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【創作SS】元宮ワイナリーのシードル #シロクマ文芸部

 りんご箱が一つ、また一つとトラックから降ろされ、パレットに積まれてていく。今年もまた「シードル」の仕込みが始まる。
 リンゴのお酒である「シードル」は、うちのワイナリーを代表する製品となっている、何しろ素材が最高クラスに良い。

 「東日本大震災と原子力事故からの復興支援事業」という位置づけで事業化された「元宮ワイナリー」で、最初に醸造されたのが「林檎」を原料としたシードルだった。
 最初は「風評被害で売れない果物を活用」という考えもあったが、林檎農家さんと語り合い、宿題を出されたことが懐かしい。
「うちの林檎は日本一美味しいんだよ。これで日本一美味しい、シードルというお酒を造って欲しい」
 2015年頃は激しい風評被害に見舞われていた。しかし、林檎農家さんの希望は、販路の拡大とか在庫処理とかではなく
「美味しいお酒を造って欲しい」
ということだった。

 その言葉を聞いた社長は啖呵をきった。
「世界一美味しいシードルを作ります」
 まだ、ワイナリーの敷地には何もなく、雑木林を伐採しただけの、荒野のような風景が広がっていた時期の話だ。

ワイナリー敷地 2014

 それから9年が経過し、僕らは試行錯誤と挑戦を繰り返してるけど、まだ農家さんとの約束を果たせていない。

 英国で開催されているインターナショナルシードルチャレンジコンテストという世界的な大会でブロンズメダルを獲得したこともあったけど、世界の壁は高く、シードルの歴史はとても厚くて、なかなか越えられない。

「金メダルじゃなかったのか」

コンテストの入賞報告をした時、農家さんの第一声は、祝意ではなく口惜しさだった。

 今年こそ、世界一のシードルを作りたい。
 積み上げられたりんご箱を前に決意を新たにした。
「今年の林檎も良いできみたいだね」
後から声をかけられて、ちょっとビクッとした。大沼さん。この人はちょくちょくワイナリーに来るけど、いつ仕事をしているのか心配になる。

「毎年、同じことを言うけど、東北の片田舎、福島県元宮市にある「小さなワイナリー」が、世界一を目指している。シードルの本場に乗り込み「fukushima」の名を広げている。世界に広がる風評被害に、小さなレジスタンスを行っている。
 その挑戦する姿勢が俺には有難いよ。いつもありがとう。俺には世界一美味しいシードルだよ」
 大沼さんの目が潤んでいるように見えた、声も少し震えていた。
「そうおっしゃっるなら、もっともっと買ってくださいよ。ワインのラインナップも増えてますから」
「もちろんさ。木元君の醸造技術も上がってるから、毎回楽しみだよ」
「元々は営業職で入社したんですけどね」
 ワイナリーの経営は正直、厳しい。営業も醸造も経理も社員総がかりで取り組んでいる。けれど、誰かが言っていた。
『夢は見るものじゃない、叶えるものだ』
僕は夢を諦めない、今年こそ世界一のシードルで乾杯してやる。
元宮ワイナリーの夜明けはもうすぐだと信じている。


なお、2020年10月に発表された「第四回フジ・シードル・チャレンジ2020」にて、元宮ワイナリーのシードルが「最優秀賞 ・日本一」を獲得していることを追記しておきます。
#何を書いても最後は宣伝
 今回登場したのは、こちら「恋する旅人」に登場する木元と

 「元宮ワイナリー黎明奇譚」の主役、大沼係長です。

 どちらの作品も、2020年にKindle出版しました。もう3年も前なのが不思議です。
 ようやく、この2人を絡ませることができました。ちょっと嬉しいです。シロクマ文芸部に参加です。
#シロクマ文芸部


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