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猫に道をゆずってもらった話

住宅街の道端で、猫とすれ違うのはよくあることですが、道をゆずられるというのはあまり経験がないのではないでしょうか。

先日、自宅への帰り道で猫と遭遇しました。
石段のある坂道で、周囲は民家の塀や生け垣に囲まれているので、実質一本道のようになっています。わたしは石段を上っていて、猫は下っていて、坂道の中央付近で鉢合わせしました。

わたしはなんとも思わずに、そのまま狭い道をすれ違おうとしました。この石段の幅は狭いので、人間同士ですれ違うときには、お互いに「お先にどうぞ」と心で会話し、道をゆずりあうことが常だからです。特に、傘をさしている時には、わざわざ相手が坂道を上り下りするのを待つこともあるくらい、けっこう狭い道なのです。

石段の途中。手前から5~6段目くらいに猫がいた

ただ、今回の場合は、相手が猫なので、歩みをゆるめず、「お互いに素通りすればよい」と人間のわたしは思ったのでしょう。とくに、猫が可愛くてなでたいとか、かまいたいなんてことは思ってなかったのです。よく近所の野良猫とすれ違うので、まったく気にもとめてません。一瞬、猫をチラ見しただけで、そのまま階段を上ろうとしました。

すると、猫の動きが止まり、急に反転して階段を駆け上がり、どこかに身を隠してしまいました。

「あれ? わざわざ引き返すなんて……」

と、この時点で不思議に思い、石段の途中で立ち止まってしまいました。

「あの距離を引き返すのって大変じゃないか」

と、そんなことを思わず考えてしまうほど、猫からしたら、まあそれなりに長い距離だったからです。もしからしたら、わざわざ踵を返して石段を駆け上がって逃げちゃうほど、人間はこわい存在なのかなあ……とも。

そんなことを思いながら、最後の石段を上り切った瞬間、民家の塀の脇から猫が勢いよく出てきて階段を下り始めました。

「あッ……」

と思った瞬間には、猫は階段を下り、視界から見えなくなっていました。

帰宅するまで、なんで猫はわざわざ途中まで来た道を引き返し、自分が石段を上り切るまで待っていたのかが気になっていました。

わたしは、いわば「猫に道をゆずられた」ことになるわけです。

人間同士が狭い石段をゆずりあう際、ごくまれに、上り下りした坂道を引き返す方もいらっしゃいます。わたし自身、そうして道をゆずることもありました。それと同じことを、今回は猫がしてくれた格好となったわけです。

人間同士でもめったにない、ゆずりあいの精神。

猫は本能的に、逃げただけなのかもしれません。が、日常的にいつも、狭い坂道で「すれ違うか」「ゆずるか」の選択をしている人間から見たら、「猫が道をゆずってくれた」ように見えてしまうのです。どうしても。

こんな経験は、それなりに長く生きてきた人生のなかで、初のことでした。

動物を擬人化しているだけなのは重々承知しています。

しかし、こんな経験をすると、

「今度は猫に道をゆずってやろう」

という気持ちが芽生えるものです。

もし、同じ坂道で、あるいは別の場所で猫に鉢合わせしたら、今度は私が元来た道を引き返し、彼らに道をゆずろうと思います。


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