【後編】石鹸のキュキュっと感の正体【文献紹介】
こんにちは、化粧品技術者の たろ です。
今日は石鹸と石鹸カス、そして石鹸カスがお肌に与える影響について書いていきたいと思います。前編はこちらです。
前編のまとめ
石鹸のキュキュっとした感触は石鹸カスの感触
石鹸カスは石鹸と水道水に含まれる2価金属イオンの反応で生じる
石鹸カスはもはや界面活性剤ではない
ということを前編で紹介しました。
後編ではもう少し化学的・技術的な視点で文献紹介を加えながら書いていきます。
洗顔時に石鹸カスが生じるメカニズム
もう一度この反応を見てみましょう。
石鹸を手に取り水(水道水)で泡立てるシーンを想像してください。
①泡立てるとき、石鹸と水道水が出会う
水道水にはカルシウムやマグネシウムなどのイオンが含まれていますので、水と混ぜた瞬間から少量ずつ石鹸カスが生成し始めています。しかしこの石鹸カスは石鹸の泡の中に取り込まれ、肌にはほとんど残りません。
(ただし泡立ちを妨げます)
②すすぎ時に再び水道水と出会う
この時に再び石鹸と水道水が反応し石鹸カスが発生します。
この時、石鹸の泡は流されつつあるため、生じた石鹸カスは肌に付着します。石鹸(界面活性能があり、刺激がある)は流されてしまうので肌に残らないと言われています。何故かというと肌は通常マイナスの電荷を帯びていますので石鹸のマイナスの電荷と反発するためです。
ここで論文を紹介します。
この図はラウリン酸石鹸およびその石鹸カスの皮膚吸着残留挙動におけるカルシウムイオン濃度の影響を表しています。カルシウムイオンの濃度が高くなるにしたがって皮膚吸着残留量が増加しているので、皮膚吸着残留量はカルシウムイオンの存在に大きく依存することが分かります。
この時点では残留物は「石鹸」なのか「石鹸カス」なのか判別できません。
残留しているのは石鹸なのか石鹸カスなのか??カルシウム濃度を変えて残留性を見てみると下記の表のような結果になります。
石鹸水溶液およびすすぎ水について別々にカルシウムイオンの影響を調べました。その結果 、カルシウムイオンが石鹸水溶液中に存在しても、すすぎ水中に存在しない場合にはほとんど吸着残留しません。
逆にカルシウムイオンが石鹸水溶液中に存在しなくても、すすぎ水に存在する場合には多量に吸着残留することがわかりました。
このことによりラウリン酸石鹸の皮膚吸着残留量は すすぎの際に皮膚表面で生じるラウリン酸カルシウム(つまり石鹸カス)の吸着滞在に起因するものと考えられます。
藤原 延規, 豊岡 郁子, 大西 一行, 小野原 悦子, 日本化粧品技術者会誌, 1992 年 26 巻 2 号 p. 107-112
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sccj1979/26/2/26_2_107/_article/-char/ja/
繰り返しになりますが石鹸カス自体は安全性が非常に高いため石鹸カスが残っても、石鹸が残っていなければ全く問題はありません。
そしてこの石鹸カスがキュッと締まるような感触を持っているため、石鹸で顔や体を洗うとキュッとしたハリを感じ、これが強すぎるとツッパリ感に感じます。
ただしこれが洗い終わりを感触的に感じることができるためメリットということもできます。
髪に関しても同じ
こちらの記事で紹介したように過去(第一世代と呼ばれる時代)は石鹸で髪を洗っていました。
石鹸で髪を洗い流した後には石鹸カスが生じ、髪がギシギシになります。
これを洗い流す目的で酸性のリンス剤を使うということが行われていました。リンスは洗い流すという意味ですのでまさにこの石鹸カスを洗い流すためにシャンプーの後にリンスが使われていました。
時代が変わってシャンプーは石鹸ではなく合成界面活性剤が使われるようになりました。
これは髪の等電点が弱酸性にあることから、髪ケアしながら洗うという発想に基づいており、アルカリ性の石鹸ではこれが出来なかったため、弱酸性で洗える合成界面活性剤が開発されたという歴史があります。
この第二世代のシャンプーの登場により石鹸カスが生じなくなったため、石鹸カスを洗い流すというリンスの役割は失われました。
そこでよりよく髪を保護するために、油を補給するというニーズが生まれ、リンスは髪の表面を整えるコンディショナーとして生まれ変わりました。これがヘアヘアの第二世代です。
現在シャンプーにはほとんど石鹸が使われておりませんのでコンディショナーは中性か弱酸性に設計されていることが多いです。
石鹸の安全性、洗浄力の評価
石鹸で洗うと洗浄力が強く、肌に必要な細胞間脂質やコレステロール、NMFまでも洗い流してしまうと言われることがあります。
花王皮膚研究所の芋川玄爾氏の報告による皮膚の「A/E処理(アセトン/エーテル)処理」 という参考になるデータがあります。皮膚をアセトン/エーテルで処理すると(処理時間に依存する)長時間持続する肌荒れが出現しますが、最初の1分間は肌荒れが生じず、皮脂膜由来のスクアレン・ワックスエステル・トリグリセリドが溶出して飽和します。
1分以降、5分・10分の処理で新たに溶出してくるのが、角質細胞間脂質由来のコレステロールエステル・脂肪酸・スフィンゴ脂質(セラミドなど)で、その溶出量に比例して肌荒れも出現・悪化・増大していきます。
「臨床医のためのスキンケア入門」・ 「機能性化粧品の開発」
この実験には「A/E+水処理」というサブセットがあり、これはA/E処理の後水処理をするもので、 先の成分に加え水分とNMFの成分である各種水溶性成分やアミノ酸が溶出してきます。
アセトン/エーテルでなく、「SDSドシデル硫酸エステルナトリウム5%水溶液」で処理すると、水溶液のせいで「AE・水処理」と同等のプロセスをたどり、最初の1分間はスクアレン・ワックスエス テル・トリグリセリドが溶出、その後にコレステロールエステル・脂肪酸・スフィンゴ脂質が溶出し、さらに水分と各種アミノ酸も溶出してきます。
AE・水処理とSDS5%水溶液のいずれも皮膚への浸透が起りますが、皮膚にとって皮脂膜が重要な1つのバリアであることが分かります。それを通過するまでにアセトン /エーテルでもSDSでも同じ「1分間の猶予」 があるという事実は、皮膚上での界面活性剤の挙動を認識する上でも重要です。
強力な界面活性をもった洗剤でも、その時間内では浸透 がおこらず、角質細胞間脂質およびNMFの溶出もおこりません。要するに1~5分以上皮膚上に吸着残留する場合のみ、注意すべきということになります。残留の可否が問題を左右するというということです。
Anri krand くらんど さんから引用https://www.sekkengaku.com/dia/jakusansei.html#s3
皮脂膜が正常にある状況ではコロナ禍で推奨される30秒間の手洗いでも問題ないということが出来ます。ただし皮脂膜の回復には3時間程度必要ですので頻繁に手を洗う場合はハンドクリームやベビーオイルなどを塗って皮脂膜の代わりをさせてあげると良いと思います。
出来てしまった石鹸カスの影響
石鹸カスには安全性的な問題はないと書きましたが、若干のデメリットがあります。
実は石鹸カスは疎水性が強くビシッとした膜を作るため、最初に使う化粧水など水っぽいものの浸透を妨げるという報告があります。
簡単に実験してみました。
左の写真は石鹸を東京の水道水で流した後、化粧水を乗せた様子。
右の写真は石鹸をイオンの少ない軟水のミネラルウォーターで流した後、化粧水を乗せた様子です。
画像の縮尺もバラバラで塗布量もバラバラで、肌の馴化もしておりませんので論文等に載せるにはお粗末な実験ですが、簡易的に観察することができます。
左の写真は石鹸カスによって肌の表面に疎水性の膜が出来ており、化粧水を弾いているように見えます。しかしこれは非常に慎重に実験した様子ですので 通常化粧水を使うにはほとんど問題がないレベルであると思います。
化粧水を邪魔しない方法は
・導入美容液
・乳液
・白濁化粧水
など多少の油を含むものを先に使うと、油が石鹸カスを緩めてくれますのでその後に使う化粧水の浸透を妨げずに使用することができます。まさにブースターです。石鹸カスは皮膚のバリアに影響を与えたり、日焼け止め効果を阻害するほどパワフルなものではないので安心してください。嬉しいコメントもいただきました!
また、肌に着いた石鹸カスは「3時間」程度で分解されると言われています。これは石鹸によってアルカリ性に傾いた皮膚が、皮脂の分泌によって弱酸性に戻る時間と重なります。
分解された後は脂肪酸と金属イオンに戻るだけなので刺激もなく安心です。
pHの影響
理系美容家のかおりさんのツイートを引用させていただきます。
pHの影響は直接肌に影響する他、肌の表面に住んでいる皮膚常在菌にも影響を与えると言われています。かおりさんによると石鹸によってpHは3上がり(6→9くらい?)、この状態が90分ほど続くようです。
上では石鹸カスが分解されるまで3時間と紹介しましたので、約1.5時間でpHが戻り、その後、皮脂分泌や皮膚常在菌の働きが戻り、結果として石鹸カスが分解されると解釈することが出来ます。
健常な肌では問題ないと思われますが、敏感な時期だとこの数時間の間に刺激や炎症を生じやすくなることもあります。
なんか変だな?と感じたら使用をやめてみるのも大切です。
まとめ
・石鹸カスはススギ水に含まれる2価金属イオンによって生じる
・石鹸カスは酸性で洗い流す
・リンスは役目を終えてコンディショナーになった
・石鹸洗浄は1分以内なら問題ない
・石鹸カスの膜は化粧水を若干弾くレベルで問題ない
・皮膚のpHは一時的に3ほど上昇するが、数時間で戻る
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