったよりも時間をくっていたらしい。
 もう階段はないし、たくましいおばぁちゃんとは言え、十キロをぶら下げ、またフラフラ家まで……。いったいどれくらいの時間を要するんだろう……。
 そう思いはしたよ。確かに。思いましたとも。しかし、ニッカポッカよ。自分はお役御免ってソレどうよ? 
 なんて微妙な心境の俺。白々しくチラ見してくるその視線。なんかヤだ。
 もう、おひとり様のスケジュールは完全に白紙になっちゃうな。ふーっ……。
 肩を落とし俺より背の高いニッカポッカを見上げ、仕方なく頷いて見せた。ニッカポッカが焦った表情で口を開く。
「あ、あのさ、俺……」
「コラーっ! 椿! 帰るぞ!」
 反対側の道路から聞こえた怒鳴り声に、ニッカポッカはビクッと背筋を伸ばし振り返った。
 へぇ~。ニッカポッカは「ツバキ」って名前なんだ。
「あ! すみません! ちょ、ちょっと待ってください! ……やべ、コンビニ行かなきゃ……」
 焦った顔のニッカポッカは、申し訳ないという表情でおばあちゃんにお米を返した。
「ごめんね? 俺、もう行かなきゃ」
「あーあー。ありがとう。ありがとう。すまなんだねー」
「じゃ、頼むね?」
 慌てて立ち去るツバキニッカポッカ。その走り去る背中をおばあちゃんと二人で見送った。
「んじゃ、行こっか」
 ツバキニッカポッカがおばあちゃんに返した荷物に手をかけ、そっと微笑んでみせると、おばあちゃんは何度も頭を下げて「ありがとう」と言ってくれた。

 おばあちゃんの家に着いた頃には、六時近くになっていた。旧タイプの懐かしい木造一軒家。築年数もかなりいってそうだ。石の門を抜けると、猫の額ほどのエントランスには小さな花をつけた植木鉢が両側に沢山並んでいた。数歩で玄関にたどり着く。玄関ドアをくぐり、中まで荷物を運び入れ帰ろうとすると、おばあちゃんがよいしょと部屋へ上がりパチパチと照明を点けていく。
「じゃあ、おばあちゃん。俺はこれで」
「上がりんしゃい。すぐお茶出したるで」
 早く上がって来いと手招きする。
 まぁ、今更街をふらつく気力もない。熱心なお誘いを断るのもなんだから、少しだけお邪魔することにした。
 出してくれた熱いお茶をいただいて一息つき、「さて」と思ったら、おばあちゃんがきんぴらごぼうの入った器を持ってきた。俺の前に置き、箸も置く。
「食べてき」
「あ、ありがとう」
 昔ながらの青色模様の陶器に入ったきんぴらごぼうは特に思い入れのある食べ物でもないのに、なぜか懐かしい気持ちになった。
「じゃあ、いただきます」
 お箸を手に取り、きんぴらごぼうをひとつまみして口に入れるとちょうどいい甘辛さ。コンビニ弁当に入っているのよりずっと美味しい。さすがおばあちゃん。熟練のお味。
 ご飯が欲しくなっちゃうな。なんて思っていると、本当にホカホカのご飯がやってきた。
 俺、顔に出ちゃってたのかな?
 おばあちゃんはニコニコ顔で、味噌汁、漬物、煮魚や煮物を並べていく。いつのまにか立派な晩御飯の出来上がりだ。
 イカとワカメとジャガイモの煮物は初めて食べたけど味が染みていてとても美味しかった。
 ご飯を食べながら、おばあちゃんと一緒にテレビを観る。まるでこのおばあちゃんの孫みたいになっている自分に笑けてくる。
 夕飯をご馳走になり、窓の外を見ればすっかり夜の色。
 あのニッカポッカ君、まさか俺が今こんなことになってるなんて想像もしてないだろうな。
 ……って、そろそろおいとましなきゃ。
「おばあちゃん。晩御飯ご馳走様。俺、そろそろ帰るね?」
「もうちょっとゆっくりしていき? ご飯食べたばかりで苦しいやろ?」
「いやいや、これ以上いたらおばあちゃんお風呂沸かしちゃいそうだもん」
「入ってくか?」
「またの機会にね」
 そう言って丸まった小さな背中を撫で、おばあちゃんの家をあとにした。

 そんな、自分でも意外とほのぼのした時間を過ごせた翌週の月曜日。
 今日は新しくオープンする、カフェのオーナーさんと、工務店の現場監督さんの三者で内装デザインを詰める話し合いをすることになっている。オーナーさんとは現場に近いこのカフェで待ち合わせてから現地へ向かうという流れ。
 スムーズに話が進めばいいんだけど。
 改めて店内を見回す。仕事上、店に入ると観察がクセになってしまっている。
 白を基調にした壁。椅子やテーブルなどの脚物家具。明るく爽やかな店内に、しっとり流れるボサノバの音楽。優雅で清々しさを感じる店内。ナチュラルブラウンのテーブルには、コーヒーと準備してきた書類。
 携帯をタップし時間を確認した。十時二十五分。そろそろ約束の時間だ。
 コーヒーをひとくち飲み、窓から店の外を眺めていると、丁度オーナーさんが現れた。軽く会釈して入ってくる。席を立ちオーナーさんを出迎え、今度は深くお辞儀をした。
「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
 お辞儀を返したオーナーさんへ向かいの席を「どうぞ」と勧め席に着く。
店員さんがオーダーを取りに現れた。オーナーさんが注文を終えるのを待ち、本題へ移る。
「この前おっしゃっていた間取り変更の件ですが、建築上の規定で柱の位置はずらせないとのことでしたので、ご要望に沿った全体的なデザインパターンを新たに二案出してみました。こちらがその内観パース、透視図ですね。ひとまず現場の段階を見ていただいて、そこから現場の監督さんと相談という形で……」
 デザインパターンの説明と軽い打合せを終え、オーナーさんを伴い現場へ移動する。
 お昼時に差し掛かったところらしく、監督さんは現場のみなさんへ声をかけ、こちらへ向かってきた。お辞儀をして挨拶を切り出そうとした時、遠くの方で怒鳴るような声が耳に届く。
「ツバキ! 飯行くぞーっ!」
 ツバキ? どこかで聞いたことのある名前だ。
 現場監督さんの背後へひょいと目を向けると、懐かしい姿。明るいさらさらヘアーの長身の男がいた。
 あ……ツバキニッカポッカだ。
 久しぶりに見たニッカポッカ君は前回と印象が違って、なんだかちょっと覇気がない感じ。履いているニッカポッカが黒色だからかな? どよーんというか、妙に元気なさげに見えた。明るくてクシャッと笑う印象の彼だったのに、今は見る影もない。
 仕事でなにかやらかしたのか? それともすごくお腹が空いている? どちらにしても、らしくない姿……。なんて、一度絡んだだけの、知り合いでもない俺が思うのも変なはなしだけど。
 ま、いっか。お仕事お仕事。
 ツバキニッカポッカを見送り、監督さんへ視線を戻した。

 ◇ ◇ ◇

試し読みはここまでになります。おばあちゃんの手助けがキッカケで出会ったスーツの柴田と、ニッカポッカの椿さん。後日、またもや偶然見かけた椿さんはなんだか精彩が欠けていました。いったいどうして? すったもんだのすえに、恋人になる二人の序章でした。この続きはJ庭55で手に入れてください! どうぞよろしくお願いいたします!
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『これって恋ですか!?』のあらすじや見どころ紹介の記事はこちら👇


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