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【創作】潤い #シロクマ文芸部

 今週も【シロクマ文芸部】に参加です。久しぶりに創作小品です。

(以下、本文)

「閏年には、悪い意味は無いよな」
 呟いた社長の目に若者らしい輝きは無く、暗く落ち込んでいた。
「どうした、何かあったのか」
 高校で同級生の二瓶は、社長と二人きりの時は友達口調で話すように社長から頼まれ、友人として受け入れている。
「閏に位と書いて閏位(じゅんい)と言い、正統ではない位、仮初めの立場にある者のことらしい。閏は門に引きこもる王様が語源だし、二瓶以外の社員から、まともに相手にされない俺は、閏位と呼ばれるに相応しいかもな」
 力の無い声に、(気にするな)と簡単に言うことができなかった。誰かの影口が心に刺さっているのかもしれない。

 兄である先代社長の急死に伴い、畑違いの業種から転職してきた現社長のことを好ましく思わない社員は多い。
 創業者であり、強引だが力強く頼り甲斐がある社長の父と比較し、物足りなさを感じる社員もいる。
 二瓶にしてみれば、経験は足りないかもしれないが、社長の才覚や人間性に問題は無いと感じていたが、ムラ社会の縄張り意識、たたき上げの専務たちへの気遣いなどが払拭できない社員もいるのだろう。
 社長と仲が良い二瓶も、変な圧や空気を感じることがあった。
「自販機に行こう」
 二瓶の言葉に、社長は不思議そうな顔を浮かべながらも静かに立ち上がった。

 二瓶は先に水を買って、社長に渡した。
「飲んで、元気出せよ」
 (水くらいで、元気になれるかよ)と思ったが、言葉にしないで作り笑いを浮かべ、ペットボトルの蓋を開けて一口飲んだ。
 喉は渇いていなかったが、二瓶の気遣いを素直に受け入れたいと思った。
「これで大丈夫だ。『閏』に『さんずい』をつけたら、『潤(うるおい)』だからな。
『豊潤』『潤滑』そして『利潤』の潤だ。じわりと利益を出しながら、じわりと社長の良さを、皆に沁みわたらせようぜ」
 二瓶の笑顔につられるように、社長は屈託の無い笑顔を浮かべた。
「二瓶は、昔から変なことを思いつくなぁ」
「慌てず、焦らず、諦めずに頑張ろうぜ。神様も見ていてくれるさ。昔から、天はみずから助くる者を助く。とも言うからな」
「お前は、昔から馬鹿なことを言うよな(けど、昔から良い男だよ。閏位だとしても、お前と一緒に仕事をするのは悪くないかもな)」
 社長の顔には優しい笑顔が浮かんでいた。
(おしまい)

 いつもどおり、機微を深掘りできない、言葉遊びですが、お読みいただきありがとうございます。
 なお、「天はみずから助くる者」の初出は、「恋する旅人」に収録している「水商売を始めた役場の話」になります。
 こちらです。

#何を書いても最後は宣伝
 この「水商売役場」は「町長の無茶振りから町おこし」という意味では、「妖精綺譚」のプロトタイプみたいな作品かもしれません。

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