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【創作】康平元年12月

 【はじめに】
  本日の稿は、現在企画を模索している作品の「エピローグ」の前に当たる部分です。いつもの『駄文』とは異なる調子で作成しています。また、先に「プロローグ」がありますので、まずは、こちらをお読みいただきますようお願いします。

   本稿は上記記事の3年後の設定です。
 また、フィクションですので、実在の神社等とは一切関係はありません。

以下、本文です。

 囲炉裏の炭が、チッと音を立てて小さく爆ぜた。小介はその音に反応し、傍らに眠る赤子に目を向ける。赤子はむずがりもせず、静かに寝息を立てていた。小介は微笑みを浮かべ、盃を口元に寄せて舐めるよう味わう。鍋では音を立てることもなく、小豆がゆるりと煮られている。明日のお食い初めで赤子に食べさせる小豆粥に入れるものである。
 次いで、囲炉裏の向こうにいる女房に目を向けた。女房は間もなく行われる「幡祭り」という祭事で使う幡を繕っている。「幡祭り」とは、木幡弁天に奉納する祭事であり、村の成人男性が総出で、色とりどりの幡を掲げ、法螺貝を吹き鳴らしつつ行列を作り、木幡山の麓から頂上まで練り歩き、最後に木幡弁天に感謝を捧げるという、昨年から始まった祭りである。家ごとに白無地から五色までの幡があるが、小介が掲げるのは赤、黄、白の三色である。一年振りに箪笥から出されたその幡は、暗い部屋の中で、不思議な輝きを放っていた。

 3年前の12月、突如として安部頼時の軍勢が撤退したことについて、多くの村人が狐に摘ままれたような気持ちを抱いたが、いつからか、誰が言うともなく
「木幡山に積もった雪を見て、源氏の援軍の白幡と見間違え、形成不利とみた安部軍が撤退した」
という話が通説となった。
「そんな馬鹿な話があるか。雪と幡を見間違えるものか」
という声に対しては
「源頼義様が弁天様に必勝祈願をしたので、その御利益に違いない。弁天様と言えば戦の神でもある」
という声に打ち消された。そして
「村としても弁天様への感謝の気持ちを捧げねばなるまい」
という声が広がり、「幡祭り」が行われるようになったのである。

 再び小介が盃を口元に寄せて、口角を少し上げる。
「頭の良い奴らは、上手いことを考えつくものだ。神社は霊験あらたかを喧伝し、呉服屋は儲かる。庄屋は村の団結を高めることができる」
 村人にはそれなりの負担があるものの、ハレの日ということで、庄屋からの振る舞いもあり、ある意味では誰も損をしない仕組みが作られていた。

 当然のことであるが、村の住民の中で、安部軍撤退の原因を察しているのは、小介だけである。しかし、女房にも子どもにも話すつもりはなく、墓場まで持っていく決意である。
「確かに、弁天様の加護があったのかもしれない」
あの日、行きも帰りも村の誰にも見られず、本陣にいた者にも捕まらなかったこと。雪が降り足跡を消してくれたことは、天が小介のために働いたようにも見える。
 そして、犯人捜しが行われないまま、安部軍が撤退したこと。更に今にして思えば、自分が大それたことをしようと考えたこと自体、通常では考えられないことである。もしかしたら、それこそが弁天様の意志だったのかも知れない。
 もう一度、赤子の顔と女房の姿を見る。もう、あんなことは出来ない、したくもない。俺はこの子と女房を護らなければならない。

 戦の後、口を利く者があり、小介は婿のような形で女房の家に入った。女房の父親が戦に巻き込まれて命を落とし、追うように母を病で亡くし、働き手を失ったことがあるとは言え、自分が妻帯すること、まして子どもを授かるということも、小介には信じられないことであった。村外れの小屋で、一人で暮らし、一人で死ぬのが自分の生きる道と考えていた。どうせ一人で死ぬならば、その命を燃やし尽くそうと考えたのが3年前の12月である。
 しかし、燃やし尽くすどころか、燃え続け、新たな火種を授かることができた。

 炭が小さい音を立てた。小介は盃を呷り、空にして床に置いた。
「俺は寝るぜ」
「あたしも、寝ます」
女房は幡を仕舞うと、鍋を降ろし、炭を灰に潜らせた。その間に小介は赤子を挟むように、二組の布団を敷いた。このように動くとき、二人の呼吸は不思議にピタリと合う。

 弁天様は、縁結びの神でもあるという。もしかすると、弁天様の意を受けて動いた自分への御褒美が、今の生活なのかもしれない。弁天様の御縁とすれば、この先何があるとしても、これを護らなければならない。
 今度の幡祭りの参拝では、弁天様に、この感謝の想いと、護る決意を伝えよう。あの日、もしかしたら消えていた俺の命。いや、村の厄介者の小介は、あの日死んだのだ、一度は命を捨てたのだ。けれど、弁天様から役目をいただき、新たな命をいただいた。ならば、女房と子どものため、村のため、弁天様に報いるためにに命を燃やしていく。そして繋いでいく。
女房と赤子は、静かに寝息を立てていた。

 外では雪が降りだしていた。
 小介は、雪には気づかないまま、吾子と女房の布団をかけ直し、横臥のまま静かに目を閉じた。

【補足】
 今回は、こちらの神社様の祭事をベースにした「創作」です。
 神社様から駄目出しされたら、非公開にします。



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