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【創作 題名のない物語 第2話】クロスライン

 ドラマや漫画だと、女性が他の社員にお茶を入れるような場面があるが、木元たちの会社では、社員のお茶はセルフサービスであり、それぞれが好きなタイミングで煎れて飲む。いつからこのような習慣なのかは確認していないが、嫌いじゃないと考えている。
 職場で飲むのは、安いインスタントコーヒー。蓋で量を調整してからカップに粉を入れ、お湯を注ぐ。チープな香りがこの職場によく似合う。
 木元が振り返ると、西野が立っていた。軽く会釈して横を通り抜けようとしたところを遮られる。
「メモは見てくれました?」
 2~3日前に、机に置いてあったお菓子とメモを思い出す。メモには西野からのお礼のコメントとlineIDが記載されていた。
「もちろん見ました。お菓子、ありがとうございました」
「じゃぁ、どうして連絡してくれないのですか」
「lineアプリを入れてないのです」
特に理由は無いのだけれど、lineに抵抗を感じていて、使ったことがなかった。
「携帯番号の方がよいですか」
「いや、後でアプリを入れて、lineします」
西野の怒りを帯びた緊張感が和らいだことを感じつつ、その場を去る。こんなところを、他の人に見られたら何を言われるかわからない。
 自席に戻った木元は、顔に熱を感じ、少し落ち着かない気分になる。
 今は仕事に集中しなくては。気持ちをリセットするためコーヒーを口に流しこむ。少し苦く感じる。引き出しからお菓子を取り出し、一緒に置いてあったメモを財布に移す。今日は置いて帰るわけにはいかないだろう。

 自宅でネクタイを外しながら「返答しなかったのは、社会人としては良くない対応だったか」と、反省する。しかし、line アプリを入れていないことを説明にいくことも、職場のイントラで個人的な連絡をすることにも抵抗を感じて、そのままにしてしまった。なんとなくではあるが、あの日の出来事を一夜のこととしておきたかった気持ちもある。

 何はさておきアプリを入れて、メッセージを送る。
「木元です。遅くなり申し訳ありません。アプリを入れました。お菓子ご馳走様でした」
すぐに返事が来る。
「木元さんlineの、最初の友達ですね」
続いて「嬉しい」と笑顔で語る兎のスタンプが届く。
そうかlineをすると友達になるのか。そういうことを知らないまま生活していたことが少し恥ずかしいけど、一つのミッションを終えたことに安堵する。
 明日からは穏やかな日々に戻ることができると、この時は考えていた。


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