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【創作 題名のない物語 第3話】京橋

 頻繁という感じではないものの、lineでやりとりをした結果、京橋にある美術館を一緒に観覧することになった。ロビーで待ち合わせをし、ひととおり観覧した後、1階のカフェに入る。オーダーを済ませた直後に、木元は切り出した。
「直接話したいことがある、とのことでしたが、ここで聞いても大丈夫ですか」
 西野が姿勢を正す動きに釣られて、木元も姿勢を整える。
「この前食事をした時は、すぐにお酒を飲んでしまったので言えなくなってしまいました。今更で申し訳ないのですが、4月に塚原課長に叱られていたときに、助けていただきありがとうございました」
静かに頭を下げる。
「(恋愛要素は無いと考えていましたが)そういうことですか。ご丁寧にありがとうございます。けど、頭は上げてください」
確かに、西野が理不尽な理由で塚原課長に叱責されていた時に、話を遮った覚えがあった。
「その時は、単純に「木元さん、急ぎの用事なのかしら」と考えて、その場を離れてしまいましたが、あれは、私を助けるためにしたのでは、と、後から気がついて、御礼を言わなくては、とずっと考えていました。ようやく言えて良かったです」
「西野さんのためというより、割と日常的なことです」
 ケーキセットが運ばれてきて、少し話が中断する。木元が紅茶を口に運ぶ。
「木元さんにとっては普通のことなのかも知れませんが、入社したばかりということもあり、毎日、緊張と不安だらけなのに、塚原課長に強く叱られて、「仕事を辞めます」と言う寸前でしたが、席に戻ったら他の方々から優しく声をかけていただき、思いとどまることができました。それで、時々、塚原課長と木元さんのことを見ていたら、私の時だけじゃなくて、木元さんがちょくちょく課長の邪魔をしているのが可笑しくて、真相を聞きたいと思ったということもあります。あれは、課長のために邪魔をしているのですか」
『ガラスの仮面の月影先生の場面が浮かぶ、「マヤ、恐ろしい子」』。
まぁ、古株の職員は知っている話なので、否定することもない。
「そのとおりです。課長が暴走しないように、話に水を差すことがあります。課長も、なんとなく気づいていて、そのことを受け入れているようです。職場の様式美みたいなものなので、気にしないでください。ですが「ありがとう」と言われることは、正直嬉しいです。こちらこそ、ありがとうございます」
「あぁして課長と職場を守っているのですね。確かめることができて嬉しいです」
 得意気な表情を浮かべる。西野が名探偵風に決めの台詞を言ってもよさそうなところであるが、代わりにケーキに手をつけ始める。
(課長のキャンキャンという声を聞かされるのが嫌なので、邪魔をしている面もありますから、一番救われているのは、自分自身です)ということは口にはしなかった。


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